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第三話「大樹の声に耳を傾けて」
問題を解決させろ
しおりを挟む康成は浅見家のソファーに座っていた。右に雄大、左に慶太。対峙する形で二人の両親が座っている。どうにも居心地が悪い。
「それで君が雄大の友達だって。高校中退しているって言うじゃないか。まあそれはいいとしても雄大と慶太に変なことを吹き込むのはやめてほしいものだね」
完全にアウェーだ。けど、ここで負けるわけにはいかない。父親もいるとは思わなかった。けど、母親だけを説得しても解決しないのだからよかったとも言える。ただ手強そうだ。高校中退している自分を完全に見下しているような顔つきだ。それでもどうにかしなくてはいけない。
世の中、学歴だけがすべてではない。中卒でも社長になって活躍している人だっている。自分だって頑張れば問題解決できるはずだ。
「あのですね。僕は変なことを言っているわけではないですよ。ふたりの気持ちも尊重してあげてほしいと言っているだけです」
「じゃあなにかい。勉強はしなくていいとでも言うのかい。東大を目指すのは間違っていると言うのかい」
「いいえ、そんなことは言っていません。勉強は大事です。東大を目指すのもいいと思います。ただ、勉強と同時にふたりに挑戦させてあげてほしいと言っているんです。雄大くんはイラストレーターを慶太くんは小説家を挑戦させてもいいのではないですか」
「話にならない。勉強がおろそかになるじゃないか」
ダメか。説得できないか。勉強がおろそかにか。正論かもしれない。けど、絵を描くことも小説を書くことも勉強の一つだと思う。目の前の父親にはそう思えないのかもしれないけど。
「パパ、僕どっちも頑張れるよ。成績が落ちないように頑張るから、小説家もチャレンジさせてよ。お願いだから」
「僕も、勉強を頑張るし、絵も頑張りたい」
慶太と雄大が必死に訴えかけている。
「ふたりもそう言っていることですし、考えてみてくれませんか」
「馬鹿馬鹿しい。小説家もイラストレーターもそんなに簡単になれるものじゃない。目指すだけ無駄だ」
本当にわからず屋だ。やる前から無駄だなんて話があるか。挑戦させるくらいかまわないじゃないか。やってみなきゃわからないだろう。
「無駄ですか。なら、東大を目指すことも無駄ですね」
「な、何。東大を目指すことが無駄なわけあるか。君は馬鹿か」
「無駄ですよ。ふたりが我慢しながらやり続けて東大に入ったとしてもやりたいことじゃないものならいずれ破綻しますよ。もしかしたらストレスで病気になってしまうかもしれませんよ。我慢しきれず気が変になって犯罪行為に走るかもしれませんよ。違いますか」
「そ、それは」
ふたりの父親は少しだけ怯んだ。まさか、自分の口からそんな言葉がでてくるとは思わなかった。もしかしたら自分は追い込まれると力を発揮するのかもしれない。ちょっと言い過ぎたかもしれないけど、間違ったことは言っていないはずだ。
「幸せになるために東大を目指すんだ。だから、この子たちに少しは我慢してもらわなくてはダメなんだ。そういうことだ」
ダメだ、通じないのかこの人には。何が幸せだ。
「その理屈はよくわかりません。今のふたりが少なくとも幸せだとは思えませんけど」
「うるさい。人の家庭のことに口出すんじゃない。出ていけ」
父親に突然腕を掴まれて玄関へと連れて行かれてしまった。
失敗か。
「もう、やめて。僕たち出ていくから」
「おまえらおかしなことを言うんじゃない。出て行ったって金がなきゃ暮らせないぞ。幸せを捨てる気か」
「勝手にパパの思う幸せを押し付けるなよ。このままパパといたら幸せになれないよ。僕もう我慢の限界だ」
「僕も」
慶太の言葉に雄大も同意した。
これじゃダメだ。どうすればいいのだろう。家庭崩壊させてはいけない。
康成は脳をフル回転させて考えた。けど、いい考えは浮かばなかった。ダメなのかここで終わってしまうのかと思ったとき、どこかで一瞬パッと光があたりを照らしたように感じた。
「あなた、この子たちの言い分も聞き入れてもいいんじゃないでしょうか」
黙っていた母親が口を開いた。
「おまえまで何を言いだすんだ」
「だから、東大を目指しながらふたりのやりたいこともやらせてみてはどうかって言っているの」
父親が顎に手を当てて考えている。
「やらせてみたら、子供たちだって気づくわ。無謀なことに挑戦していたって」
「なるほど、それもそうか。わかった、ふたりともやってみろ。もしも成績が落ちたら、即やめさせるからな」
慶太と雄大はお互い顔を見合わせてから「わかったよ」と頷いた。
康成は、とりあえずなんとかなったと胸を撫で下ろした。東大を目指しつつ夢に挑戦するなんて大変なことだ。ふたりとも大丈夫だろうかと心配ではあるが、本気でやりたいのならきっと頑張れるだろう。信じるしかない。
「なんとかなったか」
『今頃、なんだよ』
突然現れた子龍に向かって文句を言った。
「この子たちなら大丈夫さ。よく見てみろ。ふたりの守護霊を」
守護霊だって。康成はじっとふたりの背後を見遣り度肝を抜かれた。嘘だろう。康成の目には観音様に映った。見間違いだろうか。寺で見る観音像によく似ている。観音様みたいな人なのだろうか。どっちにしろ神々しい気を放っていた。かなり霊格が高い守護霊だ。
こんなことってあるのだろうか。
これは守護霊というよりも観音様のご加護を受けているってことだろうか。これならやり遂げられるかもしれない。いや、絶対にうまくいく。そう思えた。もしかして、さっきの光は観音様の後光だったのだろうか。
背後に観音様がいてなぜこんなにも辛い思いをしていたのだろうか。ふたりには試練が必要だったってことだろうか。いやきっとまだ試練は続くかもしれない。そうだとしても見守ることしかできない。きっとその試練を乗り越えたとき二人は大切なものを勝ち取ることができるのだろう。
康成は二人に「頑張れよ」と声をかけて浅見家をあとにした。
『なあ、スイケイ。もしかしてあのふたりの背後に観音様がいたから自分ひとりに任せたのか』
「まあ、そんなところだ。というか見えていると思っていたけどな。けどあの守護霊は観音様ではないぞ。観音様レベルではあるがな」
それを言われると辛い。気づかなかった。まだまだ力不足なのかもしれない。今度、滝行でもしてこようか。そう思いつつ家に向かった。
あっ、雨だ。
空を見上げると龍が優雅に飛んでいた。
「さてと、修行しに行くとするか」
子龍は空へと舞い上がって行った。
『スイケイも頑張れよ』
「おお」
ふと康成は思った。
もしかして、観音様クラスの霊を連れてきたのはスイケイなのではないだろうかと。空を見上げて親子みたいな龍の背中に手を振った。
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