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第六話「怪しき茶壷と筆」
突然現れたあのときの死神
しおりを挟む朝か。
彰俊はグゥーッと手を上に伸ばして目を覚ます。
「んっ、お、おおお。その首の痣どうした。浮気がばれて首でも絞められたのか」
「浮気ってなんだ。俺は浮気なんてしていないぞ」
「そうか。じゃなくてその痣だ。阿呆、誰にやられた」
痣だなんて、そんなもの……。
彰俊は首を触りながら洗面台の鏡の前に行く。な、なんだこれ。
首に手形がくっきりと残っていた。
「トキヒズミ、これなんだ。どうなっている」
「何を寝ぼけている。聞きたいのはこっちのほうだ。ドドドドド阿呆」
確かに、そうか。トキヒズミがわかるはずがない。
誰かに襲われた記憶はない。んっ、そうだったっけか。
あっ、夢だ。確か首を絞められた。あれは夢じゃなかったのか。それならいつもの夢か。依頼が来るのかも。けど、今までと何か違う。
「やはり原因はここにあるようですね」
えっ、なに。背後からの言葉に振り返ると見知らぬ顔が目の前にあった。
「うわっ、なんだ」
彰俊は仰け反り足を滑らせて尻餅をつく。
「おまえなんだよ。脅かすな。っていうか誰だ」
顔を顰めて打った尻をさする。
「おや、おや。誰だはないでしょう。本当につれないですねぇ」
「つれないと言われても」
知り合いにこんな奴いただろうか。
「えええ、まさか本当に憶えていないのですか。お忘れなんですか。これまたお寂しいことです。死神ですよ、死神」
死神。そんな知り合いいたっけと考え込んでいるとトキヒズミに頭を小突かれた。
「おまえの頭は空っぽか。記憶力ゼロか。愛しの沙紀をあの世へ連れて行こうとしたぬけさく死神だよ」
「ああ、あのときの」
「思い出してくれましたか。けど、ぬけさくは酷いです」
「うるさい。あの世へ連れて行く相手を間違えたのだぞ。ぬけさくじゃなきゃなんだ。ぼんくらか、唐変木かおたんこなすか」
項垂れて溜め息を漏らす死神。
トキヒズミの言葉にだいぶ落ち込んでいるようだ。そりゃそうだ。誰だってああなる。慣れれば右から左へとスルーすることもできるだろうがここにいる死神にそんな真似はできないだろう。
「酷いです。そこまで言わなくても。それでなくても上司に何時間も説教くらったっていうのに。十分、反省しているんですよ」
「そうかそうか。反省しているのか。ってそんなこと当たり前だ。おまえは死神失格だ。まだ死神を引退していないことに驚きだ」
「そうですよね」
なんだか罵声を浴びせられる死神が可哀想になってくる。トキヒズミは言い過ぎだ。確かに沙紀をあの世へ連れて行こうなどとしたことには憤りを感じる。だが、沙紀は今も生きているし、おそらく何かしらの処分も受けているだろう。それなら許してあげたほうがいい。
「トキヒズミ、死神を責めるのはそのくらいにしてさ」
「んっ、おいらはまだ言い足りないくらいだ。おまえはもう許すというのか。まったくお人好しにもほどがある」
確かにお人好しかもしれない。この死神は責められて当然だとも思う。けど、なぜか同情してしまう。自分に似た雰囲気を持っているからだろうか。それだけではない。沙紀のときも沙紀の弟の雅哉のときもこの死神のミスじゃないような気がしてならない。確証はないがこの死神は人がよさそうだ。んっ、死神だから人じゃないか。まあどうでもいい。とにかく悪い奴には見えない。死神というとイメージはよくないが、迷わないようにあの世へ連れて行ってくれる使者だ。自分はそう認識している。
彰俊は死神を見遣り、やっぱりいい奴にしか見えない。悪いことができなさそうな顔だ。
あくまでも勘なのだが。
なぜだろう。
夢のせいだろうか。なんか変なこと話していた記憶がある。
「わたくしを許してくれるのですか」
「許すわけがない」
「待て、トキヒズミ」
「なんだよ、止めるんじゃない。一発殴らせろ」
「ダメだ」
「ふん、おまえは甘い。そんなんじゃこの世の中生きていけないぞ」
生きていけない。そんな馬鹿な。これくらいのことで生きていられないとしたらかなりの人が亡くなってしまう。トキヒズミはわかっていない。
「俺はこんなことで死にはしないぞ。生きていけるさ」
「おまえは本当に馬鹿だな。おいらはそういうこと言っているんじゃない。実際に死ぬぞと言っているわけではない」
そうなのか。
あれ、そういえばアキ&アキコはどうしたのだろう。姿が見えないけどいないのか。どこかに出掛けているのか。
「トキヒズミ、アキとアキコは」
「さあな、知らん」
知らんだと。
「あの、ちょっといいでしょうか」
「なんだ落ちこぼれ死神」
死神は再び溜め息を漏らして項垂れた。
「トキヒズミ、言い過ぎだ。こいつだって頑張っているだ。もしかしたらこいつだって被害者かもしれないんだぞ。もうちょっと言い方をだな」
「おい、どういうことだ。死神が被害者かもだと。おまえはどこまでボケボケなんだ」
死神が申し訳なさそうに「あのー」と手を挙げた。
「なんだ、失敗作」
ああ、可哀相に。ってなんで死神にこんなにも同情しているのだろう。やっぱり自分を見ているようだからか。
「落ち込むな。死神もどきが」
「もどきだなんて、違います」
「じゃ、なんだ。成りすましか。コスプレか」
「だからわたくしは正真正銘の死神です。それで、わたくしはなぜあのような失態をしてしまったのか調査したのです。その結果をお知らせしたかっただけなのです。ですが、もういいです。帰ります」
「待て、待て、待て。そんな大事なことなぜ早く言わぬ。やっぱりおまえは脳足りんだ」
まったくどこまで毒を吐くんだトキヒズミは。こういうときアキかアキコがいればトキヒズミを黙らせることができるのに。どこへ行っちまったんだろう。
「すみません。帰らせていただきます」
「あっ、待って。教えてください。俺は死神さんの話が聞きたいです」
彰俊はトキヒズミを抑え込みしゃべれないようにして懇願した。死神がわざわざ調査結果を知らせに来たということは絶対に自分たちに関係ある話のはずだ。きちんと聞くべきだ。
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