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霊界アドバイザー黒神
幸せを信じて
しおりを挟む「黒神、おーい。黒神」
「どうした寧々」
「どうしたもこうしたもない。菜穂の手術が成功したぞ」
「せ、成功。そうか、そうか。よかった」
ふぅーと息を吐き出して胸を撫で下ろす。これで菜穂は生きられる。俺にとってそれが救いだ。菜穂は悲しむかもしれないけど。
菜穂の笑顔を思い出して頬を緩ませる。菜穂は大丈夫だ。俺がいなくたって。
俺はここから見守ることにしよう。
「にやけた顔しちゃって。妬けちゃうな」
寧々は何を言っているんだ。
「おや、寧々は黒神のことが好きなのですか」
「な、何を馬鹿なこと。猿渡、変なこと言うな。あたいがこんな奴のこと好きになるわけない。ぶっころしてやろうか」
「はい、そうですか。大好きなのですね」
猿渡は少しだけ口角を上げて寧々の頭を優しく撫でると社長室へ入って行った。
「えっと、えっと。今日の予定はなんだったけかな。仕事、仕事」
寧々はファイルの入ったキャビネットにいそいそと向かう。
俺は寧々の背中をじっとみつめた。
***
すすり泣く声が耳朶を打つ。
菜穂が泣いている。俺の墓の前で泣いている。
「なんで、なんで、死んじゃったの」
菜穂の言葉に胸が痛む。
『ごめん。ひとりぼっちにさせて』
菜穂が元気になったというのに俺は慰めてやることができない。ギュッと抱きしめてあげることもできない。
「覚の馬鹿。なんで私を置いて逝っちゃったの。私のために死ぬなんて本当に馬鹿よ」
そう俺は馬鹿だ。自殺するなんて。けど、あれは……。
かぶりを振り、あいつらのせいにしてはいけないな。俺が弱かったからこうなってしまったのだ。俺が死ぬまでもなく菜穂の手術費を工面することはできたらしい。天上社長がそんな話をしていた。
溜め息を漏らして菜穂をみつめる。
ここで帽子を取れば普通の人と同じように菜穂を抱きしめることができるのに。社長はダメだと言う。なぜだ。神様候補者とは人として姿を現しても問題なかったじゃないか。
「黒神、大丈夫」
「寧々」
何か言おうとしたのだが寧々になんて言ったらいいのかわからなかった。自分の気持ちを言葉に表せなかった。
菜穂のすすり泣く声にどうにも心が乱される。もうどうにでもなれ。帽子に手をかけて取ろうとしたとき寧々に止められた。
「ダメ。社長に言われたでしょ。自らの意志で知り合いの前に姿を現したら災厄が訪れるって」
「けど……」
「ダメなものはダメ。今、ここで帽子を取って菜穂さんに会ったらどうなると思う」
「どうなるって」
「菜穂さんの命が奪われる恐れだってあるのよ」
命が、奪われる。
そんな……。
俺は、俺はどうしたらいい。
「菜穂、ごめん」
ちょっと押しただけで壊れてしまいそうな菜穂の背中をじっとみつめた。ああ、なんだっていうんだ。なんでぼやける。俺は菜穂の姿を見たいのに雨に濡れるガラス窓みたいにすべてがぼやける。菜穂の姿が歪んで見える。ダメだ、もう耐えられない。
「寧々、帰ろう」
寧々は俺にハンカチを差し出して「ごめんね」とだけ口にした。
桜の花が刺繍された可愛らしいハンカチを手に取り涙を拭おうとしたとき、突然の風に煽られて帽子が飛んだ。
あっ、帽子が。慌てて手を伸ばすが風に乗った帽子は俺の手をするりと躱して菜穂の脇に着地した。
まずい。
そう思ったときには菜穂は振り向いていた。
「覚。覚なの」
そう呼びかけられて混乱した。どうしたらいい。菜穂に俺の姿が見えている。災厄が起きてしまうのではないのか。今、立ち去れば問題ないだろうか。いろんな考えが頭の中を駆け巡る。なのに行動に移せなかった。
菜穂に抱きつかれてしまったせいだ。
「会いたかった。覚、生きていたのね」
「いや、それは……」
違うと言えなかった。
「私ね。変な夢を見たの。頭の禿げた体格のいいおじさんとすごく背の高いおじさんと可愛らしい女の子がいてね。覚もいたんだけど、なんだかおかしな話を聞いたの。よく覚えていなんだけど。すごく気になっていて」
「そうか」
それは夢じゃない。
そんなことはどうでもいい。きちんと伝えなきゃダメだ。
「菜穂、俺は、俺は……」
ダメだ。言えない。くそっ、涙で何もかもがぼやけてきやがる。
「よかった。覚に会えて。この墓には覚はいないのよね」
「ごめん、菜穂。俺は……」
菜穂の潤んだ瞳を見てしまうとどうしても先の言葉を口にできない。
「菜穂、幸せになってくれよ」
そう告げて菜穂の手を解き帽子を拾うと顔を隠すように深く被る。
「覚、覚。どこ、どこに行っちゃったの。覚、覚、覚」
俺は菜穂の耳元で「俺は死んだんだ。忘れてくれ」と囁き菜穂のもとをあとにした。
これでよかったのだろうか。ずっと菜穂と一緒に。いやいや、ダメだ。菜穂のためだ。本当にそうなのだろうか。わからない。
それよりも気にかかることがある。菜穂と会ってしまったせいで災厄が起きてしまったらどうしよう。かぶりを振り大丈夫だと言い聞かせる。
ほんのちょっとだけだ。それに俺が帽子を取ったわけじゃない。風のせいだ。あれは不可抗力だ。きっと菜穂は大丈夫だ。
菜穂に災いが起きないことを祈ろう。
思いっきり息を吐き出して仕事をしようと気持ちを切り替える。それしか俺の道はない。
***
「黒神よ、もう菜穂には会えないからな。そのつもりでいてくれ」
「はい、社長」
わかっていても気持ちが沈む。
「うむ、よろしい。なんだそんな顔をするな。きっと黒神にも良いことがあるはずだ。ひょんな拍子に風が吹くこともあるだろう。風に吹くなとは言えぬからな。ふぉふぉふぉ」
風って、何を言っているのだろう。
んっ、もしかして……。
そういうことか。
「社長、ありがとうございました」
「んっ、なんだ急に。わしはお礼を言われるようなことはしてないぞ。ふぉふぉふぉ」
まったく、とぼけた顔をして。なんだかんだ言って社長はいい人だ。
「黒神、仕事、仕事。今度は死神さんが必要なんだって」
今度は死神。そりゃ大変だ。神様になってもらうよりもハードルが高そうだ。
「大丈夫、大丈夫。営業主任であろう。ちゃちゃっと済ませて来い。わしは頭でも磨いて待っているからな。ふぉふぉふぉ」
社長がツルピカの頭をポンポンと叩き拭う仕種に思わず吹き出しそうになってしまった。
「黒神、急げ。もたもたすんな」
「寧々、今行くよ」
「ふぉふぉふぉ、どっちが主任なんだか。あっ、ちょっと待て」
社長に呼ばれて踵を返すと「説得するのはこいつに変更しろ。きっといい風が吹くぞ」とファイルを投げられた。
「はーーーい。了解」
ファイル片手に寧々に引っぱられて人間界へと向かった。
チラッと振り返ると社長がニヤリとしていた。あの笑みはいったい何を意味するのだろう。
「ほら、ほら余所見しない」
「あっ、はい」
まったく寧々は俺が主任だってこと忘れているのか。まあいいけど。
***
(完)
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そうそうあの風……。
あのシーンは私も好きです。
最後までお付き合い下さり感謝します。
嬉しい感想をありがとうございました。
完結お疲れ様でした!切なくも未来への希望がある前向きな結末でよかったです。また新作が出たら読むのでよろしくお願いします!
最後までお付き合い下さりありがとうございました。
いつも感想いただき感謝しています。
次の新作はいつになるかわかりませんが、そのときはよろしくお願いします。
読んでいただけるとの言葉は励みになります。
がんばりますね。