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第四話「ツキが逃げ行く足音を止めろ」
瑠璃の記憶と子狐の記憶
しおりを挟む朝目が覚めると御朱印帳が床に落ちていた。しかも開いており最後に行った神社の御朱印が目に留まる。なんで落ちたのだろう。瑠璃は首を捻り少しばかり黙考した。
やっぱりおかしい。御朱印帳は机の上にきちんと置いたはず。落ちたりしない。その前に机から落ちている位置が離れている。御朱印帳が歩いてくるわけないし……。
まさか幽霊。ううん、そんなことはない。
それならばいったい何を意味するのだろう。
もしかして、これは神様からのメッセージ。そんなことってあるだろうか。
御朱印帳を拾いしばらくみつめたものの、考えても答えは出ないかと思い本棚の上に置こうとしたところで躓きそうになったが本棚に手をついたおかげで転ばずに済んだ。そのかわり本が数冊落ちてしまった。
朝からやってしまった。けど単行本が足の上に落ちなくてよかった。いや、よくない。大切な本の角がつぶれてしまったとちょっと気分が沈んでしまう。
何をやっているのやら。どうやらついていない女、継続中らしい。
瑠璃は溜め息を漏らしながら落ちた本を本棚に戻していく。
あれ、この本。懐かしい。古本屋に売ってしまったと思っていたのに、あったのか。
本棚を見遣ると本の後ろ側にも本があることに気がついた。二重に置いていたことをすっかり忘れていた。奥行があるからそうしていた。
確か、この本は可愛らしい狐が登場する物語だった。瑠璃は自然と頬を緩ませていた。いつ買った本だったか忘れてしまったが、なんとなく内容は覚えている。再読してみるのもいいのかもしれない。それに本の整理もしたほうがいいだろう。
あっ、そんなゆっくりしていられない。遅刻してしまう。
瑠璃は支度をちゃちゃっと済ませると、目玉焼きだけつくり食パンとともに口にするともう一度鏡でおかしなところがないか確認をすると家をあとにした。
*
ああ、もう。なぜ、気づかない。
御朱印帳で稲荷神社のことを思い出すかと思ったけど、ダメだったか。稲荷神社の御朱印じゃないからしかたがないとしても、狐の物語の本で気づくかと思ったのに。
あれからもう半年も経ってしまった。狐神様に申し訳ないと思い子狐は項垂れた。
「また来ます」と言った言葉は嘘だったのか。口にした言葉は責任を持つものだ。いや、まだ半年だ。大丈夫だ、きっと。ここで諦めるわけにはいかない。
しかたがない。転ばすだけじゃ気づいてくれないようだ。けど、怪我をさせるわけにはいかない。気づいて稲荷神社に参拝してくれたら願いはきっと叶えてくれるはずなのに狐神様はお優しいというのに。まあ、中にはすごく厳しい狐神様もいるにはいるけどな。
「おーい、聞こえないのか」
子狐は念のため大声を張り上げてみた。ダメか、振り向きもしない。
お願いだから稲荷神社のこと思い出してくれ。
狐神様は信仰してくれる者には親身になってくれるってことわかってくれ。
参拝者が減ってしまって心を痛めている狐神様を見るのは辛い。狐神様を怒らせる前にどうにか気づかせなくては。このままだと狐神様の心が歪んでしまうかもしれない。おそらくタイムリミットは一年だろう。ならば、まだ大丈夫か。
年に一度の参拝だとしても狐神様は笑顔になってくれるはずだ。あの稲荷神社行けば願いが叶うとひとりでも思ってくれたら参拝者が増えるはずだ。
瑠璃という者は神様に好かれやすい性質のようだし、絶対に逃してはいけない。
だからと言って、直接話すわけにもいかない。なるべく自分の存在は知られないほうがいい。たぶん。あっ、話したくても瑠璃に声は届かなかったか。
ああ、どうしたらいいのやら。
子狐は頭を抱えて仕事に向かう瑠璃の背中をみつめた。
あっ、そうだ。今いる瑠璃の会社を辞めさせよう。それがいい。あの会社はあまりよくない。ブラック企業とまではいかないが、瑠璃にとってあまりいい会社とは言えない。お願いされたわけではないが、それくらいしてやってもいいだろう。それで気づくかどうかはわからないけど。
うーん、きっと、気づいてくれないだろう。残念ながら瑠璃は鈍感なところがある。
子狐は溜め息を漏らしつつ、瑠璃のあとを追っていった。
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