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第三話「三味線が鳴く」
三味線猫シャセ
しおりを挟む沙紀が来たときは、すでに陽が沈み夜になっていた。
「こんばんは」
「沙紀、遊ぼう」
「あ、ごめんね。アキちゃん、相談事があるから後で遊ぼうね」
アキは残念そうな顔をしてコクリと頷き、「彰俊、早く解決しろ」と服の袖にしがみ付いてきた。
彰俊は笑みを浮かべて、アキの頭を撫でた。座敷童子猫のアキのこういう甘えた態度は可愛い。猫なんだなと思える瞬間だ。見た目は人だけど。
「もしかして、その袋は例の三味線かな」
「あ、そうなの。これがなんだか変なのよね。急に三味線持って彰俊くんに相談したくなっちゃって。気づいたらメールもしていて、ここに向かっていたの」
沙紀はそう告げると袋から三味線を取り出して差し出してきた。彰俊は三味線を受け取って裏表を確認する。沙紀はおそらくこの三味線に操られてしまったんだろう。
「痛い。やめろってアキ」
袖を掴んでいたはずのアキが、二の腕をギュッと鋭い爪を出して掴んでいた。
「ごめん、つい」
「どうしたんだよ」
「だって……」
アキは三味線をじっとみつめている。何が言いたいのだろうか。
「やはり唐変木だな。その三味線も猫なんだろう。アキは自分の場所を犯されていると感じているんじゃないのか。いや、ただ怖いだけか」
そうか猫は縄張り意識が強いからな。よそ者が来て、警戒しているのだろう。
「大丈夫だよ。アキは俺の家族だろう」
「家族……」
「そうだ、家族だ。なんかあったら守ってやるから。それにこいつとも仲良く出来るはずさ」
安心したのか、アキは少し離れて部屋の隅に腰を下ろした。よそ者の三味線猫の様子見というところだろうか。今は猫の姿を見せてはいないが、夢で見た通りこの三味線は猫が宿っているのだろう。三味線の皮は猫の皮を使うこともあるっていうからな。
「彰俊くんはいいね。楽しそうで」
「えっ、楽しそう?」
俺は楽しいのだろうか。なんだかんだ言って楽しいのかもしれない。
こいつらと出逢ってからというもの実家暮らしから一人暮らしを始めた。実家で独り言ばかり口にする息子を不審がられてはかなわない。両親には物の怪のアキ&アキコは見えない。トキヒズミは単なる懐中時計としか認識出来ないだろう。
一人暮らしは気楽でいい。自炊や掃除は面倒臭いけど。
そんなこと、今はどうでもいい。三味線だ。猫に姿を変えるはずだけど。
「沙紀ちゃん、この三味線が猫になるところ見たりしていないかな」
「猫⁉」
しばらく考えたあげく沙紀は首を左右に振った。
「そうか、おそらくなんだけど。こいつはトキヒズミと同じ付喪神だ。ただ、人ではなく猫になるみたいだけど」
「おい、おいらは人にはならないぞ。手足が生えるだけだ。人っぽい姿だがな。そこんところ覚えておけよ」
「ああ、すまない」
あれ、阿呆とも唐変木とも口にしなかった。呼ばないほうがいいけど、なんとなく肩透かし食らった気がしてしまうのはなぜだろう。
「あの、この三味線が変ってどんな感じなの」
「そうね。たまにガタガタ揺れたり気づいたら別の場所にあったり変な音もさせたりしてなんだか怖いの」
なるほど。
「今は動く気配はなさそうだけど。やっぱり猫になって動き回っているのかもね」
「猫にね」
沙紀が頷いていると、隅っこで置物のようにして座っているアキがボソッと一言「寝ている」と呟いた。
寝ている?
アキは眠くなったのか。そう思い、アキのほうに振り返ると三味線を指差していた。三味線が寝ていると言いたいのか。
「猫はよく寝るからな。ついでに、おまえらも一緒に寝てもいいぞ」
トキヒズミの言葉に沙紀は顔を赤らめていた。きっと、自分も同じだろう。
「邪魔者は退散した方が良さそうだ」
続けてトキヒズミが言葉を綴り、アキを促しどこかへ行こうとした。
「おい、待てよ。寝ないぞ俺は。今は、この三味線をだな」
「そうよ、そうよ。彰俊はこんな女と寝たりなんかしない。あたいと寝るんだから」
ああ、もう面倒臭い奴が目覚めたか。
「アキコ、そうじゃないだろう」
「ふん、なによ。こうなったら勝負よ。あたいとあんたとどっちが彰俊にふさわしいかきっちり決めましょう」
沙紀は突然勝負を挑まれて戸惑っている。
「アキコ、いい加減にしろ。今は三味線のことをだな」
「わかっているわよ。もうなによ。どうせあたいは邪魔者なのね。彰俊のバカ、バカ、バカ」
アキコは罵声を浴びせてどこかへ走っていってしまった。
「おお怖い、怖い。女の嫉妬は怖いからな。彰俊、モテる男はつらないな。気をつけろよ」
トキヒズミは高らかに笑い声をあげた。その笑い声に反応するように、三味線が変な音を奏でた。びゃびゃびゃぁ~と。
突然の音に彰俊は思わず仰け反ってしまった。
それにしても三味線の音色にしてはちょっとおかしな音だ。猫の声と三味線の音色が混ざり合ったような響きだ。『鳴った』というよりも『鳴いた』という表現の方がしっくりくる。
するとにょきにょきと手足が生えてきて前足をグググゥーと前に突き出して伸びをすると、ポンと頭と尻尾が現れ大欠伸をひとつした。夢で見た姿そのものだった。沙紀は口をポカンと開けて呆然としている。
三味線と猫が一体化した姿は奇妙奇天烈だ。
「おや、彰俊様ではございませんか。またお逢いできましたね。そういえばまだ名乗っておりませんでしたね。小生、三味線猫のシャセと言います」
「あ、どうもご丁寧に」
思わず彰俊はお辞儀してしまった。
「ああ、沙紀様がここへ連れてきてくれたのですね。ありがたき幸せ」
沙紀はまだ呆然としたまま。
「シャセ、おいらはトキヒズミだ。よく覚えておけよ。一応ここではおまえより先輩になるからな」
「あ、はい。で、早速ですがお話があります」
「話?」
シャセは頷き話し出す。
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