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第二話「心の闇を消し去るしあわせの鐘を鳴らそう」
気がかりな親子の存在
しおりを挟む悪霊退治をしてから一ヶ月ほど経ったころ。敏文が一週間前に退院をしたと子天狗が報せてくれた。親戚のところで療養をしているらしい。本当だったら自分の家で暮らせたらいいのだろうが、ボロボロになった家には住むことはできないのだろう。
親戚か。居づらいのではないだろうか。だからと言ってアパートにってわけにもいかないだろう。仕事をしていないし借りることができないはずだ。
そんなことを考えていたら無性に気になってきた。
何かしてあげたい。けど、そこまでする義理はない。大きなお世話だ。たとえ、してあげたいと思っても自分にできることはない。陰ながら応援することしかできないか。
それでも気になる。ちょっとだけ様子を見に行ってみようか。
康成は子天狗に頼んで親戚の家の場所を探ってもらった。
小一時間もかからずに家は判明した。子天狗の情報網は相当なものだ。ボロボロになってしまった上田家からそんなに離れていない場所にあった。
子天狗に礼を言い、康成は一人で敏文の様子を見に出かけた。
敏文の親戚の家はすぐにみつかった。
ここにいるのかと一軒家に目を向けると敏文がちょうど出てくるところだった。康成は素知らぬふりをして家の前を通り過ぎて敏文とすれ違う。やっぱり自分のことは覚えていないようだった。いや、そうではないのかもしれない。すれ違ったけど顔を見ていないだけかもしれない。そんなことよりもどこへ行くのだろうか。療養しているはずだ。まだ出歩かないほうがいいはずだ。違うのだろうか。リハビリってこともあるのか。少し行ったところで立ち止まり振り返ってみる。
敏文はどんどん遠ざかっていく。おいかけてみよう。足を速めて尾行をする。後ろを振り返る様子はない。大丈夫だ。
行き着いた先は近所の公園のベンチだった。
静まり返った小さな公園の一角にあるベンチに敏文はなにをするでもなくただ座っていた。何をしているのだろうか。こんなところにいるよりも家でゆっくり休んでいたほうがいいのではないだろうか。
敏文は溜め息を吐き、項垂れている。
心の声でも聞こえてくればわかることもあるだろう。けど、それは無理だ。そんな力は自分にはない。考えられるとしたら、親戚の家は居づらいってことだろうか。ありえることだ。
ここで様子を窺っていてもしかたがない。ちょっと話をしてみようか。アロウとウンロウを連れてくればよかったかもしれない。そうすれば心を読んでもらえただろう。
いや、あの子狼はきっとついてこないだろう。
『そんなのあたしの仕事じゃなくて、あんたの仕事でしょ』
ウンロウはそう話すだろう。きっとアロウも同じだ。子狼の仕事はあくまでも悪霊祓いだ。
これは自分の仕事だ。頑張ろう。最後まで責任もたなきゃ。けど、ここまでする義理はやっぱりないのかもしれない。悪霊退治で仕事は終了しているとも言える。いや、乗り掛かった船だ。
康成は公園内に入りベンチへと近づく。
「あの、ここいいですか」
「えっ、ああ、かまわないよ」
この公園にベンチがひとつだけでよかった。
「ここ、静かでいいですね」
「えっ、ああ、そうだね」
何を話したらいいのだろう。それよりも敏文はちょっと変な奴が来たなと煙たがっているかもしれない。
「あっ、すみません。なんか話しかけちゃって。それよりも大丈夫ですか。顔色が悪いみたいですけど」
「ああ、まあ、その少し前まで入院していたもので」
「そうでしたか。それだったらあまり出歩かないほうがいいんじゃないですか」
「まあね。けど……」
けど……なんだろう。そのあと敏文は黙ってしまった。しばらくしても『けど』のあとに続く言葉は聞けなかった。ダメだ、このままじゃ。ちょっとの沈黙が妙に怖く感じる。何か話さなくちゃ。そう思うのに気が焦るばかりで話す内容が思いつかない。
どうすればいい。
何か話題になりそうなものはないかとあたりに目を向けると一匹の猫に目が留まる。
あれ、あの猫はもしかして。そんなまさか。キンに似ているけど、いくらなんでもここにいるはずがない。猿田神社からかなりの距離がある。七、八キロはありそうだけど、猫の足で来ることができるだろうか。
人を見透かしたような目といい身体の大きさといいキンにしか見えない。
どんどん近づいてくるキンにそっくりな猫。似た猫なんてどこにでもいる。きっと他猫の空似だ。そう思い込もうとしたのに、太めの眼つきの悪い猫が目の前まで来るとひょいっと膝の上に乗ってきた。
「えっ、ちょっと。おまえもしかしてキンなのか」
返事をすることもなくただギロリと睨みつけてきた。ああ、こいつはキンだ。
「可愛いですね」
「あっ、はい」
可愛いか、こいつ。見ようによったら可愛いのか。ふてぶてしい態度のキンの顔を覗き込むようにして見遣る。また睨まれてしまった。
「わたしも以前は猫を飼っていてね。サクラという白猫なんだけどね」
「そうなんですね。猫、好きなんですか」
「娘が好きなんだ。けど、わたしも好きかな」
「娘さんがいるんですか」
「ええ、まあ。麻帆って言うんだけどね。中学一年なんだ。だけど、わたしの記憶は八歳のときのままで……」
敏文は溜め息を漏らして話をやめてしまった。
そうか、ずっと意識不明だったから頭が混乱しているのかもしれない。急に成長した姿の娘が目の前に現れてどうしていいのかわからないのだろう。
「あの、僕でよかったら相談に乗りますよ。ちょっと頼りないとは思いますけど」
「ありがとう」
敏文はニコリとした。
キンが突然、敏文の膝の上に移動した。
「おお、どうしたのかな」
「キンも相談に乗るよって言っているのかもしれませんね」
「そうか、賢そうだもんな」
「ウニャ」
そのあと敏文は娘の麻帆とうまく話せないこと、親戚の家にいてどうも居心地が悪いとのことも話してくれた。
「なんで、うちで面倒を見なきゃいけないんだろうね。少しはお金でも入れてくれればねぇ」なんて声も耳にしたという。
親戚だからと言って、快く面倒を見てくれるわけじゃない。優しい人もいるだろうけど、そんなものなのかもしれない。
康成はどうすればいいのか頭をフル回転させて考えた。
親戚の家から早く出たほうがよさそうだ。それだけは間違いない。ならばどこに住めばいい。敏文の家をリフォームすれば……。それは無理だ。そんな金はないだろう。アパートも無理……。
んっ、神成荘はどうだろう。人は住めないのだろうか。
神様の眷属と智也が了承してくれたら住めるのだろうか。相談してみようか。
キンがチラッと目を向けてきてすぐに逸らした。
気のせいだろうか。変なこと考えるなよとでも言いたげな顔に映った。
『キン、ダメかな』
心の中で問い掛けてみたのだが、キンからの返事はなかった。子狼みたいに心の声が聞えてくるかと期待したが声は聞こえてこなかった。キンは話さないか。やっぱり神の使いってわけじゃなさそうだ。凄い威厳ある猫に映るけど、どこにでもいる猫と変わりはない。神出鬼没ではあるけど。
敏文にはまた会う約束をした。こころのことを話し、今度は麻帆も一緒に連れて来てもらうようにお願いして帰ることにした。
「それじゃお先に」
康成はベンチから立ち上がりキンに声をかけようとしたのだが、キンはすでに先を歩いていて角を曲がろうとしているところだった。
キンはここまで歩いて来たのだろうか。その疑問は拭えないがキンと話ができないのなら答えもわからず仕舞いだ。本当に不思議な猫だ。
キンのおかげで敏文とも少しは心を通わせることができただろう。
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