満月招き猫

景綱

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目が覚めたら、おかしなことに

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「賢、賢。起きて」
「母さん、まだ眠いよ」
「こら、起きろって言ってんだろう。誰が母さんだ。さっさと起きやがれ」

 腹の痛みに目を覚ます。

「母さん、痛いじゃないか」
「お・ま・え寝ぼけるのも大概にしろよ。私はおまえの母さんじゃない」

 えっ。賢は寝ぼけまなこで声の主を見遣りしばらく考え込んだ。
 猫。白猫だ。えっと、これは夢か。今しゃべったのは猫じゃないだろう。

「母さん、どこ」
「だ・か・ら、母さんじゃないだろう。私は美月。おい、こらどこ見てんだよ。こっちだ、こっち。私を見ろ」
「美月」
「そうだ、美月だ」

 あっ、そうか。招き猫の家に引っ越して。あれ、美月って猫だったっけ。それにここは招き猫のある家じゃない。
 ここはどこだ。美月は可愛らしい女の子だ。猫じゃない。

「おまえ、誰だ」
「だから美月だって言ってんだろう」

 鋭い目つきで睨みつけてくる。こんな怖い猫は知らない。

「美月は可愛い女の子だ。猫じゃない」

 白猫に顔を近づけてじっくりと見る。猫は戸惑いをみせた。人みたいな反応する奴だ。よく見ればなかなか美猫だ。だが人じゃない。

「可愛い。そうか。可愛いか。じゃなくていつまで寝ぼけているんだ。それにそんなに顔を近づけるんじゃない。恥ずかしいだろうが」

 柔らかい肉球で頬を押さえつけられてしまう。
 気持ちいい。
 思わず美月を抱きしめてしまった。

「おい、突然何をする。やめろ。馬鹿。照れるじゃないか」

 照れる。猫がか。
 賢は白猫の鼻の頭にチュッとキスをした。

「あっ、うわわわっ。お、おまえ。ああ、もうどうにでもしてくれ」
「おい、何をしている。賢、美月。朝からイチャイチャするな」

 んっ、今度は誰だ。
 足元からゆっくり上に顔を向けて賢は飛び起きて後ろへ退いた。
 なんだこの猫は。自分よりも大きな猫が目の前に立っていた。あれ、ちょっと待てよ。
 白猫と大きな猫。
 そうだった。ここはえっと、なんて言ったっけか。えっと、えっと。桃源郷じゃなくて、月だ。月がつく。月見草。違う。あっ、そうそう夢月楼だ。

 美月とモンドか。

 賢は小首を傾げて大きな猫を見遣る。
 頭がカラフルだ。モンドじゃなく玉三郎か。こんなに大きかっただろうか。
 そういえばこの手。足もだ。なんだか小さい。身体も小さいような。どういうことだ。

「あのさ、美月に玉三郎だよな」
「やっと目が覚めたみたいね。でも、私とキスしたことはきちんと責任取ってもらうからね」

 キスをした。鼻先だろう。それくらい。よくないか。
 賢は女の子の姿をした美月を思い出して少し気恥ずかしくなった。

「そんなことよりおまえの魂年齢はまだ小学生くらいのようだな」
「ちょっとタマおじさま。そんなことって何よ。大事なことでしょ。賢と私はキスをしたのよ」
「美月は少し黙っていろ。もっともっと大事な話をしているところだ」

 美月はプイとそっぽを向いて部屋の端っこへ行って丸くなってしまった。
 賢は美月を慰めてやりたくなったが魂年齢が小学生というのも気にかかる。いったい何の話だ。

「なあ、玉三郎。何を言っているんだ」
「何って、気づいているだろう」

 気づいているも何も。もしかしてこの身体の異変のことか。
 賢はもう一度身体を見遣りまた小首を傾げた。

「なんとなくだけど自分の身体が変だ。気のせいかもしれないが小さく感じる」
「気のせいじゃない。ほら、鏡を見てみろ」

 玉三郎が指差した姿見鏡の前に行ってみて愕然とした。
 嘘だろう。子供の姿をしている。昔の自分がそこにいる。どうなっている。

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