涙が呼び込む神様の小径

景綱

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第二話「心の闇を消し去るしあわせの鐘を鳴らそう」

神様の言葉

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 康成は拝殿前で神様に話しかけた。二礼二拍手一礼はもちろん手水舎で手と口を清めることは忘れない。今日はお願い事をしにきたわけではないから名前と住所だけ伝えた。話しかけたのはそのあとだ。
 神様と話ができたらと思ったのだが、返答はなかった。今日は留守なのだろうか。

『留守ではない。康成とか言ったか。お主の問いには答えられぬ。自らの力で探し出さなくてはいけない。それがお主のためだ。神はすべての願いを叶えるわけではないぞ。その者の一番いいと思う道へと導き力を貸す。そうでなくてはいけない』

 一番いいと思う道へと導くか。
 それならば、助けを求めている者の声を聞こえるようにもっと修行を重ねればいいということだろうか。

『うむ、康成よ。お主は素直でよろしい。神の声をしっかり聞き理解する。そういう素直な者は大歓迎だぞ。さすがは路子の孫だ』
「ありがとうございます」

 神様に褒められるなんて舞い上がってしまいそうだ。

『あはは、声を出さずともよい。心で思うだけで通じる。ほら、参拝客が不審がっているぞ』

 本当だ。こころは隣にいるけど、誰もいないほうに向かって口にしてしまった。

「ヤスくん、神様が見えるの」

 こころが小声で尋ねてきて康成は頷いた。
 それはそうとまだ修行が足りないってことか。どうすればいいのだろうか。滝行か。パワースポットにでも行けばいいのだろうか。寺で座禅をすればいいのか、写経をすればいいのか。
 康成は一番集中できる座禅がいいかもしれないと思った。

「ねぇ、神様はなんて言っているの。何かわかったの」
「修行して自分で探し出せってさ」
「なにそれ。自分で探せって変じゃないの。神様ってやっぱり願い事を叶えてくれないのかな。あのときもそうだった」
「あのときって」
「子供の頃、ここに来たことあるの。私ね、『みんな元気に暮らせますように』ってお願いしたのに。お父さんとお母さん、事故で……」

 そうか、そういうことがあったのか。

「なら、こころは神様を信じていないのか」
「わからない。けど、全員の願い事を叶えてくれるわけじゃないのかなって思う」

 うーん、どうなのだろう。さっきの神様の言葉を考えれば一番いいと思う道へ導くってことだけど。両親の死がこころの一番の道だというのか。それは違うように思えるけど。神様だったら事故を回避させることだってできたのではないだろうか。

『康成よ、確かに回避させることは可能だったろう。そこの娘のことは覚えている。だが、その娘にとって一番の道だったのだ』

 両親の死が一番の道ってどういうことだろう。こころに試練が必要だったとかそういうことだろうか。

『違うな。康成、お主と出会う道だ。わかるか』

 えっ、自分と出会う道。

『そうだ、両親が亡くなり施設へ行くことがなければ康成と出会うことはなかっただろう。そういうことだ』

 なるほど、ならば智也も同じことが言える。けど、両親が亡くならなくても他に方法があったのではないだろうか。

『難しいところだな。まあその娘、こころと言っただろうか。智也もそうだが、二人の両親は寿命だっただけだ。さすがに神でも寿命を延ばすわけにはいかない。自ら決めた道なのだ。事故で命を落とすとは決めたわけではないが、あの者の寿命だったのだ。だから、今に繋がる道が一番であったということだ』

 寿命か。寿命っていうと病気で亡くなるのかと思ったけど事故って場合もあるのか。向こうの世界のことはよくわからない。というか先に両親の死が決まっていたってことか。それを考えての一番の道が今に繋がるってことか。
 ただ両親の死ではない道があってほしかった。こころのことを考えると胸が痛む。こころになんて話せばいいだろうか。

「こころ、神様にもいろいろと事情があるようだ」
「事情」
「難しいことだが、両親は寿命だったらしい。運命といえば簡単だけど、うーんなんて言っていいのか。僕と出会うにはこの道しかなかったみたいだ」

 こころは目を伏せて「そうなんだ」とだけ呟いた。
 例外で叶えてあげるなんてことはできなかったのだろうか。本当に一番の道だったのだろうか。神様を疑うわけじゃないがそう思ってしまう。

『うむ、康成、お主の気持ちはわかる。だが、神は先を見ている』

 先を見ているか。先を見ることができるのなら見てみたいものだ。

『そうだな。人は願いが叶わないと神様はなんで願いを叶えてくれないと文句を言いに来る者もいる。叶わない方がいいということを人が理解できないのは、しかたがないことだ。神の声が聞えれば教えてあげたいところだがな。叶わなかったからこそその先に道が開けるのだということを』

 なるほど、そういうものなのか。


 神様が願いを叶えないときってどんなものがあるのだろうかと気になり、康成は神様と話を続けた。
 神様は一番の道というものを詳しく話してくれた。不思議と頭の中に映像が浮かぶ。

『たとえば、大学受験で第一志望合格を願っている者がいるとする。だが、その道に行くべきではないと判断したときは不合格にする。すべての大学受験を不合格にすることもある。別の道へ導くために。最終的には大学に行かなくてよかったと思う日が来るってことだ』

 そうか。けど、大学に行かなくてよかったってどんな道だろうか。

『それは、そうだな。こんな者がいたな。浪人生活に入り、ふとある日、昼食にと入ったラーメン屋でそのラーメンの味に感動してラーメン修行をはじめて自分の店を持ち、今では行列ができるラーメン屋の店主になっている者がいたな。全国展開もしていたはずだ。そういうことだ』

 すごい、確かに大学に行っていたらそうはならなかったかもしれない。

『他にもあるぞ。好きな男がいてその人と結ばれますようにとの願ってきた者がいた。その願いは却下した。逆に縁を切ってやった。その者といたら不幸になることがわかっていたからだ。その者と結婚でもしていたら寿命を縮めていただろう。願った者の寿命はそこで途絶える運命ではなかったからな。ちなみに縁を結びたいと思っていた男は別の女と付き合い結婚したものの妻となった女は殺されてしまったようだ。ここへ参拝に来ていたら救えたかもしれないがな』

 康成は背筋が寒くなりブルッと身体を震わせた。
 そうかそのときの願い事は叶わなくても、結果的には救われているってことか。というかこの場合は叶わないほうがいい話だ。
 ということは見えた映像の者のことを神様に教えてもらうとよくない結果になるってことか。自力で探すことでいい結果が生じるってことか。

 よし、頑張らねば。
 そうは言っても、どうすればいいのだろう。座禅で集中することで何か閃きでも起こるのだろうか。

 人助けか。

 そういえばふと浮かんだ映像には白猫がいた。キンは何か知っていないのだろうか。まあ、キンと会話できないから知っていたとしても訊き出すことはできないけど。

「こころ、座禅をしに行こうと思うんだけど一緒に行くか」
「座禅か。うーん、行ってみようかな」

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