涙が呼び込む神様の小径

景綱

文字の大きさ
上 下
19 / 59
第二話「心の闇を消し去るしあわせの鐘を鳴らそう」

神様の言葉

しおりを挟む

 康成は拝殿前で神様に話しかけた。二礼二拍手一礼はもちろん手水舎で手と口を清めることは忘れない。今日はお願い事をしにきたわけではないから名前と住所だけ伝えた。話しかけたのはそのあとだ。
 神様と話ができたらと思ったのだが、返答はなかった。今日は留守なのだろうか。

『留守ではない。康成とか言ったか。お主の問いには答えられぬ。自らの力で探し出さなくてはいけない。それがお主のためだ。神はすべての願いを叶えるわけではないぞ。その者の一番いいと思う道へと導き力を貸す。そうでなくてはいけない』

 一番いいと思う道へと導くか。
 それならば、助けを求めている者の声を聞こえるようにもっと修行を重ねればいいということだろうか。

『うむ、康成よ。お主は素直でよろしい。神の声をしっかり聞き理解する。そういう素直な者は大歓迎だぞ。さすがは路子の孫だ』
「ありがとうございます」

 神様に褒められるなんて舞い上がってしまいそうだ。

『あはは、声を出さずともよい。心で思うだけで通じる。ほら、参拝客が不審がっているぞ』

 本当だ。こころは隣にいるけど、誰もいないほうに向かって口にしてしまった。

「ヤスくん、神様が見えるの」

 こころが小声で尋ねてきて康成は頷いた。
 それはそうとまだ修行が足りないってことか。どうすればいいのだろうか。滝行か。パワースポットにでも行けばいいのだろうか。寺で座禅をすればいいのか、写経をすればいいのか。
 康成は一番集中できる座禅がいいかもしれないと思った。

「ねぇ、神様はなんて言っているの。何かわかったの」
「修行して自分で探し出せってさ」
「なにそれ。自分で探せって変じゃないの。神様ってやっぱり願い事を叶えてくれないのかな。あのときもそうだった」
「あのときって」
「子供の頃、ここに来たことあるの。私ね、『みんな元気に暮らせますように』ってお願いしたのに。お父さんとお母さん、事故で……」

 そうか、そういうことがあったのか。

「なら、こころは神様を信じていないのか」
「わからない。けど、全員の願い事を叶えてくれるわけじゃないのかなって思う」

 うーん、どうなのだろう。さっきの神様の言葉を考えれば一番いいと思う道へ導くってことだけど。両親の死がこころの一番の道だというのか。それは違うように思えるけど。神様だったら事故を回避させることだってできたのではないだろうか。

『康成よ、確かに回避させることは可能だったろう。そこの娘のことは覚えている。だが、その娘にとって一番の道だったのだ』

 両親の死が一番の道ってどういうことだろう。こころに試練が必要だったとかそういうことだろうか。

『違うな。康成、お主と出会う道だ。わかるか』

 えっ、自分と出会う道。

『そうだ、両親が亡くなり施設へ行くことがなければ康成と出会うことはなかっただろう。そういうことだ』

 なるほど、ならば智也も同じことが言える。けど、両親が亡くならなくても他に方法があったのではないだろうか。

『難しいところだな。まあその娘、こころと言っただろうか。智也もそうだが、二人の両親は寿命だっただけだ。さすがに神でも寿命を延ばすわけにはいかない。自ら決めた道なのだ。事故で命を落とすとは決めたわけではないが、あの者の寿命だったのだ。だから、今に繋がる道が一番であったということだ』

 寿命か。寿命っていうと病気で亡くなるのかと思ったけど事故って場合もあるのか。向こうの世界のことはよくわからない。というか先に両親の死が決まっていたってことか。それを考えての一番の道が今に繋がるってことか。
 ただ両親の死ではない道があってほしかった。こころのことを考えると胸が痛む。こころになんて話せばいいだろうか。

「こころ、神様にもいろいろと事情があるようだ」
「事情」
「難しいことだが、両親は寿命だったらしい。運命といえば簡単だけど、うーんなんて言っていいのか。僕と出会うにはこの道しかなかったみたいだ」

 こころは目を伏せて「そうなんだ」とだけ呟いた。
 例外で叶えてあげるなんてことはできなかったのだろうか。本当に一番の道だったのだろうか。神様を疑うわけじゃないがそう思ってしまう。

『うむ、康成、お主の気持ちはわかる。だが、神は先を見ている』

 先を見ているか。先を見ることができるのなら見てみたいものだ。

『そうだな。人は願いが叶わないと神様はなんで願いを叶えてくれないと文句を言いに来る者もいる。叶わない方がいいということを人が理解できないのは、しかたがないことだ。神の声が聞えれば教えてあげたいところだがな。叶わなかったからこそその先に道が開けるのだということを』

 なるほど、そういうものなのか。


 神様が願いを叶えないときってどんなものがあるのだろうかと気になり、康成は神様と話を続けた。
 神様は一番の道というものを詳しく話してくれた。不思議と頭の中に映像が浮かぶ。

『たとえば、大学受験で第一志望合格を願っている者がいるとする。だが、その道に行くべきではないと判断したときは不合格にする。すべての大学受験を不合格にすることもある。別の道へ導くために。最終的には大学に行かなくてよかったと思う日が来るってことだ』

 そうか。けど、大学に行かなくてよかったってどんな道だろうか。

『それは、そうだな。こんな者がいたな。浪人生活に入り、ふとある日、昼食にと入ったラーメン屋でそのラーメンの味に感動してラーメン修行をはじめて自分の店を持ち、今では行列ができるラーメン屋の店主になっている者がいたな。全国展開もしていたはずだ。そういうことだ』

 すごい、確かに大学に行っていたらそうはならなかったかもしれない。

『他にもあるぞ。好きな男がいてその人と結ばれますようにとの願ってきた者がいた。その願いは却下した。逆に縁を切ってやった。その者といたら不幸になることがわかっていたからだ。その者と結婚でもしていたら寿命を縮めていただろう。願った者の寿命はそこで途絶える運命ではなかったからな。ちなみに縁を結びたいと思っていた男は別の女と付き合い結婚したものの妻となった女は殺されてしまったようだ。ここへ参拝に来ていたら救えたかもしれないがな』

 康成は背筋が寒くなりブルッと身体を震わせた。
 そうかそのときの願い事は叶わなくても、結果的には救われているってことか。というかこの場合は叶わないほうがいい話だ。
 ということは見えた映像の者のことを神様に教えてもらうとよくない結果になるってことか。自力で探すことでいい結果が生じるってことか。

 よし、頑張らねば。
 そうは言っても、どうすればいいのだろう。座禅で集中することで何か閃きでも起こるのだろうか。

 人助けか。

 そういえばふと浮かんだ映像には白猫がいた。キンは何か知っていないのだろうか。まあ、キンと会話できないから知っていたとしても訊き出すことはできないけど。

「こころ、座禅をしに行こうと思うんだけど一緒に行くか」
「座禅か。うーん、行ってみようかな」

しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

失恋少女と狐の見廻り

紺乃未色(こんのみいろ)
キャラ文芸
失恋中の高校生、彩羽(いろは)の前にあらわれたのは、神の遣いである「千影之狐(ちかげのきつね)」だった。「協力すれば恋の願いを神へ届ける」という約束のもと、彩羽はとある旅館にスタッフとして潜り込み、「魂を盗る、人ならざる者」の調査を手伝うことに。 人生初のアルバイトにあたふたしながらも、奮闘する彩羽。そんな彼女に対して「面白い」と興味を抱く千影之狐。 一人と一匹は無事に奇妙な事件を解決できるのか? 不可思議でどこか妖しい「失恋からはじまる和風ファンタジー」

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

鬼と私の約束~あやかしバーでバーメイド、はじめました~

さっぱろこ
キャラ文芸
本文の修正が終わりましたので、執筆を再開します。 第6回キャラ文芸大賞 奨励賞頂きました。 * * * 家族に疎まれ、友達もいない甘祢(あまね)は、明日から無職になる。 そんな夜に足を踏み入れた京都の路地で謎の男に襲われかけたところを不思議な少年、伊吹(いぶき)に助けられた。 人間とは少し違う不思議な匂いがすると言われ連れて行かれた先は、あやかしなどが住まう時空の京都租界を統べるアジトとなるバー「OROCHI」。伊吹は京都租界のボスだった。 OROCHIで女性バーテン、つまりバーメイドとして働くことになった甘祢は、人間界でモデルとしても働くバーテンの夜都賀(やつが)に仕事を教わることになる。 そうするうちになぜか徐々に敵対勢力との抗争に巻き込まれていき―― 初めての投稿です。色々と手探りですが楽しく書いていこうと思います。

幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~

しんいち
キャラ文芸
オカルト好きの少年、「しんいち」は、小学生の時、彼が通う合気道の道場でお婆さんにつれられてきた不思議な少女と出会う。 のちに「幽子」と呼ばれる事になる少女との始めての出会いだった。 彼女には「霊感」と言われる、人の目には見えない物を感じ取る能力を秘めていた。しんいちはそんな彼女と友達になることを決意する。 そして高校生になった二人は、様々な怪奇でミステリアスな事件に関わっていくことになる。 事件を通じて出会う人々や経験は、彼らの成長を促し、友情を深めていく。 しかし、幽子にはしんいちにも秘密にしている一つの「想い」があった。 その想いとは一体何なのか?物語が進むにつれて、彼女の心の奥に秘められた真実が明らかになっていく。 友情と成長、そして幽子の隠された想いが交錯するミステリアスな物語。あなたも、しんいちと幽子の冒険に心を躍らせてみませんか?

ようこそ猫カフェ『ネコまっしぐランド』〜我々はネコ娘である〜

根上真気
キャラ文芸
日常系ドタバタ☆ネコ娘コメディ!!猫好きの大学二年生=猫実好和は、ひょんなことから猫カフェでバイトすることに。しかしそこは...ネコ娘達が働く猫カフェだった!猫カフェを舞台に可愛いネコ娘達が大活躍する?プロットなし!一体物語はどうなるのか?作者もわからない!!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...