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第二章『猫神学園に入学だ』

はじめての登校(1)

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「乙葉ちゃん、わたしがそばにいるから泣かないで」

 乙葉の膝にポンと手を乗せたり顔を足にこすりつけたりして再び乙葉の顔を見る。

「子猫ちゃん、なぐさめてくれているの。ありがとうね」

 通じた。気持ちが通じた。そうか言葉がわからなくても思いは伝わるものなのか。
 乙葉は涙をぬぐってほほゆるませると頭をでてくれた。
 笑った。やった、笑った。

「乙葉ちゃん、もう悲しくないの。大丈夫なの」
「心配しなくて大丈夫よ。ちょっとお母さんとケンカしちゃっただけだから」

 お母さんとケンカ。そうなのか。

「お母さんにひどいこと言っちゃった。帰ってきたらあやまんなきゃね」

 ひどいことってなんて言っちゃったのだろう。なんだか後悔こうかいしているみたい。それなら、きっと大丈夫。謝れば仲直りできるはず。

 お母さんか。今頃どうしているのだろう。なんだかお母さんのミルクが飲みたくなってきた。
 乙葉は小さな溜め息を漏らすと「学校行ってくるね」ともう一度頭を撫でてくれた。

 あっ、そうだ。自分も行かなきゃ。
 えっと、えっと。今何時。
 窓から家の中を覗き込む。

 園音様からもムムタからも時間というものを教わっていた。学校には時間割というものもあると教わっていた。猫神様になる勉強をするはじまりの時間というものがあるらしい。はじまりの時間を守らないとマイナス評価をされてしまうらしい。マイナスが増えると追い出されちゃうらしい。つまり猫神様になれなくなってしまうってことだ。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 何時まで行けばいいんだっけ。

 こういうときに限ってムムタがいない。いたらけるのに。
 そうだ、確か一時間目は八時四十分からだ。

 今は……。えっと、えっと。短い針が一、二、三、四、五、六、七、八。八のところにある。長い針は……、一、二、三。三のところだ。三ってことは……。八時……。ああ、もう何分なの。落ち着いて。いやいや、落ち着いてなんていられない。とにかく急がなきゃ。初日から遅刻ちこくしちゃう。



 急がなきゃいけないのについ時間のことを考えてしまう。

 三のところに長い針があるから。そうだ、四十分は八のところに長い針があるんだった。あれ、短い針だっけ。ああ、どっち、どっち、どっちなの。ここはやっぱり落ち着かないとダメ。心寧はガシガシと首筋を掻きまくって一息ついた。少しは落ち着けた。落ち着いたら眠くなってきた。

 バカ、バカ、バカ。寝ちゃダメでしょ。猫神学園に行くんでしょ。
 大丈夫、きっと大丈夫。まだ間に合う。八より三のほうが小さい数だから大丈夫。本当にそうだっけ。八は二本だけど三は三本あるから三のほうが大きいんじゃないの。
 待って、待って。違う、違う。八のほうが大きいの。ムムタが数の数え方教えてくれたでしょ。

 ほら、『一、二、三、四、五、六、七、八、九、十』って。あとに数えるほうが大きいって。

 あっ、そんなことより猫神学園に行かなきゃ。

 急げ、急げ、急げ。
 走れ、走れ、走れ。
 超特急で、いざ猫神学園へ。

 んっ、今視線を感じた。誰だろう。乙葉が戻って来たわけじゃなさそうだ。
 じゃ、誰。

「ムムタさん」

 返事がない。違うみたいだ。気のせいだったのかな。

 あああっ、急ぐんだった。
 ロケット弾丸スピードで急げ。

 うわわわっ。
 ゴロゴロゴロン。

 転んじゃった。急ぎ過ぎるのもよくないみたい。じゃ普通に急げ。
 普通に急げってどういうこと。ああ、もう。そんなことどうだっていい。とにかく猫神学園に行かなきゃ。

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