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霊界アドバイザー黒神
強引だけどこれしかない
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さてと、いよいよ柳田と対面だ。
玄関扉の前で深呼吸をひとつ。心臓はないのになんだかドキドキする。生きていたときの記憶がそう思わせるのだろうか。
そんなことはどうだっていい。仕事、仕事。
帽子を取ると服を整えてドアベルを鳴らす。
そうだ、眼鏡、眼鏡。ジャケットの胸ポケットに入れて置いたシルバーの眼鏡を取り出し徐(おもむろ)にかける。寧々に眼鏡をかけたほうが格好いいと薦められたのだが本当に似合っているのだろうか。それだけではない。候補者の説得する時は絶対にかけるようにとも言われていた。この眼鏡に何か効力があるのだろうか。単なる真面目に見えるってだけかもしれない。それもよしとしよう。
これで真面目な営業マンの出来上がりだ。
ところで柳田はまだか。いったい何をしている。居留守を決め込むつもりか。中にいるのはわかっている。居留守したってドアを開けるまで帰らないぞ。もう一度ドアベルを鳴らして様子を窺うと中から物音がして扉が開く。
「どうも、こんにちは」
返事なしか。なんだか不愛想だ。いい奴じゃなかったのか。
そうじゃないか。俺のこと怪しんでいるのか。そりゃそうか。こんな暑い日に黒づくめの見知らぬ男が突然訪問したらこんな反応になるか。すぐにでもドアを閉めたいって思っているはずだ。とにかくここは紳士的に丁寧な言葉遣いで対応しなくてはいけない。
「わたくし、黒神覚と申します」
笑みを浮かべて名刺を差し出す。
俺は柳田の反応を確認した。あの顔は詐欺ではないかと疑っている顔だろうか。怪訝そうな顔に見える。頭の中でいろんな思いがごちゃ混ぜになって混乱しているようにも思える。
大丈夫だろうか。
何が起きているのだろうと怖くなってもおかしくはない。電車で見たアルバイト情報誌に掲載されていた会社の者が突然訪問してくるんだから当然の反応だ。
『株式会社ANOYO 霊界アドバイザー 営業主任・黒神覚』
名刺にはそう書かれている。
俺だったら絶対に拒絶する。話を聞く前に「宗教の勧誘はお断りしてますので」とか言って扉を閉めてしまうかもしれない。そうはさせない絶対に。ここで引き下がったらこいつの運命が自殺に転じてしまう可能性がある。それだけは避けなければいけない。こいつを救うには神様になってもらうしかない。
どう思われようが率直に話をしよう。
「驚きましたか。そりゃそうでしょう。あなたはあの情報誌を手にされました。あの情報誌は特別なものなのです。普通の人には見えません。つまり、あなたは選ばれたのです」
「選ばれた」
「はい、そうです。今ですと、すぐに神様の任務につけますよ。更に従順な狛犬をサービスさせていただきます。これは滅多にないことです。即決されることをオススメいたします」
寧々に教わった通りに話してはみたもののこれはどう考えても怪しい度アップで終わりパターンじゃないのか。神様の任務ってのいうのもそうだけど、テレビショッピングみたいな言い回しもどうかと思う。こんなんじゃどう考えたってダメだろう。頭がおかしな奴が来たと思っているはずだ。
寧々に教わったのが間違いだった。猿渡の話を最後まで聞くべきだった。
今更後悔しても遅いか。何を思われようがこうなったら突き進むしかない。引き返せない。
「すみませんがお引き取り願いますか」
ほら来た。ここが踏ん張りどころだ。
「いえいえ、そうはいきません。もう選ばれてしまいましたから」
俺は柳田の腕を掴んで笑みを浮かべた。強引だが仕方がない。強行突破といこう。
「ちょっと何をするんですか。選ばれたってなんですか。神様なんてなりませんよ。というかなれるわけがないでしょ。変なこと言わないでください」
「いいえ、これは変でもなんでもないんです。はっきり言ってしまえばあなたはもうすでに了承しています。その名刺を手にした瞬間に決まってしまったのです」
柳田は俺の言葉を聞き手にした名刺を凝視して青ざめた顔になった。手も震わせている。
怖がらせてしまっただろうか。けどこれが幸せへの道だ。どっちにしろ死に逝く運命なのは変わりない。自殺で地獄行きになるのか心筋梗塞で神様として修行をはじめるのかどっちがいいのか考えるまでもない。
柳田の手にした名刺をチラリとみて俺は頷いた。それが答えだ。
さっきまで黒神覚と書いてあった名刺には『神様見習い 柳田智』とあった。
柳田は必死に名刺を捨てようとしはじめた。それなのに手にした名刺は柳田の手から離れない。無理だ。どう足掻こうが一度手にした名刺を捨てることは叶わない。柳田が手にした名刺は普通の名刺じゃない。
観念しろ。いや、そうじゃない。俺に救わせてくれ。頼む。
じっと柳田をみつめた。
「断ることはできないのですか」
「無理ですね」
「でも、さっきはオススメしますなんて言っていたじゃないですか。まだ決定はしていなかったはずです」
「すみません。実はあなたが名刺を受け取った時点で決定していたのです」
「そんな……」
柳田はじっと名刺をみつめていた。明らかに動揺している。俺は嘘をついた。決定などしていない。けど、そうすることが最良だと判断した。
「では、神様となるということで死神さんにあちらの世界へ案内してもらいますね」
「えっ、どういうことですか」
「決まっているじゃないですか。神様になるには死んでもらわないとね」
柳田は口をポカンと開けていた。
なんだか騙し討ちをしたようで胸が痛む。本当は『死んでもらう』ではない。すでに死ぬことは決まっている。今は病気の『び』の字も感じさせないのだが突然心筋梗塞に陥ってしまう。病魔は近づいている。その前に自殺をしようとするとんでもない事態が起きるだろう。だがそれは俺たちが回避させる。真実は口にできない。死後に真実は話すつもりだ。本当にそれでいいのかわからないがそういう決まりだ。
『柳田、がんばってくれ』
俺は深々と柳田にお辞儀をしてゆっくり扉を閉めた。
社長は骨の折れる仕事だと話したけど、心が折れる仕事のような気がしてきた。辞めたくなってきた。柳田にとっていい道だとしてもなんだかスッキリしない。けど、誠実にきちんと説明したところで納得して聞き入れてくれることはないだろう。これしか方法はないのだろう。時間もないことだし。
玄関扉の前で深呼吸をひとつ。心臓はないのになんだかドキドキする。生きていたときの記憶がそう思わせるのだろうか。
そんなことはどうだっていい。仕事、仕事。
帽子を取ると服を整えてドアベルを鳴らす。
そうだ、眼鏡、眼鏡。ジャケットの胸ポケットに入れて置いたシルバーの眼鏡を取り出し徐(おもむろ)にかける。寧々に眼鏡をかけたほうが格好いいと薦められたのだが本当に似合っているのだろうか。それだけではない。候補者の説得する時は絶対にかけるようにとも言われていた。この眼鏡に何か効力があるのだろうか。単なる真面目に見えるってだけかもしれない。それもよしとしよう。
これで真面目な営業マンの出来上がりだ。
ところで柳田はまだか。いったい何をしている。居留守を決め込むつもりか。中にいるのはわかっている。居留守したってドアを開けるまで帰らないぞ。もう一度ドアベルを鳴らして様子を窺うと中から物音がして扉が開く。
「どうも、こんにちは」
返事なしか。なんだか不愛想だ。いい奴じゃなかったのか。
そうじゃないか。俺のこと怪しんでいるのか。そりゃそうか。こんな暑い日に黒づくめの見知らぬ男が突然訪問したらこんな反応になるか。すぐにでもドアを閉めたいって思っているはずだ。とにかくここは紳士的に丁寧な言葉遣いで対応しなくてはいけない。
「わたくし、黒神覚と申します」
笑みを浮かべて名刺を差し出す。
俺は柳田の反応を確認した。あの顔は詐欺ではないかと疑っている顔だろうか。怪訝そうな顔に見える。頭の中でいろんな思いがごちゃ混ぜになって混乱しているようにも思える。
大丈夫だろうか。
何が起きているのだろうと怖くなってもおかしくはない。電車で見たアルバイト情報誌に掲載されていた会社の者が突然訪問してくるんだから当然の反応だ。
『株式会社ANOYO 霊界アドバイザー 営業主任・黒神覚』
名刺にはそう書かれている。
俺だったら絶対に拒絶する。話を聞く前に「宗教の勧誘はお断りしてますので」とか言って扉を閉めてしまうかもしれない。そうはさせない絶対に。ここで引き下がったらこいつの運命が自殺に転じてしまう可能性がある。それだけは避けなければいけない。こいつを救うには神様になってもらうしかない。
どう思われようが率直に話をしよう。
「驚きましたか。そりゃそうでしょう。あなたはあの情報誌を手にされました。あの情報誌は特別なものなのです。普通の人には見えません。つまり、あなたは選ばれたのです」
「選ばれた」
「はい、そうです。今ですと、すぐに神様の任務につけますよ。更に従順な狛犬をサービスさせていただきます。これは滅多にないことです。即決されることをオススメいたします」
寧々に教わった通りに話してはみたもののこれはどう考えても怪しい度アップで終わりパターンじゃないのか。神様の任務ってのいうのもそうだけど、テレビショッピングみたいな言い回しもどうかと思う。こんなんじゃどう考えたってダメだろう。頭がおかしな奴が来たと思っているはずだ。
寧々に教わったのが間違いだった。猿渡の話を最後まで聞くべきだった。
今更後悔しても遅いか。何を思われようがこうなったら突き進むしかない。引き返せない。
「すみませんがお引き取り願いますか」
ほら来た。ここが踏ん張りどころだ。
「いえいえ、そうはいきません。もう選ばれてしまいましたから」
俺は柳田の腕を掴んで笑みを浮かべた。強引だが仕方がない。強行突破といこう。
「ちょっと何をするんですか。選ばれたってなんですか。神様なんてなりませんよ。というかなれるわけがないでしょ。変なこと言わないでください」
「いいえ、これは変でもなんでもないんです。はっきり言ってしまえばあなたはもうすでに了承しています。その名刺を手にした瞬間に決まってしまったのです」
柳田は俺の言葉を聞き手にした名刺を凝視して青ざめた顔になった。手も震わせている。
怖がらせてしまっただろうか。けどこれが幸せへの道だ。どっちにしろ死に逝く運命なのは変わりない。自殺で地獄行きになるのか心筋梗塞で神様として修行をはじめるのかどっちがいいのか考えるまでもない。
柳田の手にした名刺をチラリとみて俺は頷いた。それが答えだ。
さっきまで黒神覚と書いてあった名刺には『神様見習い 柳田智』とあった。
柳田は必死に名刺を捨てようとしはじめた。それなのに手にした名刺は柳田の手から離れない。無理だ。どう足掻こうが一度手にした名刺を捨てることは叶わない。柳田が手にした名刺は普通の名刺じゃない。
観念しろ。いや、そうじゃない。俺に救わせてくれ。頼む。
じっと柳田をみつめた。
「断ることはできないのですか」
「無理ですね」
「でも、さっきはオススメしますなんて言っていたじゃないですか。まだ決定はしていなかったはずです」
「すみません。実はあなたが名刺を受け取った時点で決定していたのです」
「そんな……」
柳田はじっと名刺をみつめていた。明らかに動揺している。俺は嘘をついた。決定などしていない。けど、そうすることが最良だと判断した。
「では、神様となるということで死神さんにあちらの世界へ案内してもらいますね」
「えっ、どういうことですか」
「決まっているじゃないですか。神様になるには死んでもらわないとね」
柳田は口をポカンと開けていた。
なんだか騙し討ちをしたようで胸が痛む。本当は『死んでもらう』ではない。すでに死ぬことは決まっている。今は病気の『び』の字も感じさせないのだが突然心筋梗塞に陥ってしまう。病魔は近づいている。その前に自殺をしようとするとんでもない事態が起きるだろう。だがそれは俺たちが回避させる。真実は口にできない。死後に真実は話すつもりだ。本当にそれでいいのかわからないがそういう決まりだ。
『柳田、がんばってくれ』
俺は深々と柳田にお辞儀をしてゆっくり扉を閉めた。
社長は骨の折れる仕事だと話したけど、心が折れる仕事のような気がしてきた。辞めたくなってきた。柳田にとっていい道だとしてもなんだかスッキリしない。けど、誠実にきちんと説明したところで納得して聞き入れてくれることはないだろう。これしか方法はないのだろう。時間もないことだし。
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