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第四話「ツキが逃げ行く足音を止めろ」
運が逃げていく女
しおりを挟むまただ。足音が聞こえる。ツキが逃げていく足音が……。
そんなこと口にしたらきっと頭がおかしい人だって思われるのだろう。もちろん、本当に聞こえてくるわけではない。そんな気がするだけだ。単なる妄想と言えばそれまでだけど、本当についていないことばかり。運が悪い。だからそんな妄想をしてしまう。
馬鹿だ。わかっている。
『前向きに』ってよく言われるけど、そう簡単に前向きになんてなれない。
「月村瑠璃さん」
名前を呼ばれてハッとする。そうだった、ここは病院だ。
やっと呼ばれたと小さく息を吐き立ち上がる。それにしてもなんでこんなに待たなきゃいけないのだろう。
病院の待合スペースで一時間待ち診察して会計をするのに一時間。午前中を病院で過ごしてしまった。単なる風邪なのに。家で寝ていたほうがよかったかもしれない。市販の風邪薬で十分だったかもしれない。病院に来て余計に具合が悪くなってしまったように思えてくる。
瑠璃は会計を済ませて帰ろうと出入り口へと向かう。ただそれだけなのに何もないところで躓き転倒してしまった。しかも財布に入っていた小銭をばら撒いてしまった。
最悪だ。
「大丈夫ですか」
声をかけられて顔を上げると女の子がしゃがみ込み散乱している小銭を拾い始めていた。
いつもだったら見て見ぬふりする人ばかりなのに。
「はい、これ」
「あっ、ありがとう」
女の子はニコリと微笑み「立てますか」と訊いてきた。そういえば床に座り込んだままだった。
「大丈夫よ。本当にありがとうね」
瑠璃は立ち上がりもう一度お礼を言った。そうだ、お礼にジュースでもあげたほうがいいかも。
「ねぇ、なにかジュースでも飲まない」
「あっ、大丈夫です」
「でも……」
笑顔のまま女の子はお辞儀をして病院を出て行ってしまった。
名前でも訊いておけばよかった。外に出ると、日差しが熱かった。益々具合が悪くなりそうだ。早く帰ろう。瑠璃はバス停へと向かうとさっき助けてくれた女の子がバス停横に立っていた。
「あっ」
「お姉さんも、バスだったんですね」
「ええ、まあ。さっきは本当にありがとう」
「いえ、そんな大したことしてないですから」
本当にいい子だ。幸運が逃げていくような自分がこんな子に出会うなんて。けど、この子を不運の渦に巻き込んでしまったらどうしよう。ダメダメ、そんなことばかり考えちゃダメ。誰かが話していた。
『そんなことばかり考えているから運が逃げて行っちゃうのよ』って。誰だったろう。子供のころだったかもしれない。友達だったような気もするけど忘れてしまった。
「あの、どうかしましたか」
「あっ、ごめんなさい。なんでもないの。そうそう、私、月村瑠璃っていうの。あなたは」
「私は香神こころです」
「こころちゃんか。あなたも風邪かなにかで病院に来たの」
「いえ、私は友達が入院しちゃってお見舞いです」
「そうなの」
午前中にお見舞いはできないと思うけど、どうなのだろう。特別にってこともあるのだろうか。瑠璃はふとそう思ったが気にしないことにした。
こころとはバスの中でも他愛もない話をしていた。こころが先にバスを降りてしまってそこからは少し寂しい気分になったものの久しぶりに誰かと会話して少しだけ気分が晴れた。躓いて小銭をばら撒いたことはついていないことだけど、今日はいつもと違う。素敵な出会いがあった。
とてもいい子だった。結婚していたらあのくらいの子供がいてもおかしくはないのになんて思ってしまった。気づけばもうアラフォーか。何もないところで躓くのも年のせいなのかもしれない。それはそれで嫌だけど、ついていないわけじゃない。そう思うことにしよう。あの子と出会えて少しは前向きになったかも。
バスを降りてアパートへ向かう。
坂道を上らないとアパートには着かないなんて、体調が悪い時は余計に辛い。ふと風邪をこころに移してしまったのではないかと気になってしまった。マスクはしているけど、ちょっと不安だった。
坂を上りアパートに着くと階段を上がる。こういうとき、一階の部屋にしておけばよかったとつくづく思う。そう思っていたら階段を踏み外してしまい危うく落ちるところだった。
危ない、危ない。
部屋に入ると、靴紐が切れていることに気づき項垂れた。やっぱりついていないのかも。いつ切れたのだろう。何か悪いことでも起きるかもしれない。ついそんなことを考えてしまう。ダメだ、すぐに後ろ向きの思考になってしまう。
瑠璃はすぐにベッドへと横になった。何か食べたほうがいいのだろうが、食欲はない。薬はどうしよう。食べないと薬が飲めない。
しかたがない。重い身体を起して冷蔵庫を開けて溜め息を漏らす。ビールが一缶と梅干しが三つと納豆が一パックと卵が二つあるだけだった。ごはんは炊いていない。今からごはんを炊くのか。面倒だ。なんだかフラフラするし、納豆でも食べて薬を飲んでしまおう。それがいい。それでいいのかと自問自答したがすぐに食べられるものが納豆くらいしかないからしかたがないと結論づけた。梅干しもすぐ食べられるけど、今は遠慮したい。
こういうとき看病してくれる人がいたらいいのに。母親にでも電話して来てもらおうか。いや、やめておこう。来てくれるかもしれないけど、来るには三時間くらいかかる。
瑠璃は納豆を食べて薬を飲むと再びベッドに倒れるように横になる。
今日はこのまま寝てしまおう。きっと明日には具合もよくなっているだろう。そう願いたい。
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