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第三話「大樹の声に耳を傾けて」
子龍スイケイ
しおりを挟むあの子はどこに行ってしまったのだろう。キンも見当たらないし。もしかして、一緒にいるのだろうか。康成は路地裏まで入り込み探し回った。
学校に行っただろうか。それとも家に帰っただろうか。
さっきの様子じゃ学校にも家にも行っていないだろう。ちょっとムカつくことはあったけど、あんな言動をする理由がきっとあるはずだ。なんとなくだけど悪い子には思えない。あの子を一人にしていたらいけない。早く探さないと。けど、闇雲に探し続けてもみつからない。何か手がかりはないだろうか。あの男の子の名前もわからないし、写真でもあれば人に訊くこともできるけどそんなもの持っていない。
康成は空を見上げて考えを巡らせた。青い空に薄い雲が流れていく。あれ、暗雲が向こうの空から近づいてくる。雨が降ってくるかもしれない。一瞬、智也のことが思い出されたがすぐにかぶりを振る。雷の音は聞こえない。あのときみたいなことは起きない。大丈夫だ。どっちにしろ早いところ探さないと。ああ、どうしたらいい。
あっ、龍だ。翡翠色の鱗の龍だ。
康成は気づくと龍に向かって「雨を降らせるのはちょっと待って」と叫んでいた。なんとなくだけど龍と目が合い瞬きをしたように映った。おそらく龍の瞬きは『承知した』との意味合いだろう。きっとそうだ。その証拠に暗雲の動きがさっきよりもゆっくりになっている。龍と意志疎通ができた。これは凄い。感無量だ。
本当に龍は天候を操ることができるようだ。龍の姿はいつの間にか消えてしまったが、その代わりに子龍が目の前に現れて「俺様が手伝ってやる。だから神社へ来い」と告げて飛んで行った。
神社って男の子と出会った場所だろうか。とにかく行ってみよう。
康成は神社に着くと、子龍は手水舎のそばで待っていた。
ここって龍に纏わる神社だったのだろうか。
「水を見てみろ」
水って。
「いいから、見ろ。見ればわかる」
子龍に言われるまま手水舎の水に目を向けた。
澄んだ水が一瞬発光したように映り鏡と化した。何かが映り込みはじめた。
あっ、男の子だ。キンもいる。どこだろう。どこかの寺だろうか。けど、屋根が崩れかけているみたいだ。廃寺なのだろうか。
「ここ、どこだか……」
あっ、心で話したほうがいいか。誰もいないみたいだけど、そのほうがいい。独り言を話す変な奴って思われたくはない。
『ここ、どこだかわかるか』
「んっ、俺様に訊いているのか。もうちょっと口の利き方を考えろ」
『ごめん。じゃなくて、すみません』
どうやら、子龍は厳しそうだ。友達感覚にはなれそうにない。
「そんなことはない。友達になってやってもいいぞ」
なんだか上から目線だ。というかどう考えても自分よりは上だろうから当たり前か。子龍とは言え、凄い力の持ち主みたいだし友達になれたら心強い存在だ。そう思えば、ありがたい言葉だ。
『ありがとうございます』
「むふふ、さっきのは冗談だ。普通に話せ。畏まらなくてもいい。そうそう、俺様はスイケイだ。よろしくな」
『はい、よろしくお願いします』
「だから、いつも通りに話せ。冗談だと言っただろう。もうおまえとは友達だ」
康成は頬を緩ませて頷いた。
「それで、あの廃寺だが。おそらくここから北西にある寺だと思うぞ」
北西か。そう言われても方角がわからない。あっ、そうだスマホのアプリで方角はわかるか。いや、地図アプリで見たほうが早いか。
康成はここの周辺地図をアプリで確認した。北西か。地図を拡大してみたものの廃寺は表示されなかった。だが、スイケイがある一点を指差した。
『ここなのか』
「そうだ」
『なんでそんなにすぐに場所がわかるんだ』
「いつも空を飛んでいるからな。それくらいすぐにわかる。行ったことのある場所はすべてインプットされている。さっきの廃寺のある景色を見たらすぐにわかったぞ」
さすが龍だ。
んっ、龍以外にも何かいる。気配を感じる。どこだろう。
銀杏の木からかも。康成は天高く聳え立つ銀杏の木を見遣った。さっきは気づかなかったがこの銀杏の木には魂が宿っているようだ。神様ではないが、かなり霊格が高い魂だ。
感じる。優しい気を纏っている。
男の子のことを気にかけている。『あの子は優しい子だ』との声が伝わってきた。『助けてあげて』との声もする。
康成は銀杏の木に向かって「はい」と返事をした。
「康成、行くぞ」
スイケイの声に振り返り頷いた。
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