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第二話「読心術奇譚書」
まだ、終わっていない
しおりを挟む雅哉と黒猫が消え去ってから数分たっただろうか。扉が突然現れてアキが黒猫の母を連れて戻ってきた。
「遅いよ、アキ」
「まだ、大丈夫」
何を言っているんだアキは。どう考えても手遅れじゃないか。
「やっぱり、阿呆だ。おいらがいるだろう。まだ、終わっちゃいない」
ドンと胸を叩くようにしてポケットから飛び出すと頭を小突いて地面に着地したトキヒズミ。
そうかその手があったか。
パチンと手を叩き、「早く時を巻き戻せ」と叫ぶ。
やれやれという素振りを見せて頭を掻くトキヒズミ。
例の気持ち悪い時が来る。これは何度経験しても慣れることはない。
やっぱり来た。案の定、気持ち悪くなり膝を地面につけて項垂れる。
んっ、思ったよりも気持ち悪さがなかったような。気のせいか。それとも慣れてきたのだろうか。
「はい、彰俊」
アキに母猫を渡され抱き上げる。じっとみつめられて癒される。やっぱり猫はいいものだ。あっ、そうだ。そんな場合じゃない。
辺りを窺うと、沙紀と黒猫を確認した。雅哉の姿はない。けど、自分もいる。これはどうしたらいいのだろう。
「気にするな。おいらがなんとかする」
なんとかって。
トキヒズミのイッヒッヒと変な笑い声を聞きながら彰俊は見守った。なんだか嫌な予感がするが任せるしかないか。
あっ、あいつ蹴飛ばした。なんとなく尻が痛い感じがするのは気のせいだろうか。
あれ、もうひとりの自分が消えた。どういうことだ。
トキヒズミは振り返り親指を立てた。
「阿呆はひとりで十分だ」
なんだか腹が立つ。けど、これで問題はなくなった。
それじゃ黒猫に母猫を合わせてやろう。これでうまくいくはずだ。
大きく息を吐き出し、「黒猫、おまえの母さんだぞ」と叫ぶ。その声に反応した黒猫は、沙紀から目を離してこっちに視線を送ってきた。と同時に近づいてくる。
母猫を下ろしてやると、母猫もまた黒猫に駆けていく。黒猫の母なのに、母は白地に黒の斑猫だった。親子でも違った模様なのはなぜだろう。猫の遺伝ってよくわからないものだ。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
黒猫と母猫は互いに鼻を突き合わせ挨拶を交わすと、黒猫は頭を下げて母の身体にスリスリし始めた。これでいいと頷く。
「羨ましい」
そんな呟きがアキの口から漏れ落ちた。アキの奴、母親のことを思い出したのだろうか。アキも逢いたいのだろう。けど、いるのだろうか。もしかしたら逢いたくても逢えないってこともあるのかもしれない。
「アキ、俺が父親代わりになってやろうか。それじゃダメか」
ニヤリとアキは笑んで頷いた。なんとも言えない震えがくる笑顔に彰俊は苦笑いを浮かべた。
「ちょっとちょっと、あたいは嫌よ。彰俊は父親じゃなくてあたいの旦那様になるの」
アキコか。なんだこんなときに。
アキコは腕を回して寄り添ってくる。仕方がない奴だ。
「ふむ、これで一件落着であるな」
見れば、沙紀と雅哉がハグして涙を流していた。黒猫は母猫とともに天に昇って行くところだった。
よかった。これで雅哉があの世へ行くことは回避されたってことか。仲のいい姉弟だ。
「おっ、阿呆の目にも涙だ」
いい加減阿呆はよせ。感動の場面だっていうのに台無しだ。
「彰俊、泣かないで。あたいがいるじゃないさ」
みつめてくるアキコ。ああ、こいつもせっかくの感動の場面を台無しにしやがって。まあ、悪気はないんだろうけど。
「うーん、おかしいな。また間違えちまったのか」
んっ、誰だ。
「あっ、おまえこの前の死神じゃないか。なんでおまえがここに」
「えっ、いや、そのですね。あの方をあの世へ連れて行こうかと思ったんですけどね。どうやらまた間違えてしまったようで。申し訳ありません」
な、なに。また間違えただと。雅哉のことも間違いだったのか。
いったい何をしている。あいつ死神失格なんじゃないのか。それともあっち側の世界でなにか異変でもあったのか。死神も人手不足でレベルが低くなっているとか。まさか、それはないか。あいつがダメな死神ってだけかもしれないし。
「なぁ」
あっ、消えちまった。
彰俊は大きく息を吐き出すと空を見上げた。
んっ、今誰か舌打ちしなかったか。すぐに振り返って見たが誰の姿もなかった。
気のせいだったか。
「な、なに。あたいのこと探していたの。もう早く言ってよ。あたいがいないとダメなんだから」
だから、そうじゃないって。
*****
数日後、雅哉は退院した。奇跡的な回復だと医師も驚いていたようだ。
沙紀も笑顔を取り戻し、依頼は速やかに解決に至った。
「速やかに? それはどうであろうな」
隣でドクシンが笑みを浮かべていた。まあ、速やかにではなかったかもしれないな。それはそうと心を読むことはもうやめてほしい。その問題を解決するには一つしかない。
ドクシンの再度お蔵入りだ。申し訳ないがそれしかない。
あ、そうそう沙紀とはいい友達になった。不本意ではあるが、今はそれでいい。
「阿呆は寝て待てってこったな」
相変わらずの嫌味なトキヒズミの言葉を右から左に聞き流す。ずっとこんな感じで過ごしていくのだろうか。まあ、退屈しそうにないからいいか。
グゥーッと伸びをして、澄み切った青い空を眺めた。
「早く大学行け、阿呆が」
そうだった。自分は大学生だったっけ。就職活動もしなきゃいけないのにこんなことやっていていいのだろうか。
「ボケ、さっさと勉学に励め。余計なことは考えるな」
トキヒズミに蹴飛ばされそうになったが紙一重のところで避けることができた。
「ああ、彰俊。大学なんて行かないであたいといいことしましょうよ」
いいこと。
彰俊は変な想像をしてすぐにかぶりを振った。急いで大学へ行こう。それがいい。
「それじゃ、大学行って来るからさ。じゃあな」
鞄を掴み取り駅へと走り出す。
「もう、なによ。あたいを置いて行く気なの」
彰俊は振り返ることなく聞こえないふりをした。
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