涙が呼び込む神様の小径

景綱

文字の大きさ
上 下
48 / 59
第四話「ツキが逃げ行く足音を止めろ」

問題解決の糸口

しおりを挟む

「眺めがいいですね」
「そうでしょ。素敵でしょ。それにここすごく格安物件だったのよ。溜めた預金で買っちゃったの」

 すごい、マンション購入できるくらいの預金があったってことか。格安といってもマンション購入は簡単じゃない。どれくらいしたのか気にはなるが訊くわけにはいかないか。

「瑠璃さん、ちなみにいくらくらいしたの」

 おいおい、こころ。そこ訊いちゃうのか。そう思いつつ耳をダンボにしていた。

「えっ、いくらって」

 瑠璃は苦笑いを浮かべて「はい、紅茶入れたの。どうぞ」と濃い茶褐色をした紅茶が入ったティーカップをテーブルに置く。やっぱり金額は言えないかと思ったのだが瑠璃は「一千万くらいかな」と答えてくれた。

 一千万か。部屋数もわからないし正直このあたりのマンションの相場は知らない。マンションとしては安いのかもしれないけど、一千万は高額だ。そんな預金があることが驚きだ。あっ、一括購入したとは言っていないか。きっとローンだろう。
 あれ、ちょっと待て。これってついているのではないか。格安物件購入できたのだろう。これでもついていないと言えるのだろうか。

「眺めもよくて安く買えてラッキーですね」
「そう私も思っていたんだけどね。最近、変な話を聞いちゃってね。ここ訳あり物件だったみたいで」

 瑠璃の表情に陰りが見えた。
 訳あり物件か。それってもしかして幽霊が出るとか、ここで何か事件があったとか。いやいや、それだけが訳あり物件じゃない。どこか部屋の作りがおかしいとか。見た感じだと大丈夫そうだけど。

「訳ありって」

 こころは意外となんでもズバッと訊けるタイプだったようだ。
 康成はこころと瑠璃の会話に耳を傾けていた。

「ここに住んでいた前の人がね。ここで亡くなっているの」

 やっぱり、そういうことか。

「えっ、嫌だ」

 こころは突然立ち上がって「まさかここで」と部屋を見回した。

「あっ、亡くなったのは奥の部屋みたい。けど事件とかそういうんじゃなくて病死みたいだけどね」

 なるほど。それでも誰かが亡くなっていると思うと居心地はよくない。やっぱり、ついていないってことになるのだろうか。身内の人だったら気にならないけど、他人だから知ってしまったら気になるだろう。
 なんて声をかけてあげたらいいのか。

「そうなんだ。病死なんだ」

 こころはそう呟くと瞼を下ろして手を合わせていた。それを見た瑠璃もまた同じことをしていた。なら自分もと手を合わせて『やすらかに眠ってください。成仏してください』と心の中で祈った。
 んっ、待てよ。ここには霊的なものを感じない。成仏はしているのかもしれない。だったら、何の問題もない。智也の言う通りただ単におっちょこいのマイナス思考の持ち主なだけかもしれない。

「瑠璃さん、幽霊とかは出ないんでしょ」
「まあね」
「なら、問題ないよ。格安でラッキーだよ」
「そう、なのかな」
「僕もそう思いますよ。きっと亡くなられた人も家族に見守られて旅立ったんだと思いますし」
「そうね。そう思えばいいのよね」

 そうそう、悪いほうに考えてはいけない。考え過ぎて居もしない幽霊に怯えて幻覚を見てしまうこともある。そんな最悪な事態に自らしてしまったらダメだ。どうも瑠璃は後ろ向きになりがちだ。瑠璃をどう前向きな考えにさせたらいいのだろうか。

 こころといたらいずれそうなっていくだろうか。年齢は離れているけど友達になるだけで違うかもしれない。誰かがいるってかなり違うと思う。ちょっと前の自分も正直前向きではなかった。目の前で智也の死を見てしまったのだから。しかも、自分のせいでしなせてしまったのだから。けど、祖母が救ってくれた。

「ニャニャ」
「あらあら、キンちゃんたら」

 キンが瑠璃の膝の上に乗って丸くなっていた。キンと瑠璃の様子にこれだと康成は思った。ペットだ。自分もキンには救われた。もちろん、隣にいるこころにもだけど。
 ひとりでいると余計なこと考えてしまうものだ。ずっと一緒にいられるペットがやっぱりいいかもしれない。

しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...