涙が呼び込む神様の小径

景綱

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第三話「大樹の声に耳を傾けて」

雄大の悲しき声

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 おっ、いた。
 キンもいる。

「探したぞ。疲れちまったよ」
「なんだよ、探してって頼んでなんかいないよ」
「そりゃそうか」

 まだ反発してくるのか。強がっているってわかっているのに。素直になればいいのに。心の声は聞こえてこないけど、なんとなくわかる。素直にさせるにはどうしたらいいのか。

 んっ、持っているのはスケッチブックか。絵を描いていたのか。
 男の子の横で大口をあけてキンが欠伸をしている。

「なんだ、キン。欠伸で挨拶はないだろう」
「えっ、この猫さんはキンって言うの」
「そうだよ」
「そっか、おじさんの猫だったんだ」
「いや、そういうわけじゃないけど。こいつとは家族みたいなものかな」
「ふーん。家族か」

 男の子が急に黙り込んで俯いてしまった。

「どうかしたか。そうそう、僕はおじさんじゃなくてさ、康成って名前があるんだけどな」

 返事がない。何か機嫌を損ねるようなこと話しただろうか。しかたがない、こっちから話すしかない。
 そうだ、何を描いていたのだろう。康成はスケッチブックを覗き込むと、そこには眠り込んでいるキンがいた。よく描けている。小学生が描いたとは思えないくらいの出来栄えだった。

「絵がうまいんだな。これ、キンだろう」

 男の子が顔を上げて「本当にそう思っているの」と訊いてきた。

「もちろん、僕には描けないよ。なあ、キンもそう思うだろう」

 キンがチラッと絵に目を向けたように思ったら「ウニャー」と鳴いた。

「ほら、キンもうまい絵だって言っているぞ」
「おじさん、猫の言葉がわかるの」
「なんだ、今度は馬鹿にしないのか。それにおじさんじゃなくて康成だ」
「ごめん」
「いいんだよ。それより君の名前も教えてくれるかな」
「僕は、雄大」
「そうか、ユウダイか。どんな字を書くんだ」

 雄大はスケッチブックに『雄大』と書いて見せてきた。

「おじさん、じゃなくてヤスナリって漢字も教えてよ」

 康成はスケッチブックと鉛筆を受け取り『康成』と書いて渡した。

「ふーん」

 そのとき雄大のお腹が盛大に鳴った。

「なんだ、腹が減っているのか。なら、何か食べに行くか」
「えっ、学校に行けって言わないの。家に帰れって言わないの」
「言わないよ。行きたくないんだろう。家にも帰りたくないみたいだし」

 なにか訳ありなのだろう。無理強いはできない。きっと路子だったらそうするだろう。駅前に行けば食堂があったはずだ。そこに行こう。キンはどうしようか。まあ、なんとかなるか。


***


 食堂に入ろうかと思ったのだが、結局すぐ近くにあったコンビニでチキンとたまごのサンドイッチと鮭のおにぎりとレモンティーを買って廃寺に戻った。キンにも猫缶を買ってあげた。
 雄大は余程腹が減っていたのかおにぎりをあっという間に平らげてしまった。

「うっ、ごほっ」
「ほら、そんなに慌てて食うからだぞ。レモンティーを飲め」

 雄大はレモンティーを飲み、フゥーと息を吐いた。
 その脇でも勢いよく猫缶を食べているキンがいた。キンは喉を詰まらせることなく食べているみたいだ。

「うま、うま」と唸り声をあげて食べているキンの姿は微笑ましい。
「キンちゃん、『うま、うま』ってしゃべっているね」
「そうだな。けど、そう聞こえるだけだと思うぞ」
「そっか」

 雄大は続けてサンドイッチも食べ始めた。
 なんだか人が食べているところを見ていると自分も食べたくなってくる。何か自分のぶんも買ってくればよかった。

「ねぇ、おじさん。あっ、違った。えっと康成さんって呼べばいいかな。けど、なんだか呼びづらいかも」
「なら、呼びたいように呼べばいいよ」
「じゃ、おじさん。サンドイッチ食べる」

 結局、おじさん呼ばわりか。年齢的にはお兄さんだと思うのだが、まあいいか。雄大は二つあるサンドイッチのうちのひとつを差し出してくる。

「腹減っているんだろう。気を使わなくてもいいよ」

 雄大はその言葉にニコリとして食べ始めた。本当は食べたかったけど、そうもいかない。美味そうに食べる雄大の顔を見たら断って正解だったのだろう。
 キンはというと、猫缶の隅っこに張り付いてとれない残りカスを必死に取ろうと缶に手を入れている。しかたがない奴だ。康成は指で張り付いた残りカスを取りキンの前に差し出した。ざらつくキンの舌がこそげ取っていく。
 キンは余程味が気に入ったのか空になった缶をじっとみつめて匂いを嗅いでいる。

「もうないぞ」

 キンは言葉を理解したのかチラッとこっちを見遣りペロンと口の周りを嘗めてコロンと横になった。

「可愛いね、キンちゃん」
「そうだな」
「僕もお腹いっぱい。おじさん、ありがとうね」
「どういたしまして。ところで、いや、なんでもない」

 せっかく仲良くできそうなのに変なこと聞いてまた殻に閉じ籠ってしまっては困る。けど、訊かないわけにもいかない。雄大のほうから相談してくれたらいいけど。

「大丈夫だ、向こうから話してくる。ちょっと待て」

 えっ、まさかキンがしゃべったのかと思ったのだが振り向いた先には子龍のスイケイがいた。
 スイケイがいたことを忘れていた。まったく気配を感じさせないところはさすがというべきだろうか。

『そう思うか、スイケイ。なら待とう』
「おい、思うんじゃなくてわかるんだ。龍の力を甘くみるんじゃないぞ」
『ごめん』
「わかればよろしい」

 雄大はキンの身体を撫でていた。すると、顔をこっちに向けて「あのね、おじさん」と話し始めた。

「おじさん、変わっているよね」

 んっ、変わっている。そうか、そんなことないだろう。その前に、その『おじさん』って呼び方はやっぱり抵抗ある。けど、呼びたいように呼べばいいと言ってしまったから今更訂正させられない。自分はそんなに老けてみるのだろうかと気になってしまう。

「変わっているかな。そんなことないと思うけど」
「ううん、変わっているよ。僕みたいな子を気にかけてくれるんだもん」

 どういうことだ。

「僕ね。邪魔な子なんだ。パパもママもお兄ちゃんがいればいいみたいだから」
「おい、邪魔な子ってことはないだろう。親は子供を心配するものだぞ。兄弟でそんな差別することはないだろう。雄大のことだって可愛いと思っているはずだ」

 雄大はかぶりを振って「僕は違うよ、きっと」と答えた。
 これは重症だ。親が子供を邪魔者にするだろうか。絶対にないとは言い切れないけど。長男だけを大切にする家ってあるのだろうか。あるかもしれない。弟ばかり可愛がるってことも逆にあるだろうけど。きっとどこかで気持ちのすれ違いをしているのではないだろうか。

「お兄ちゃんはね。すごく勉強ができるんだ。今度、私立の中学校に行くんだ。東大目指すんだって。でも、僕は無理。勉強全然できないもん。だから学校の先生も馬鹿にしているんだ。みんな馬鹿にしているんだ。だからどこへ行ってもひとりぼっちなんだ」
 それで邪魔な子なのか。そんな差別するだろうか。気にし過ぎなのではないだろうか。

「僕ね。パパとママのこと大好きなんだ。みんなと仲良くしたいんだよ。なのにね……」

 雄大が目に涙を溜めていた。
 雄大は自分のことをもっと見ていてほしいのだろう。だから学校をさぼってこんなところに。

「大丈夫だよ。雄大のことパパもママも好きだよ。学校のみんなだって馬鹿になんてしていないよ。雄大の気持ちを素直に話してみたらいいと思うよ」
「そうなのかな」

 康成は雄大の頭を撫でてあげた。正直、自分で言った言葉が合っているのかわからなかった。本当に大丈夫なのだろうか。もしも自分の考えが間違っていたら雄大の心をもっと傷つけてしまう。
 本当に雄大のことをいらないだなんて両親が思っていたらどうしたらいいのだろうか。親が虐待することだってある世の中だ。けど、そんなことないと信じたい。

「雄大はいつから学校にいかなくなったんだ」
「今日で三日目」
「そうか。パパとママはなにか言っていないのかな」
「凄く怒られた。なんで困らせるのって。なんでお兄ちゃんみたいにできないのって」

 どうしたものか。雄大の親は兄と比較してしまっている。やってはいけないことだ。雄大の心の叫びを感じ取ってあげなくてはいけないのに。
 雄大のSOSのサインに早く気づいてあげてほしい。

「それで、雄大はなにか言ったのかな」

 雄大はかぶりを振って大粒の涙を零した。やっぱり自分の気持ちをきちんと伝えたほうがいい。このままだと最悪な事態を招いてしまう恐れもある。お互いに誤解が生じているはずだ。康成はそう信じることにした。もしも本当に邪魔だと思っているとしたらそのとき考えればいい。

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