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第三話「大樹の声に耳を傾けて」
猫のキンを追いかけて
しおりを挟むキンを追いかけてしばらく歩くと駅に着いた。
駅になんのようがあるのだろう。
あっ、ホームに出てしまった。どうしたものか。無人駅だからホームには自由に行けるけど、念のためICカードをタッチしておこう。
んっ、電車が来た。
まさかキンはわかっていたのだろうか。こんなタイミングよく来るなんて偶然ではないだろう。やっぱりキンはただの猫ではない。妖か。そうだとしても、問題はない。むしろ、そうであってほしいくらいだ。
そう思っているとキンは電車に乗り込んでいく。
嘘だろう。
あっ、驚いている場合じゃない。康成も乗り込む。
あれ、キンはどこへ行った。空席が目立つ昼間の車内。すぐにみつかるはずなのに、キンが見当たらない。右側の席にも左側の席にもいない。
やっぱりあいつは妖なのか。そう思ったとこでひとつ向こう側の扉の前で香箱座りをしているキンを発見した。座席の陰で見えなかっただけだった。
康成はキンと対面する一番端の席に座ることにした。キンの姿も確認できる。
ふと敏文と公園にいたときのことが蘇る。そうか、あのときキンは電車に乗ってやってきたのか。病院にきたときもおそらくそうなのだろう。凄い奴だ。
キンは二つ先の駅で下車した。ホームに降り立ちキンは背中をグゥーと持ち上げて前足を伸ばし後ろ足も伸ばした。猫の定番の行動だ。乗客たちがその光景に頬を緩ませている。
はたしてどこへ連れて行くつもりなのか。
キンは悠然と改札口を抜けていく。
康成はそのあとをゆっくりとついて行った。キンと散歩するなんて、なんだか変な気分だ。いや、これは散歩ではないか。五分くらい歩いただろうか。キンは小学校前で立ち止まり校舎をみつめていた。
学校でなにか起きているのだろうか。
いや、待て。勝手についてきただけだ。なにかが起きているかどうかわからない。キンの気まぐれでただ遠出しているだけってことも考えられる。そのまま何事もなく家に帰るなんてこともありえる。そうだとしても、キンは何も悪くはない。もしもキンが言葉を話せたら『なにしについてきたんだ』なんて口にするかもしれない。
あっ、動いた。
今度は寺の前で立ち止まる。入り込むことなくまた歩き出す。小学校に寺か。これはなにかのヒントを伝えようとしているのだろうか。深読みし過ぎかもしれないけど。
結局、グルッと回ってもとの駅前に戻って来てしまった。けど、キンの足は止まらない。さっきと違う道をスタスタと歩き神社に入っていった。それほど大きくはないが、稲荷神社もあるようだ。そのさきに太い幹の銀杏が天高くまで枝を伸ばしていた。
キンはその銀杏の木の下に座り込んで大欠伸をひとつした。
「キン、そこになにかあるのか」
返事がないことはわかっていても声をかけてしまう。康成は銀杏に近づきハッとする。銀杏の幹に寄りかかるようにして男の子が体育座りをしていた。まったく気づかなかった。丁度、太い幹に隠れる感じでいたせいだ。
どうしたのだろう。学校をさぼったのだろうか。小学生だろうか。ランドセルを背負っているから間違いないだろう。
「どうしたの。大丈夫」
康成は声をかけてみたが、反応がない。
まさか……。いや、もぞもぞ動いている。大丈夫、生きている。
幽霊ってことはないだろう。神社だし、幽霊なんていないはず。いや、悪霊じゃなきゃ幽霊も神域に入り込めるのかもしれない。いやいや、幽霊じゃない。変なことを考えるのはよそう。
「ねぇ、学校はいかないのかな」
男の子はゆっくりとこっちに顔を向けた。
「放っておいてよ」
「いや、でも、そういうわけにもいかないんだな」
「こんなところに居たら、お父さんもお母さんも心配するよ。きっと学校から連絡がいっていると思うし」
「いいんだよ。先生もパパもママもぼくのことなんて気にしないさ」
これはなにかありそうだ。学校に行きたくない理由があるのかもしれない。イジメか。それとも家庭に問題があるのか。
「ほら、猫さんも心配しているよ」
「ふん、猫はそんなこと思わないよ。馬鹿なのおじさん」
お、おじさん。しかも馬鹿だなんて。うーん、馬鹿じゃないとは言えないか。そんなことよりも自分は老けているだろうか。
まだ高校生なのに。学校はやめてしまったけど、十八歳でおじさん呼ばわりはないだろう。けど、この子には大人は全員おじさん、おばさんになるのかもしれない。そうだ、きっとそうだ。ここは気を取り直して。
「確かに猫はそんなこと思わないかもね。けど、こんなところで学校をさぼっていちゃいけないよ」
「いいの。ぼくの自由にさせてよ」
駄目だ。聞く耳を持ってくれない。
「しょうがないな。じゃ警察に電話しようかな。今は危ない人も多いから、連れ去られたら困るし」
「やめてよ。そんなことしないで。あっ、もしかしておじさんがぼくを連れ去ろうとしているの。そうなの」
「えっ、そ、そんなことしないよ。とにかく、学校に行くか家に帰るかどっちかにしたほうがいいと思うな。それとも悩みがあるなら聞くけど」
「うるさいな。放っておいてって言ったでしょ」
康成は溜め息を漏らした。どうすればいいのだろうか。
この子と言い合いしていてもしかたがない。それに自分が不審者に間違われても困る。
そんなことを考えていたら男の子は駆けて行ってしまった。そのあとをキンもついて行った。康成もついて行こうと思ったのだが、神社の鳥居を潜ったところで見失ってしまった。
右を見ても左を見てもどっちにもいない。どこか脇道にでも入ってしまったのかもしれない。
どうしたものか。とにかくそのへんを探してみよう。
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