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第四話「ツキが逃げ行く足音を止めろ」
キンはやっぱりすごい奴
しおりを挟む康成は智也のいる神成荘に訪れていた。
「どうやら、小烏天狗のおかげでうまくいったようだな」
「ああ、これで瑠璃さんも運が向上するんじゃないかな」
「そうだな」
「ニャニャ」
「んっ、キン。どうかしたか」
キンがじっとみつめてくる。鋭い目つきのキンにみつめられると怒られている気分になるのは気のせいだろうか。
そう思っていたらキンが近づいてきていきなり腿に手を乗せてギュッと爪を突き立てた。
「いて、いて、な、なんだよ急に」
「フニャ」
なんだ、本当に怒っているのか。なにかキンを怒らすようなことをしただろうか。身に覚えはない。
「智也、キンが何を言おうとしているのかわかるか」
「さあな」
「さあなって。神様なら動物の言葉もわかるだろう」
智也はニヤリとして「しかたがないな。キンはまだ終わっていないのにのんびりするなと言いたいのかもな」と口にした。
終わっていない。そうなのか。
瑠璃は稲荷神社に行くって話していた。きっと狐神様も見守ってくれるだろうし大丈夫だと思うけど。
「キン、まだやることがあるのか」
「ニャニャッ」
これはあると言っているのだろうか。智也に顔を向けるとまたニヤリとした。
「キンはどうやら瑠璃にしてやりたいことがあるみたいだぞ。んっ、瑠璃だけじゃないって。ほほう、そりゃいい」
なんだ、いったい何を話している。
「智也、僕にも教えてくれよ」
「すまん、キンがあとのお楽しみにだって」
なんだそりゃ。あとのお楽しみって。
「あっ、キン。どこ行くんだ」
突然キンはスタスタと歩き出した。ついていくべきだろう。
神成荘から表の道に出たとたん暑い日差しと熱気に嫌気が差した。それでもかまわずキンは歩き続けていく。しかたがないか。
しばらく歩いていくと木陰があってそこでキンは止まりゴロンと横になってしまった。キンも暑かったのだろう。毛皮を着ているし、地面からの照り返しもあるからキンのほうが倍以上暑いだろう。
康成は近くに水がないか探した。運よく公園らしきものが少し先に見えた。
「キン、ちょっと待っていろ。今、水を持ってきてやるからな」
康成は公園に向かったものの水をどうやって持っていったらいいのだろうと考えた。キンを連れてくればよかったのか。そう思い引き返してキンを抱き上げて公園に向かった。
到着するなり設置されている水道の蛇口をひねる。
キンは器用に出てくる水を飲んでいた。康成は自動販売機でスポーツ飲料を買って一気に飲み干す。
「おや、康成くんじゃないか」
突然、声をかけられて振り返るとそこにいたのは上田敏文だった。麻帆も一緒だ。そうか今日は日曜日だった。学校に行くわけでもなく会社に行くわけでもないから曜日の感覚がなくなってしまっていた。しかたがないかもしれないけど、そのへんはきちんと把握しておくべきだ。
「お久しぶりです」
「元気にしていたかい」
「はい」
「それはよかった。一緒に過ごした日々が懐かしいよ。あのときはありがとうよ」
「いえいえ、とんでもない。麻帆ちゃんも元気にしていたかな」
「はい、こころちゃんも元気ですか。と言っても昨日も会っているんだけどね」
康成は頷き近くのベンチに座り一緒に過ごした思い出話に花を咲かせた。
「あっ、キンちゃんも一緒だったんだ」
麻帆がキンを抱き上げて膝の上に置く。
「なんだかキンちゃん、暑そうね。猫も熱中症になるのかな」
そうか、猫も熱中症になるかも。大丈夫だろうか。
「ニャニャ」
いまいち具合が悪いのか元気なのかわからない。暑いことには変わりはないだろうけど。少し休めば大丈夫な気もする。
「そういえば、どこか行く用事があったんじゃないんですか。敏文さんの家はこのへんじゃないですもんね」
「どこへってわけでもないんだけど、ちょっと猿田さんにお参りにでも行こうかって思ってね」
「そうなんですね。なら一緒に僕も行こうかな。そうだ、ついでに路子さんのところにも寄って行ってくださいよ」
「そうだね。せっかくここまで来たんだからそのほうがいいね」
「賛成」
麻帆がニコリとして同意する。
「じゃ、猿田神社に行きますか」
しばらく歩くと鳥居が見えてきた。
石段を見上げて気持ちが萎える。意外とこの階段は辛い。運動不足だと言われればそれまでだけど。
「あっ、キンちゃんすごい」
気づくとキンが階段を駆け上がってすでに見えなくなっていた。なんだ、あいつ元気じゃないか。それとも、ここの神社の気を浴びて回復したのか。いや、そんなことはないか。でも、さっきまで夏バテ気味に見えたし、そう考えると神様の気が関係あるのだろうか。ここの神社に飼われている猫だし、ありえないとは言えない。実際のところはわからないけど。
まあ、鳥居を潜った時点で心地いい風があって涼しくはある。きっと何かしらの影響はあるだろう。ただ階段で息が切れてしまった。このままじゃ若いのにだらしがないなと思われてしまう。気合を入れて一気に上れ。いやいや、ここはゆっくりいこう。無理は禁物だ。
上り終えて手水舎へと足を向けたところで、「あっ」との声がした。目の前に瑠璃がいた。
「瑠璃さん」
「こんにちは」
そうそうこの笑顔。なんだか素敵だ。そう思いつつ、「こんにちは」と返す。自分は年上好みだったろうか。すこしばかり考えて違うと答えが出た。だって、年上が好みならこころが気になるはずがない。あれ、何を考えているのだろう。
「あの、こちらは」
「ああ、こちらは上田敏文さんと麻帆さんです。以前、うちで一緒に住んでいたこともあるんです」
お互いに会釈して手水舎で手と口を清めると拝殿で手を合わせた。
瑠璃と敏文と麻帆が参拝する姿を見ていたら、なぜだか家族のように思えてきてしまった。不思議だけどお似合いだ。違和感がない。これって、もしかして。
敏文は奥さんを亡くしていて独身だ。娘の麻帆がいるけど瑠璃が気にしなければ問題はないはず。麻帆のほうも受け入れてくれるか心配だけど、どうだろう。
あっ、そんなこと勝手に思ったらダメだろう。
あれ、キンのやつ。今、笑わなかったか。気のせいだ。猫が笑うはずがない。けど、キンだったらありえるだろうか。まさか、キンが出会わせたのか。いやいや、それは……ないとは言えないか。
このために外へ連れ出したとも考えられる。そんな気がしてきた。今回活躍できなかったからここへきて挽回しようと策略したのかもしれない。そう考えると公園に行かせたものキンの策略か。まさかな。
あっ、そうか。智也とキンはこのことを話していたのかもしれない。だとしたら、やっぱり凄い猫だ、キンは。
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