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第三章「修行で大騒ぎ」
狐神様はすべてお見通し
しおりを挟む「狐神様、わたくし風を呼ぶことができるのですわ」
ルナが一歩前に出て胸を張るとほんの少しだけだが草が揺れ、落ち葉がカサカサと音を奏でた。
「ほほう、なかなかやるではないか」
「チョウチョも呼べるのですわよ」
ルナが目を閉じて顔を上に向けたかと思うとカッと目を見開いた。
心寧は右、左、上へとキョロキョロあたりに目を向けたがチョウチョは姿を現さない。どこかにいるの。
「あはは、心寧の頭に黒アゲハチョウが。変なの」
え、えええ。頭の上にいるの。もう、なんでどうして。見えないじゃないの。
ベシバシッ。
「痛い。誰よ」
振り返るとそこには左手を振り上げて固まっているミヤビがいた。けどミヤビは目をそらして振り上げた左手を右上へと向けた。
「あっ、ほら黒アゲハ行っちまうぞ」
もうなに誤魔化しているの。絶対にミヤビが叩いたんじゃない。そう思いつつも黒アゲハチョウが気になって上に目を向けた。
ああ、チョウチョいた。心寧は思わずチョウチョ目がけて飛び上がり捕まえようとしてしまった。そのせいでムサシを蹴飛ばすかたちになってしまった。
「心寧ちゃん、ちょっと」
ムサシに注意されてハッとする。またやってしまった。
狐神は口に手を当てて笑いを堪えている。穴があったら入りたいと俯いていたらムサシが「大丈夫だよ」とやさしく声をかけてくれた。
「なかなか個性豊かな生徒だ。我は楽しみがひとつ増えて退屈せずに済みそうだ」
マネキ先生は頭を掻き苦笑いをしていた。
「あのさ、狐神様って狸神様と仲が悪いんだろう」
「ちょっとミヤビくん。そんなこと訊いてはいけませんよ」
「えっ、ダメなの」
「まあ、よい。巷ではそう思われているだろうな。確かに仲が悪い者もいる。だがしかし、我はそうでもないぞ。ただ苦手ではあるか。苦手と言えば狗神もちと苦手だな」
「そうなのか」
苦手か。自分はミヤビが苦手だ。
「ミヤビとやら、苦手だからといって同じ神だ。協力することもあるのだぞ。無闇に拒絶することはいけない。それだけは理解することだ」
「はい」
ミヤビはチラッとこっちに目を向けた。もしかして、ミヤビは自分のことが苦手なのだろうか。ルナも今、こっち見ていたような。コマチも……。
えっ、そんな。苦手意識持っているのはミヤビだけじゃないの。
なんで、どうして。
狐神様は全員の顔を見回して「ムサシとやら、お主もなにかできそうだな。ちょっと見せてくれぬか」と真剣な眼差しを向けていた。
「僕ですか。あの、その。見せるほどのものじゃないですよ。ただ人の気持ちを察しやすいというか。もちろん、人だけじゃないですけど。なんとなく気持ちがわかるというか。それだけです」
「ふむ、ならばそこの大人しそうなワサビの気持ちがわかるか」
ムサシはワサビのほうに向き「はい」と返事をした。
「ワサビくんは、狐神様の絵を描きたいと思っているんじゃないかと」
ムサシの返答に狐神様は口角を上げて頷いていた。ワサビはというと目を見開いて「すごい」とだけ口にした。当たっているってこと。
「どうだ、当たっているかワサビ」
「う、うん」
すごい、ムサシってそんなことができるのか。えっ、それなら自分の考えていることもわかっちゃっているってこと。どうしよう。心寧は急に恥かしくなってきた。
「心寧ちゃん、全部わかるわけじゃないから大丈夫だよ」
えええっ、大丈夫って。今思っていたことバレちゃっているじゃない。大丈夫じゃない。もうどうしたらいいの。
あれ、その前に狐神様も心の内をわかっているってこと。そういうことか。だから、自己紹介しなくても名前がわかるのか。いやいや、そんなことよりムサシに心を覗かれるのは嫌だ。どうしよう、どうしたらいいの。
「心寧とやら、そんなに取り乱さずともよい。ムサシの言葉は本当だ。すべてを見通せるわけではない。お主はその態度や顔をみれば力がなくともわかってしまう。つまり、わかりやすい奴ってことだ。まあ、我にはお主の思いがわかってしまうがな」
そ、そうなのか。
ムサシをチラッと見やり、小さく息を吐く。
待って、待って。ホッとしている場合じゃない。狐神様はすべてお見通しってことでしょ。それはそれで、恥ずかしい。
狐神様はまた口角をちょっとだけあげていた。
「あの、そろそろ、みんなに一言だけでもなにか言ってあげてもらえないでしょうか」
「ふむ、あいわかった」
一言か。いったいなにを話すのだろう。自分はダメダメだからがんばるようになんて言われそうだ。
「まず、そこのミヤビ」
ミヤビは突然呼ばれて「ふぁ、ふぁい」と変な返事をすると背筋をピンと伸ばして固まっていた。おかしい。けど、そうさせるだけの鋭い眼力があった。
「お主は、我がそんなに偉いのか疑問を感じておるようだな。我は伏見の狐神様のところで修行をしてきた。狐神の中でもまあまあ上の地位にはあるだろうか」
「あ、あの、その。ごめんなさい」
「気にするな。責めているわけではない。そんなことはどうでもよいこと。ミヤビに伝えることはひとつ、『相手を追いつめすぎない』ってことだろうか。言いたいことはわかるな」
ミヤビは俯き、なにも言わずに頷いていた。
「だが、なんでも訊こうとする姿勢はいいことだ。言葉を間違えなければ頼りがいのある猫神になりうる。がんばりなさい」
ミヤビはパッと顔を上げて「本当に、本当に」と目を輝かせていた。
「我が嘘をつくと思うのか」
狐神様の目が鋭くなった。
「あの、その、いいえ。ごめんなさい」
狐神様は「冗談だ。謝ることはない」と笑みを浮かべていた。
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