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第四話「ツキが逃げ行く足音を止めろ」
瑠璃はやっぱりおっちょこちょい?
しおりを挟むこの部屋は意外と居心地がいい。康成はそう感じていた。訳あり物件ではあるが、やはりついていると言えるのではないだろうか。幽霊の気配もないみたいだし。神様も気にかけてくれているようだし。と言っても智也だけど。
ふと時計を見遣り、長居してしまったことに気がついた。
「そろそろ帰ろうか」
「えっ、ああ、そうね」
こころも時計をチラッと見て頷いた。
「あら、まだいいのよ。どうせなら夕飯も食べていってよ」
瑠璃の言葉にこころと見合っていたらキンが「ニャニャン」と鳴いた。
「ほら、キンちゃんも食べていこうって言っているわよ」
いやいや、そんなことはないだろうとキンに目を合せるとパチリと瞬きをした。この反応は食べていくってことだろうか。そんな気がする。
「じゃ、食べていこうか」
こころがそう言うならそうしようか。
瑠璃は料理上手だった。
鰯のバター醤油焼きに鶏肉のオイスターソース炒めが出てきた。鶏肉の他にズッキーニとプチトマトが入っている。脂っこいかと思ったが思ったよりもさっぱりしていた。炊き立てのごはんによくあう味付けだ。
キンは味付けをしていない鰯を焼いたものを貰って唸り声をあげて頬張っていた。
「あとスープもあるからね」
瑠璃はキッチンへ戻ろうとして何かに蹴躓いて膝を打って顰めっ面をしていた。
「大丈夫ですか」
「ええ、いつものことだらか」
いつものことなのか。なら、痣とか結構あるのかもしれない。大丈夫なのか。これはついていないとかの問題じゃないような気もする。注意力散漫なのだろうか。それとも筋力の問題だろうか。
一緒にいることでわかることもありそうだ。
そう思っていたら瑠璃の呻き声とともにしゃがみ込む姿が目に映る。どうやらキッチンの角に足の小指を打ち付けてしまったらしい。これは痛い。
これもいつものことなのだろうか。
涙目になりながらも「大丈夫だから」と瑠璃は引き攣った笑みを向けた。絶対に大丈夫じゃないだろう。料理をしているときは何も起きなかったのが不思議だ。指を切ったり火傷をしてしまったりとかはなさそうだ。なぜだろう。やっぱり注意力の問題か。料理しているときは集中しているのかもしれない。まあ勝手な考えだけど。これはかなりのおっちょこちょいってことなのか。
「あっ、そうだデザートもあるんだった」
瑠璃はぶつけた左足の小指を庇うように歩いて冷蔵庫の扉を開けた。ここは取りにいったほうがいいかもしれないと康成はキッチンへ向かう。
「あの持っていきますよ」
「あら、そう。ありがとう」
これはチーズケーキだろうか。これも手作りってことか。
あれ、今一瞬だけど何か足元が光った気がしたけど気のせいだろうか。キンが通ったわけじゃない。キンはこころの横で毛繕いをしている。床には何も落ちていないか。やっぱり気のせいか。
こころの前に置くと「うわぁ、美味しそう」と歓喜の声をあげた。キンもチーズケーキの存在が気になりじっとみつめている。
「キンはダメだぞ」
康成の言葉にチラッとこっち見遣ると、また毛繕いをはじめた。わかってくれたようだ。
「キンちゃんは食べちゃダメなの」
瑠璃が小首を傾げて問い掛けてきたので康成は頷き「たぶん、やめといたほうがいいと思います」と答えた。
「そうか、ごめんねキンちゃん」
キンは瑠璃の言葉に反応せずに毛繕いを続けていた。いや、尻尾が動いている。あれは気にするなって感じだろうか。
「瑠璃さん、キンは気にしていないみたいですよ。大丈夫です」
「そう、それならいいんだけど」
「そうそう、キンちゃんはそんなことで文句は言わないもんね」
キンが一瞬動きを止めてこっちを見たかと思うとゴロンと横になってしまった。
「可愛い」
「じゃ、チーズケーキいただこうか」
「本当に美味しそう。私、チーズケーキ大好きなの。うれしい」
「レアチーズケーキを昨日作ったのよね。ひとりなのに多く作っちゃったから丁度良かったわ」
こころは一口食べて笑顔になっていた。それだけで美味しさが伝わってくる。
康成も一口食べて幸せな気分になった。これだけの料理を振舞ったら完全に胃袋掴まれてすぐに彼氏ができそうだけど。そううまくはいかないのだろうか。
彼氏か。そうか結婚相手をみつけるという手もあるのかもしれない。けど、変な相手だったらやっぱりついていないって思ってしまう可能性もある。そこはこころと自分の見る目があるかどうかにかかっているのだろうけど。智也に訊いてしまうって手もあるか。
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