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第二章『猫神学園に入学だ』

お家は怖いの

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 どうしよう、どうしよう。
 なんだか落ち着かない。家の中ってだけで閉じ込められた気がしてしまう。自由を奪われた気がしてしまう。大きな扉がぴたりと閉まってしまったら外へ行くことはできない。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 外がいいの。誰か助けて。嫌な想像ばかりしてしまう。
 パニック、パニック、ビックパニックだ。家の中も外もそう変わらないと言われても、ソワソワしてしまう。

「こら、こら、暴れないで。大丈夫だから。心寧ちゃん」

 乙葉のお母さんがやっと解放してくれたのだが、外へ行く道はどこにもなさそうだ。それでも出口を探そうとあっちへフラフラ、そっちへフラフラ。窓のすみっこを手で押し開けようとしても動かない。玄関扉のはっしこを押しても動かない。

 心臓がドクンドクンと暴れている。
 外に出たいの。扉開けて、お願いだから。そう思ったところで乙葉のお母さんは「大丈夫」としか言ってくれない。

「わたしは大丈夫じゃないの。外がいいの」

 じっと乙葉のお母さんの目を見て訴えるが通じない。
 どうにも気持ちばかりがあせる。
 ああ、もうお願いだから外に出して。心寧は家中を走り回った。

「ほら、大丈夫だから。落ち着いて。なにも怖いことなんてないから。心寧ちゃん」

 乙葉のお母さんに捕まって抱きしめられる。
 なに、なに、どうするつもり。身体をクネクネさせて脱出を試みるがうまくいかない。

「大丈夫。ここは安全だから」

 ああ、もうなんでわかってくれないの。そう思っていたら、どこからか「心寧、本当に安全なのよ。外よりもね。だから大丈夫」との言葉が頭の中にスッと入ってきた。
 えっ、今大丈夫って言ったのは誰。乙葉のお母さんじゃないような。

「お母さん、そうでしょ。どこ、どこにいるの」

 脱出をするのをやめてあたりに目を向ける。どこにもいない。気のせいだったのだろうか。

「ねぇ、お母さん。いるなら返事をして。本当に大丈夫なの」
「大丈夫よ」

 お母さん。
 心寧は声のしたほうに顔を向けた。

 窓の外で声をかけてくれていたのはお母さんではなく、園音様だった。
 なぜ園音様の声をお母さんの声と間違えたのだろう。わからない。ちょっと残念な気持ちになったけど園音様の笑顔に心寧も自然と笑みが浮かんだ。

 本当に大丈夫なの。本当に。信じていいのだろうか。怖いことなんてないのだろうか。
 どこを見てもはじめて見るものばかり。どこかで誰かが自分を狙っているんじゃないの。イジメようとたくらんでいるんじゃないの。
 園音様の言葉を信じないわけじゃない。けど、どうにも落ち着かない。

 やっぱりダメだと乙葉のお母さんの手からどうにか脱出をして玄関扉のほうへ行こうとしたとき、プニッとなにかを踏んだ。その瞬間、黒い箱みたいなところから見知らぬ人が現れてビクッとする。
 そんなところでなにをしているの。
 んっ、なんですって。今、猫がどうのって。
 あっ、箱の中から今度は猫が……。

「ねぇ、そんなところにどうやって入ったの。いつからいるの」

 おかしい。返事をしてくれない。心寧は黒い箱へと飛び跳ねた。
 痛い。
 なんで、どうして。目の前にいる猫にどうやっても触れることができなかった。なにかがはばんでいる。箱の後ろへ回り込んでみるといるはずの猫が消えてしまう。前に戻ってみるとやっぱりすぐそこに猫はいる。どうなっているの。

 もうイライラする。
 心寧はペシッとネコパンチを繰り出したが自分の手が痛いだけだった。
 これはなに。
 ペシペシペシッ。とりゃとりゃとりゃ。

「もうしょうがない子ね。そこには誰もいないのよ。テレビだから」

 えっ、いないの。テレビってなに。
 ああ、もうわけがわからない。やっぱり家の中は怖い。逃げるしかない。
 心寧は全速力で玄関扉の前に突き進み扉をバシバシと叩いた。

「開けて、開けてよ」
「心寧ちゃん、そんなに家の中が嫌なの。外より安心できると思うんだけどな」

 乙葉のお母さんに再び抱きかかえられる。

「安心なんてできないの。嫌なの。変な箱もあるし、落ち着かないの。わかってよ」

 心寧は身体をよじらせて乙葉のお母さんの手を振りほどこうとした。

「心寧ちゃん、お願い。大人しくして」

 あれ、声のトーンが変わった。どうしたのだろう。チラッと乙葉のお母さんに目を向けると暗い顔をしていた。あの、えっとえっと。あっ、手から血が出ている。もしかして、引っ掻いちゃった。どうしよう。

「ごめんなさい。もう暴れないから。泣かないで」

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