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第三話「大樹の声に耳を傾けて」
男の子の気持ち
しおりを挟む後ろを振り返り、誰もいないことを確認すると駆けることをやめて歩き出す。
放っておいてほしいのに話しかけてくるなんて。大人なんて大嫌いだ。さっきのあいつだってきっと学校をさぼる駄目な奴だって思っていたに違いない。大人なんてみんなそうだ。こっちの気持ちも知らないでいい気なものだ。けど、気にしてくれていた。心配してくれていた。相談してもよかったのかも。
いやいや、そんなことない。騙されない。自分みたいな駄目な子供は気になんてされない。心配なんてされない。警察に電話しようかなんて話をしていたじゃないか。きっと悪い子がいるから警察に突き出してやろうって思っていたに違いない。
そんなものだ。
みんな、みんな、そうだ。
学校なんて行ったって意味がない。先生は何もわかっていない。なにが『浅見くん、勉強がんばろうね』だ。兄の慶太と違って出来の悪い子だと思っているのだろう。心の中で馬鹿にしているに違いない。パパもママも兄のことばかりじゃないか。
『僕のことなんて必要ないんだ。役立たずはいらないんだ』
細い路地を歩きながら浅見雄大は目に涙を溜めていた。
「ウニャ」
んっ、なんだ。さっきの猫か。
「ついてくるな。あっちへ行け」
「ウニャ」
なんだよ、こいつ。ブサイクな奴だ。
「僕について来たって何も持っていないぞ。どっか行けよ」
猫なんて知るか。
雄大は行く当てもなく歩き続けた。気づくと誰もいない廃寺に来ていた。
ここにいよう。
朽ちかけた本堂前の石段に腰かけて空を見上げる。
「僕は生まれてこないほうがよかったんじゃないのかな」
ぼそりと独り言を呟き、溜め息を漏らす。
「ウニャ」
「なんだ、おまえまだいたのか」
猫がすぐ横に寄り添って座り込みこっちを見上げてきた。
「おまえの目は怖いな。太っていてブサイクだよな。友達いないだろう」
猫はみつめてくるだけで何も言ってこない。当たり前だ。何を猫に話しているのだろう。馬鹿だ。さっきのおじさんのことを馬鹿だって言えない。
「おい、なんだよ」
急に膝の上に乗って来て丸くなってしまった。
「重いよ。どけよ」
そう言いつつもあたたかくてなんだか気が休まる。ブサイクだけど可愛い奴だ。つい猫の頭を撫でてしまった。
「おまえは僕のこと好きになってくれるかな。あっ、おまえって呼ばれるのは嫌だよね。僕は嫌だもん。ごめんね。猫さんでいいかな。名前、わかんないからさ」
「ウニャ」
「今のはいいよってことかな。それならよかった」
この猫は友達になってくれるのだろうか。猫の友達だなんておかしいと思うけど。
「僕、学校で友達誰もいなんだ。いじめられているわけじゃないんだよ。なんだか誰にも声をかけられなくて。なんとなくみんなも声をかけづらいのかもしれないな。きっと僕が悪いんだろうな。それとも、無視されているのかな。いじめられているのかな」
やっぱり変なことしている。猫に話しかけているなんて。けど、この猫は聞いてくれている気がして話しかけてしまう。
それにしてもあったかい。
クゥーーーッとお腹が鳴った。
雄大はお腹をみつめて「お腹減ったな」と呟いた。猫もお腹の音に反応したのか顔をあげていた。
「ごめん、僕のお腹が鳴っただけだよ。大丈夫だよ」
猫はすぐにまた丸くなった。言葉を理解しているみたいだ。
朝ごはんを食べてこなかったから、お腹が減ってしまった。学校に行けば給食があるけど、行くつもりはない。どうしようか。家に帰ろうか。いや、それもできない。きっとママに怒られる。学校に行きなさいって怒鳴られるかもしれない。
『なんで雄大はママを困らせるの。お兄ちゃんみたいにどうしてできないの』
きっとママはそうぼやくだろう。そんな言葉は聞きたくない。
どうしよう。今からでも学校に行こうか。いやいや、行きたくない。
スーパーの試食コーナーでも行けば何か食べられるかも。
雄大はかぶりを振って、それもできない。絶対に『学校はどうしたの』って訊かれてしまう。お巡りさんがいたら、家に連絡されてしまう。やっぱり、ここにいるしかない。
本当に自分はダメダメだ。
「猫さん、僕って馬鹿だよね。生きている意味ないかもね」
猫が急にムクッと顔を上げて「ウニャニャ」と鳴いた。
えっ、なに。なんだか怒られたみたい。変なこと口にしたからだろうか。そうだとしたら、この猫は言葉が本当にわかるのかもしれない。
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