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第四話「ツキが逃げ行く足音を止めろ」
こころとともに瑠璃の家へ
しおりを挟む瑠璃の住まいは智也に教えてもらった。住所がすぐにわかってしまうのは神様の特権かもしれない。瑠璃は参拝時に住所を告げていた。だからこそ、智也も様子を見に行けたのかもしれない。
どうやら瑠璃は最近仕事を辞めてしまったらしい。
何かトラブルでもあったのだろうか。きっと本人的にはついていないからということになるのだろう。
「ヤスくん、あそこのマンションみたい」
「そうみたいだな。ついていないって言うからもっとおんぼろアパートとかに住んでいるのかと思ったよ」
「確かにね。で、どうする」
「そうだな」
遊びに来てという話になっていたら別だが、家の場所を教えていないのにいきなり訪問したら変だろう。怖いって思われてしまうだろうか。怪しい人だとも思われるかもしれない。
康成は黙考しいていたのだが「あっ」との声を耳にしてこころに目を向けた。
「どうした」
「あれ、こころちゃんじゃない。どうしたのこんなところで」
えっ、もしかして月村瑠璃なのか。これはチャンス到来だ。いや、こころの返答次第では最悪な事態になりかねない。
「瑠璃さん、偶然ね。そうそう、訊いてくださいよ。ヤスくんたら道に迷っちゃって。私、疲れちゃった」
おいおい、道に迷ったってなんだそれ。そう思いつつも瑠璃に「こんにちは」と挨拶をした。
「こんにちは。こちらはお兄さんかしら。それとも彼氏かな」
か、彼氏。こころと自分は……。世間的にはそう見えるのだろうか。なんだかドキドキしてきた。ここは深呼吸をして落ち着こう。
「ヤスくんは彼氏なんです」
えええっ、ちょっとちょっと。否定しようとしたがこころにシャツの袖をグッと引っ張られて「ねっ」との言葉と同時に目で合図を送ってきた。これは彼氏を演じろってことか。それとも本気でそう思っているのか。どっちなのかわからない。考えていてもはじまらない。ここはこころに任せてみよう。そう思ったもののこころの口から『彼氏』との言葉が飛び出したことに心臓の鼓動がどんどん早まって頭が真っ白になりそうだった。
「そうなの。いいな、こころちゃん。私も彼氏がほしい」
「えっ、いないんですか。瑠璃さん、綺麗なのに」
「嫌だ。綺麗じゃないわよ。そうだ、ここのマンションに私住んでいるの。よかったらお茶でも飲んでいかない。この間のお礼もしたいし」
「いいんですか。ヤスくん、ちょっと休ませてもらおうよ」
「そ、そうだな。あの、お言葉に甘えてお邪魔させてもらいます」
瑠璃はニコリとして「どうぞ」と案内をしてくれた。なんとか冷静を装えているだろうか。ごくりと生唾を呑み込み、『落ち着け』と心の中で連呼した。
そんな中でも瑠璃の笑顔が素敵だと康成は思ってしまった。男って馬鹿だ。もしかして自分は浮気性なのだろうか。いやいや、そんなことはない。待て、待て、その前にこころとは付き合っているわけじゃない。あっ、けど彼氏にはなりたいのかも。気づくとこころとデートしている場面を妄想していた。ああ、まったく何を考えているのだろう。
「ねぇ、ヤスくん。鼻の下が伸びているわよ」
こころが耳元で囁くと同意に脇腹を小突かれた。鼻の下って……。んっ、今のは嫉妬か。それってこころは……。
あれ、今の感じは心の奴勘違いしているだろう。瑠璃のこと見て鼻の下を伸ばしているわけじゃないのに。まあ、いいか。
康成はこころの頭をぽんぽんと軽く叩き「可愛いな、こころは」と耳元で囁き返した。
「な、なによ」
こころの顔が少し赤く色づいた。やっぱり可愛い奴だ。
「ニャニャ」
えっ、もしかして。
足元を見遣るとキンが上目遣いでみつめていた。
「おまえ、どうしてここに」
「あら、かわいい猫さんね。もしかして、飼い猫さん」
「いや、そうじゃないんです。近所の神社の猫でキンって言うんですよ」
「そうなの、神社の猫なのね。なんかご利益ありそう。キンちゃんもどうぞ」
瑠璃はしゃがみ込み、キンの頭を撫でてあげていた。
「ここのマンションは猫が入っても大丈夫なんですか」
「ええ、ペット可だから問題ないわよ」
そうなのか。けど、キンが来るとは思わなかった。また電車に乗って来たのだろうか。きっとそうだろう。ここに来ることを知っていたのか、尾行してきたのか。本当に神出鬼没な猫だ。いや、神出鬼没と言うのはちょっと違うのだろうか。まあ、キンが不思議な猫だということには変わりはない。また何かしら手助けしてくれるかもしれないと期待してしまう自分がいた。
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