涙が呼び込む神様の小径

景綱

文字の大きさ
上 下
40 / 59
第三話「大樹の声に耳を傾けて」

問題を解決させろ

しおりを挟む

 康成は浅見家のソファーに座っていた。右に雄大、左に慶太。対峙する形で二人の両親が座っている。どうにも居心地が悪い。

「それで君が雄大の友達だって。高校中退しているって言うじゃないか。まあそれはいいとしても雄大と慶太に変なことを吹き込むのはやめてほしいものだね」

 完全にアウェーだ。けど、ここで負けるわけにはいかない。父親もいるとは思わなかった。けど、母親だけを説得しても解決しないのだからよかったとも言える。ただ手強そうだ。高校中退している自分を完全に見下しているような顔つきだ。それでもどうにかしなくてはいけない。

 世の中、学歴だけがすべてではない。中卒でも社長になって活躍している人だっている。自分だって頑張れば問題解決できるはずだ。

「あのですね。僕は変なことを言っているわけではないですよ。ふたりの気持ちも尊重してあげてほしいと言っているだけです」
「じゃあなにかい。勉強はしなくていいとでも言うのかい。東大を目指すのは間違っていると言うのかい」
「いいえ、そんなことは言っていません。勉強は大事です。東大を目指すのもいいと思います。ただ、勉強と同時にふたりに挑戦させてあげてほしいと言っているんです。雄大くんはイラストレーターを慶太くんは小説家を挑戦させてもいいのではないですか」
「話にならない。勉強がおろそかになるじゃないか」

 ダメか。説得できないか。勉強がおろそかにか。正論かもしれない。けど、絵を描くことも小説を書くことも勉強の一つだと思う。目の前の父親にはそう思えないのかもしれないけど。

「パパ、僕どっちも頑張れるよ。成績が落ちないように頑張るから、小説家もチャレンジさせてよ。お願いだから」
「僕も、勉強を頑張るし、絵も頑張りたい」

 慶太と雄大が必死に訴えかけている。

「ふたりもそう言っていることですし、考えてみてくれませんか」
「馬鹿馬鹿しい。小説家もイラストレーターもそんなに簡単になれるものじゃない。目指すだけ無駄だ」

 本当にわからず屋だ。やる前から無駄だなんて話があるか。挑戦させるくらいかまわないじゃないか。やってみなきゃわからないだろう。

「無駄ですか。なら、東大を目指すことも無駄ですね」
「な、何。東大を目指すことが無駄なわけあるか。君は馬鹿か」
「無駄ですよ。ふたりが我慢しながらやり続けて東大に入ったとしてもやりたいことじゃないものならいずれ破綻しますよ。もしかしたらストレスで病気になってしまうかもしれませんよ。我慢しきれず気が変になって犯罪行為に走るかもしれませんよ。違いますか」
「そ、それは」

 ふたりの父親は少しだけ怯んだ。まさか、自分の口からそんな言葉がでてくるとは思わなかった。もしかしたら自分は追い込まれると力を発揮するのかもしれない。ちょっと言い過ぎたかもしれないけど、間違ったことは言っていないはずだ。

「幸せになるために東大を目指すんだ。だから、この子たちに少しは我慢してもらわなくてはダメなんだ。そういうことだ」

 ダメだ、通じないのかこの人には。何が幸せだ。

「その理屈はよくわかりません。今のふたりが少なくとも幸せだとは思えませんけど」
「うるさい。人の家庭のことに口出すんじゃない。出ていけ」

 父親に突然腕を掴まれて玄関へと連れて行かれてしまった。
 失敗か。

「もう、やめて。僕たち出ていくから」
「おまえらおかしなことを言うんじゃない。出て行ったって金がなきゃ暮らせないぞ。幸せを捨てる気か」
「勝手にパパの思う幸せを押し付けるなよ。このままパパといたら幸せになれないよ。僕もう我慢の限界だ」
「僕も」

 慶太の言葉に雄大も同意した。
 これじゃダメだ。どうすればいいのだろう。家庭崩壊させてはいけない。
 康成は脳をフル回転させて考えた。けど、いい考えは浮かばなかった。ダメなのかここで終わってしまうのかと思ったとき、どこかで一瞬パッと光があたりを照らしたように感じた。

「あなた、この子たちの言い分も聞き入れてもいいんじゃないでしょうか」

 黙っていた母親が口を開いた。

「おまえまで何を言いだすんだ」
「だから、東大を目指しながらふたりのやりたいこともやらせてみてはどうかって言っているの」

 父親が顎に手を当てて考えている。

「やらせてみたら、子供たちだって気づくわ。無謀なことに挑戦していたって」
「なるほど、それもそうか。わかった、ふたりともやってみろ。もしも成績が落ちたら、即やめさせるからな」

 慶太と雄大はお互い顔を見合わせてから「わかったよ」と頷いた。
 康成は、とりあえずなんとかなったと胸を撫で下ろした。東大を目指しつつ夢に挑戦するなんて大変なことだ。ふたりとも大丈夫だろうかと心配ではあるが、本気でやりたいのならきっと頑張れるだろう。信じるしかない。

「なんとかなったか」
『今頃、なんだよ』

 突然現れた子龍に向かって文句を言った。

「この子たちなら大丈夫さ。よく見てみろ。ふたりの守護霊を」

 守護霊だって。康成はじっとふたりの背後を見遣り度肝を抜かれた。嘘だろう。康成の目には観音様に映った。見間違いだろうか。寺で見る観音像によく似ている。観音様みたいな人なのだろうか。どっちにしろ神々しい気を放っていた。かなり霊格が高い守護霊だ。

 こんなことってあるのだろうか。
 これは守護霊というよりも観音様のご加護を受けているってことだろうか。これならやり遂げられるかもしれない。いや、絶対にうまくいく。そう思えた。もしかして、さっきの光は観音様の後光だったのだろうか。

 背後に観音様がいてなぜこんなにも辛い思いをしていたのだろうか。ふたりには試練が必要だったってことだろうか。いやきっとまだ試練は続くかもしれない。そうだとしても見守ることしかできない。きっとその試練を乗り越えたとき二人は大切なものを勝ち取ることができるのだろう。
 康成は二人に「頑張れよ」と声をかけて浅見家をあとにした。

『なあ、スイケイ。もしかしてあのふたりの背後に観音様がいたから自分ひとりに任せたのか』
「まあ、そんなところだ。というか見えていると思っていたけどな。けどあの守護霊は観音様ではないぞ。観音様レベルではあるがな」

 それを言われると辛い。気づかなかった。まだまだ力不足なのかもしれない。今度、滝行でもしてこようか。そう思いつつ家に向かった。

 あっ、雨だ。
 空を見上げると龍が優雅に飛んでいた。

「さてと、修行しに行くとするか」

 子龍は空へと舞い上がって行った。

『スイケイも頑張れよ』
「おお」

 ふと康成は思った。
 もしかして、観音様クラスの霊を連れてきたのはスイケイなのではないだろうかと。空を見上げて親子みたいな龍の背中に手を振った。

しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫は平然と、不倫を公言致しました。

松茸
恋愛
最愛の人はもういない。 厳しい父の命令で、公爵令嬢の私に次の夫があてがわれた。 しかし彼は不倫を公言して……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...