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第三章 再会……そして失くした記憶
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しおりを挟むその数時間後に事件は起こった。
長の部屋が荒らされた。大量の蔵書が部屋中に散乱し、血痕らしきものも畳に点々と見える。出血量は少ないようだが、何者かに襲われたことは間違いない。考えられる者といえば、スサだが。ダイも関わっている可能性があるとしたら。疑いたくはない。
実はダイとは血の繋がりがない。だが、弟だ。あいつは心根の優しい奴だ。スサがここに戻ったという痕跡はない。ならばダイが長であり父であるアザを襲ったというのか。血の繋がりがなくとも父である。ダイだってそう思っているはずだ。父に手をかけるなど、あってはならない。
そんなこと考えたくもない。ネムはかぶりを振り手がかりがないか部屋中を隈なく探す。
ばら撒かれたように乱雑にされた蔵書の数々、割れた酒瓶、破られた襖、引き抜かれた机の抽斗があるかと思えば、そこから飛び出したであろう紙片や小物。特に手がかりになりそうなものは見当たらない。何か盗み出そうとしたわけではないだろう。アザの寝込みを襲ったのだろう。部屋の様子からして易々と殺されるようなことはなかったと思われる。柱や壁にある無数の爪跡が、かなりの壮絶な争いを物語っている。
そして、血痕。これはアザの血なのか。それとも……。もしもダイに傷痕があるとしたら、犯人は。いや、犯人はスサだ。いやいや、即断してはいけない。第三者の可能性だって否定できない。ネムの心の内は複雑に絡み合っていた。
『父上、頼むから無事でいてくれ』と心の中で祈った。
ちょっと待てよ。ネムは、首を捻った。そういえば、物音がしただろうか。ここまで荒らされていて、相当な闘いだったとしたらこの耳に届かないはずがない。何も物音はしていなかったはずだ。どういうことだろうか。そこまで熟睡していたとも思えない。
やはり、記憶の操作がなされたというのだろうか。
ダメだ、今は目の前の事実だけを考えろ。アザの命がかかっている。
とにかく、早いところアザを探し出さなくては。まだ殺されたとは限らない。
スサが犯人だとしたら、どこまでも残虐なのだろう。力で捻じ伏せようなどと考えているのだろうが、そうはさせない。けど、何か違和感があるのも事実だ。心のどこかでスサはそんな酷い奴だったろうかと疑念を感じるときがある。実際、町の住人もスサに酷い仕打ちをされた者もいる。だが、スサばかりが悪いとは言えない。酷い仕打ちをされても致し方がないことをしていたと聞き及んでいる。
ならば、スサは本当の悪に成り下がってしまったわけではないはずだ。そんなことを考えるなんてまだまだ甘いのだろうか。ネムは吐息を漏らした。
いったい真実はどこにあるのだろうか。
わからない、わからない、わからない。どういうわけか、スサのことを考えると頭が疼いてしまう。それでもネムは必死に真実を探そうと熟考した。
あのとき、襲ってきたのは確かにスサだ。記憶違いではないはずだ。
吾輩に非があったのだろうか。どうにも記憶がこんがらがっているような。やはり記憶操作されているというのか。うーむ。
どんなに熟考したところで、罰せられる覚えはない。長が悪事を働いたなんて事実もない。まだ、スサがアザを襲い連れて行ったとは限らないが、今の現時点で一番怪しい者はスサだ。でも、でも、でも何かが引っ掛かる。ああ、ダメだこれじゃ堂々巡りだ。
チラッとダイの様子を窺うが、心配げに俯いている。ダイは白なのか黒なのか。今のところはグレーゾーンだ。迂闊に口を滑らせてダイを傷つけてはいけない。
「ネム兄ちゃん」
ミコは涙目で縋り付いてきた。
「大丈夫だ、父上はきっと」
ミコは頷き、もう何も口にしようとはしなかった。『大丈夫』だと話したもののおそらく長はこの世の者ではなくなっているだろう。そんな気がしてきた。スサはいったい今どこで何をしているのだろうか。
スサと面と向かって話さなくてはならない。何か誤解があるのかもしれない。真実を知るにはスサと対峙することが早道だろう。
この猫の街に性根の腐った者などいないはず。そう信じたい。なのに、心の奥にモヤモヤしたものが渦巻いていた。
「ミコ、吾輩は父上を探してくる」
「なら、私も」
「ダメだ、おまえは残れ。必ず父上をみつけて戻ってくるから。いいな」
納得はしていない様子だったが、ミコは小さく頷いた。
「ネム兄、俺はついて行っていいよな」
「おまえも残れ、吾輩に何かあったときはおまえがこの街を治めろ」
「そ、そうか。わかった」
ダイとミコが一緒にいることに懸念があるが、きっと大丈夫だろう。ダイが道を逸れていたとしてもミコに危害を加えることはないと信じたい。
「あとは頼んだぞ」
ネムは点々と外へと続く血痕を目で追い鼻をヒクつかせてアザの匂いを感じ取ろうとした。森のほうだろうか。スサが連れ去ったのか、それともアザ自ら森へ向かったのか。現時点ではどちらとも言えない。
『父上、生きていてください』
この先は鎮守の杜へと続く森だ。もしや、人間の世界へ向かったのだろうか。ダイを問いただせば、何か本当のことを話すのでは。ついそう考えてしまうがすぐに振り払い、その言葉を喉元で留める。その判断が間違いだったかどうかは定かではない。もしかしたら、その場で己の命が終焉を迎えてしまった恐れだってある。今は慎重に行動しなくてはいけない。とにかく、今はアザの微かに残った匂いと気配を辿ることにしよう。
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