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第六章 最後の闘い
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しおりを挟む「あれ、真一が来ないよ。まったくのろまで阿呆なんだから」
「ミコ、そう言うな。真一はよくやったではないか。それに、真一は猿田彦に引き止めてもらった。追って来ることはない」
「えっ、そうなの。あいつ来ないの?」
「ああ、来ない。なんだ、ミコは真一がいないと寂しいのか」
「そんなことないよ。阿呆がいなくてせいせいする。ううん、やっぱり寂しいかも。けど、ネム兄ちゃんがいるから平気だよ。あっ、そう呼んでいいんだよね」
「もちろん。ミコは吾輩の妹だろう」
「そうだけど、本当は」
ミコは俯き加減で口を濁した。
ミコの気持ちはわかっている。がしかし、その気持ちはまだ胸に留めておいてくれ。今は可愛い妹でいてくれ。
「ミコ、ヤドナシ、急ぐぞ」
「おうよ、ネムの兄貴。あ、いや、ネム神様」
「だから、今まで通りでいいと言ったではないか」
ヤドナシは照れ臭そうに頭を掻いている。
いつものように、背中に乗ってくれていいというのに。まあ、ミコの背中の方が気持ちはいいのかもしれないな。
ネムは皆を気にかけつつスサのもとへ急ぐ。ミコは白猫の姿になり全速力で追いかけてきている。銀杏の大樹に出来た光の道は近道だが、到着までもう少し時間がかかりそうだ。おそらく、三分の一の時間の短縮になると見込まれる。
果たしてスサはどうしているだろうか。
ものすごく強い気を猫の街から感じる。ひとつはスサの気だが、もうひとつはいったい何者なのだろうか。ヤクの仲間なのだろうか。似たような気のようだが、ヤクよりも驚異的な強さだ。
スサには到底敵わないだろう。急がなくては。
「ネムの兄貴、あれ」
出口だ。ヤドナシと目で合図すると光の道の途切れた場所から跳躍して飛び出した。もちろん、ミコも一緒だ。
飛び出した先で目にした光景は、スサに襲い掛かる黒い渦であった。
「スサ!」
ネムは叫ぶとともに毛を逆立て身体を数倍に膨らませていく。猫から獅子へと変貌していく。
早く助けなくては。
ネムは黒い渦に敵視を向けると、瞳孔を広げて瞳を翡翠色へと変えていった。心の中で『行くぞ』と意気込みグッと足に力を込めて蹴り上げると、空へと舞い黒い渦へと体当たりした。黒い渦を跳ね飛ばしてネムはスサの脇へと着地する。
「おまえ、ネムなのか」
スサは目を見開き問い掛けてきた。
「そうだ、待たせたな。スサ」
「そうか、それにしても凄い。それがおまえの真の力なのだな。まるで獅子だ。百獣の王だ」
「ふん、百獣の王かどうかはわからないがな。それより、大丈夫なのか」
「ああ、この程度で倒れるような軟な俺様ではない」
「そうだな。それはそうとあいつが黒幕なのか」
弾き飛ばされて家の壁に叩き付けられている鴉天狗を睨み付けてスサの返答を待つ。鴉天狗は脳震盪を起しているのかもしれない。
「そうだ、あいつが黒幕だ。ヤタとか言ったか。ダイも俺様もあいつの術中に嵌ってしまっていたというわけだ。情けない。本当にすまなかった」
項垂れるスサにネムはかぶりを振り、「いいんだ、そんなことは。あいつがヤタか。遠い昔に聞き及んだ名だ。やはり吾輩がケリをつけなくてはいけないようだ」と呟いた。
「おい、そこのおまえ。不意打ちとは卑怯な」
ヤタが目を覚ましたようだ。おそらくあいつは復讐のつもりなのだろう。話し合いで解決できればいいのだが。無理だろう。
「ふん、卑怯だと。その言葉をそっくりお主に返してやるわ」
「なに……偉そうに。いつまでそんな口を利けるかな。我の力を見縊ってもらっては困る」
「見縊ってはいない。十分にお主の力を理解しているつもりだが」
「誰だか知らぬが、我の邪魔をするなら死あるのみ」
ヤタは大きな黒い羽根を広げてバサリバサリと風の渦を作り始めた。不敵な笑みを浮かべたかと思うと、無数の風の渦が高速移動を始めて徐々に大きさを増して竜巻と化していく。竜巻は右へ左へと揺らめきながらあたりの木々を薙ぎ倒してこっちへと迫ってきた。
「気をつけろネム」
「大丈夫だ、任せてくれ」
ネムは四肢に力を込めて踏ん張り息を大きく吸い込み、咆哮した。そのとたん、竜巻が揺らめきいっぺんに掻き消されてしまった。進化した力は自分でも驚くべきものだと感じた。
ヤタの顔色は変わっていた。どうやら己の力を過信していたようだ。
「流石神の力は違うねぇ。ネムの兄貴、一気に息の根を止めてくださいよ」
「なんだと、そこの鼠。今なんとほざいた」
「はいはい、何度だって言ってやりますよ。神の力には、鴉天狗など足元にも及ばないってことですよ」
「そうだ、そうだ」
「ふたりとも、やめないか。吾輩は神とはあまり呼ばれたくはない」
「ごめん、ネム兄ちゃん」
「すみません。ネムの兄貴」
シュンとするミコとヤドナシ。
スサは感心したようにひとり頷いている。
「ネムと言ったな。そうか、思い出したぞ。おまえだな、我らの居場所を奪った猫神は」
「そう思うのか。だが、そうではない」
「ふん、そうではないだと。ここは我らが平和に暮らしていた土地だ。それをおまえらが、強引に奪った。そうだろうが」
「それは違うと言ったではないか。ヤタとか言ったか。あのときお主もここにいたのか」
「いたさ。ただ生まれたばかりだったがな」
「やはりそうか。お主は、鴉天狗の長の息子だな」
「そうだ。それがどうした」
「お主がどう聞いているかは定かではないが、吾輩はこの土地を奪った覚えはない。だが、そう思われてもしかたがない状況だったのかもしれない。勘違いとは恐ろしいものだ」
「勘違いだと。黙れ。我らの怨み晴らすまで」
ヤタは上空へ飛翔して、眼光鋭く睨み付けてきた。
「やめろ、無闇に命を奪いたくはない」
「命を奪いたくはないだと。ふざけるな、その昔多くの我らの仲間の命を奪っておいてその言い種はあるか」
「それは違うとさっきから言っているではないか。吾輩の話を聞け。お主は偽りを吹き込まれているだけだ」
「うるさい、おまえの話しなど聞くものか」
「仕方がない。大人しくさせるしかないということか……」
「ふん、勝った気でいるとは片腹痛い。我の真の力をとくと見るがいい」
天高く飛翔して黒翼を目一杯広げるヤタの姿が、徐々に筋骨隆々に変わり始めていく。それだけではなく、身体も巨大化していっているようだった。瞳は赤く染められていき、背後には黒い闇が広がっていった。あたりから葉擦れの音がしている。何者かの気配がする。どうやら囲まれているようだ。臭う、鳥の臭いだろうか。もしかすると、カラスかもしれない。ヤタが仲間を呼び寄せているのだろう。
「ヤタよ。お主、闇に囚われてしまったようだな。残念だ。あのときのヤジロウと同じだな。目を覚ますのだ。真実は違う」
ヤタは、おそらくヤジロウに教え込まれたのだろう。猫は敵だとも教え込まれていたのであろう。怨みを抱くような偽りの言葉を刷り込まれたのだろう。あの技はヤジロウのものだ。だとすれば、問題ない。
ん? 待てよ、ヤジロウはあの時死したはずではなかったか。
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