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第二話「読心術奇譚書」
心の内へ
しおりを挟む病室に入ると眠り続けている雅哉の姿があった。沙紀をチラッと見遣ると涙ぐんでいた。ずっと目覚めないままってこともあるらしい。いや、絶対に目覚めさせてやる。そのためにドクシンがいるのだから。
彰俊はドクシンを見遣り、頷いた。言葉を出さずともドクシンには届く。
意識不明だとは言え、生きているのだ。きっと心に思うことはあるはずだ。医者には出来ない方法で意識を取り戻す術があると信じたい。ドクシンは姿を消して雅哉の心を読むことに専念している。その間は、ただの古書に戻っている。彰俊は手元の古書をパラパラ捲りつつドクシンの言葉を待った。古書の中身はほとんど白紙だ。もともと白紙だったのか、それとも霊的なものに変わったときに文字が消え失せてしまったのか。
書かれていることは最初のページにある一文のみ。
『無闇に人の心を読むべからず。この禁を怠るべからず。己の心が崩壊する恐れあり』と。
なるほど、確かにやたらに人の心を読むととんでもない言葉を聞いてしまう恐れがある。それが自分の悪口かもしれない。そんな言葉ばかり聞こえてきたら……。
考えただけで恐ろしい。ドクシンは大丈夫なのだろうか。
「彰俊殿はお優しいのですな。某の心配をしてくれるとは」
「いや、そんなことは」
「いやはや、謙遜することはありませんぞ。それと某は心の声を遮断することができるのでな。心配にはおよばない」
そうなのか。読心術は熟知しているってことか。
あっ、当たり前か。読心術の本の付喪神なのだから。
「けどさ、なんでほとんど白紙なんだ」
ドクシンはニヤリとして「読心術はすべて頭の中にある」と豪語していた。
本当だろうか。
「彰俊殿、某は嘘など申しませんぞ」
あっ、また心を読まれてしまった。ドクシンは近くに置きたくないものだ。
「そのような寂しいことを。某をどうかお傍に」
嘆息を漏らして彰俊は「すまない。それより雅哉の心を読めたのか」と話を変えた。
「はい、助けを求めております」
「そうか、助けか。で、何か救う手立てはありそうか」
「わかったことは猫がどうやら鍵なのではと」
「猫? どういうことだ」
沙紀がそのとき口を挟んできた。
「確か、雅哉は猫を助けようとして事故にあったって」
なるほど。でも、それが意識を取り戻すことに繋がるのだろうか。
「どうやら猫が引き止めておるようでな。これは行くしかあるまい。アキ殿お願いできますかな」
「は、はい」
アキは徐に両手を病室の窓に翳して一瞬だけ目を閉じるとカッと見開いた。黒い霧があたりに立ち込めていき、闇と化す。その闇の中から扉が現れて軋みながら開いていく。前回とは違いそれほど眩しい光は漏れてきていない。なぜだろう。
「彰俊、前回のは演出だそうだぞ」
な、なに。演出。アキがそんなこと考えるのか。
「違う。トキヒズミの悪知恵だ」
くそったれ。そんなことだと思った。そうえいばトキヒズミはずいぶん静かにしている。確かポケットに入れてきたはずだけど。まさか、忘れてきたのか。いやいや、さっきまで騒いでいたじゃないか。それならなぜ。まあいいか。
それはそうといったいどこへ連れて行こうとしているのだろうか。それに猫が引き止めるとはどういうことだろう。
「開いた」
アキの一言に頷きドクシンは「では、参ろう」と背中を押してきた。扉の先が見えない不安感が膨らんでいく。どこへ向かうのかだけでも教えてくれてもいいのに。
一歩、二歩、三歩と歩みを進めていくと突然視界が開けた。
ここは……。
曇天の空が広がる荒野のような場所だった。冷たい風が頬を撫でていく。ここは、まさかあの世。なんとなくだが彰俊はそう直感した。
「それはない。まだ雅哉とやらは亡くなっておらぬ。ここは雅哉の心の内だ。閉ざされてしまった心の内だ」
なんだそうか。
んっ、心の内。
嘘だろう。この荒れ果てた場所が雅哉の心の中だというのか。大丈夫なのか。人の心の中に入り込んで戻れなくなるなんてことにはならないのか。ある意味、あの世に立ち入ることと危険性は同じなのではないだろうか。
「死に逝く者の心はこのようなものだ。そうそう、あまり長居はしない方が良いな」
「なるほど。死に逝く者の心はこうなのか」
まったく実感が湧かない。
んっ、待て。死に逝くって。雅哉は死ぬのか。沙紀にどう説明すればいい。それもそうだが長居しない方がって。やっぱり危険なのか。
「彰俊殿の手にする古書に地図を記しておいた。×印が目的地となる。まずはそこへ向かおうではないか。よろしいかな、彰俊殿」
なんだ、こういうときは心を読まないのか。この恐れる心を無視するのか。
「彰俊殿、沙紀様のためですぞ。ここは男を見せるときですぞ。いいですかな」
ドクシンは耳元でそう囁いた。
「ああ、そうだな。それじゃ行こう」
彰俊は前を歩く沙紀の背中を見遣り頑張らなきゃと強く思い歩みを進めた。
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