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第一話「頭の中の不協和音」
神成荘で感じたはじまりの予感
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こころが来たことと智也の笑顔を見ることが出来たからなのか、胸の内のモヤモヤしていたものがすっかり晴れた。
変わったのはそれだけではない。
守護霊なのかわからないが、守ってくれている霊体の気配を感じられるようになった。姿はまだはっきりとはしないがいい兆候だ。祖母もあと少しだと微笑んでいた。
そうだ、そろそろ仕事を探したほうがいい。いつまでも祖母を頼っていてはいられない。祖母にもそのことを話したのだが、「康成にはアパートの管理をしてもらいたいからねぇ。仕事を探す必要はないよ」と返ってきた。
アパートの管理って。いったいどこにアパートがあるのだろう。
「あとで散歩がてら行ってみようかねぇ。そろそろ大丈夫だろうから」
康成は頷き、今日もやってきたキンを撫でようとした。けど、サッと躱されて撫でることは出来なかった。こころは口を押えて笑いを堪えている。まったく、触らせてくれたっていいのに。これで本当に気に入られているっていうのだろうか。
少し離れたところで毛繕いしているキンがチラッとこっちを見て笑っている気がした。完全に遊ばれていると思えたが、それはそれでなんだか楽しく感じた。
アパートか。
普通のアパートとは違うから心しておくようになんて真剣な面持ちで祖母は語っていたけどどういうことだろうか。
「そうそうアパートの名前だけど『神成荘』っていうからねぇ」
神成荘か。字面からすると、なんだかご利益ありそうなアパートだ。
*
「康成は仏様や神様の存在を信じるかい」
「うーん、そうだな」と少しだけ考えて「信じるよ」と頬を緩ませた。
子供の頃に神様や仏様と会った記憶がある。あれは夢じゃなかったはずだ。今は声も姿もわからなくなってしまったけど。きっとまたいつかそういう日が来るはずだ。
「こころはどう思う」
「わからない。けど、たまに不思議なことがあったりすると目に見えない何かが助けてくれたのかなとか思うことはあるよ」
「そうかい」
祖母はニコニコしながら神社の参道をゆっくりと歩んでいくと突然横道にそれた。そう思ったら、ここがアパートだと話した。
えっ、ここに。
草だらけで建物なんて何もない。この奥にあるってことなのか。
「ねぇ、路子さんボケちゃったわけじゃないよね」
こころが耳元で囁いてきた。ボケてはいないはずだけどと思いつつ康成は首を捻った。
「ふたりとも、見えないのかい。こころは仕方がないとしても康成はわかると思ったんだがねぇ」
祖母は溜め息を漏らす。
「ちょっと待って。集中して見るから」
ガサガサ。
えっ、何だと思ったらキンが草むらの中へ足を踏み入れていた。
「キン」
声をかけると振り返り睨まれてしまう。いや、キンは睨んでいるわけじゃないのかもしれない。目つきが悪いだけでそんなつもりはないのかもしれない。けど、どう見ても睨んでいる目にしか映らない。
おっと、集中しなきゃと大きく息を吸い込み吐き出す。
どんどん進んで行くキンの後姿をチラッと見遣りその先へと視線を移す。何かがあるような気がする。もしかしてキンはついて来いと言っているのかもしれない。草むらからピンと立った尻尾だけが見え隠れしている。康成はキンの尻尾を目印にして草むらに踏み込んでいく。
あっ、風だ。気持ちいい。二、三歩進んだだけで何か空気感が違う。神社の境内で感じる空気感に似ている。どこからか、カラカラカラとの音色がしてきてなんとも心を落ち着かせる。いったい何の音だろう。音の出所はわからない。それらしきものはない。
そう思った瞬間に草むらと思われた場所に細道が現れた。その道を目で辿って行くと尻尾をピンと立てて堂々と歩みを進めるキンの後姿があった。草むらが消えるなんてことあるのだろうか。いや、待て。それだけではない。
嘘だろう。夢でも見ているのか。
天狗がいる。烏天狗もいる。んっ、あれは犬か。いや、なんか違う。まさか、狼。いやいや、そんな馬鹿なことがあるか。日本狼は絶滅したはずだ。というか天狗や烏天狗なんて想像上のものじゃないのか。なんだかじっと見られている。もうひとつ視線を感じてそっちへ目を向けると白蛇がいた。二つに分かれた赤い舌をチロチロと見せつけてくる。
あっ、いつの間にか建物が。そうかこれが祖母の言うアパートか。こんなにもはっきりと見えるのになぜ気がつかなかったのだろう。後ろを振り返り、また前を向く。木がアパートを隠していたのかもしれない。それだけじゃない気がしたがそう思うことにした。
それにしてもおんぼろアパートだ。リフォームしたって話をしていなかっただろうか。
ふとアパートの一室の窓に目が向き、ポカンと口を開けてしまう。他人の空似じゃないと思うけど……。ならば幻か。いや、そんなことはない。
そこには窓から手を振る智也の姿があった。
あいつ、成仏したわけじゃなかったのか。
「どうやら、見えたようだねぇ」
いつの間にか後ろにいた祖母にコクリと頷き、「路子さん、これってどういうこと」と問い掛けた。
「それはねぇ。まあ、ゆっくりと自分で確かめるといいねぇ。ひとつだけ言ってあげるとしたらここは神域ってことかねぇ」
康成はなんて返答していいのかわからずにただ目の前の光景に目を奪われていた。
「ねぇ、あのおんぼろなのがアパートなの」
「そうだねぇ。確かにおんぼろアパートだけどねぇ。康成には他にも見えているんだよ、こころ」
康成の肩に祖母の手がそっと置かれてみつめられる。
「ああ、ここ凄いよ。路子さん」
満足そうに祖母は笑んでいた。
「なによ、どういうこと。路子さんも康成さんもズルい。何が見えているのよ。霊感がない私だけ見えないなんてなんか嫌だな」
「こころもいずれわかる時がくるから安心しなさい。霊感というものは誰にでもあるものなんだからねぇ。まあ、自分のものにするにはいろいろやらなきゃいけないけどねぇ」
祖母は微笑んでいた。
霊感は誰にでもあるか。本当にそうなのだろうか。祖母が言うのだからきっとそうなのだろう。それにしても、ここは気持ちいい場所だ。なんだかやる気が漲ってくる。
もしかしたら、自分はやっとスタート地点に立てたのかもしれない。胸の内に熱く込み上げるものを感じた。
「智也、僕、頑張るよ。もう後ろを振り向かないよ」と心の中で叫んだ。
***
第一話「頭の中の不協和音」完
***
第二話につづく
変わったのはそれだけではない。
守護霊なのかわからないが、守ってくれている霊体の気配を感じられるようになった。姿はまだはっきりとはしないがいい兆候だ。祖母もあと少しだと微笑んでいた。
そうだ、そろそろ仕事を探したほうがいい。いつまでも祖母を頼っていてはいられない。祖母にもそのことを話したのだが、「康成にはアパートの管理をしてもらいたいからねぇ。仕事を探す必要はないよ」と返ってきた。
アパートの管理って。いったいどこにアパートがあるのだろう。
「あとで散歩がてら行ってみようかねぇ。そろそろ大丈夫だろうから」
康成は頷き、今日もやってきたキンを撫でようとした。けど、サッと躱されて撫でることは出来なかった。こころは口を押えて笑いを堪えている。まったく、触らせてくれたっていいのに。これで本当に気に入られているっていうのだろうか。
少し離れたところで毛繕いしているキンがチラッとこっちを見て笑っている気がした。完全に遊ばれていると思えたが、それはそれでなんだか楽しく感じた。
アパートか。
普通のアパートとは違うから心しておくようになんて真剣な面持ちで祖母は語っていたけどどういうことだろうか。
「そうそうアパートの名前だけど『神成荘』っていうからねぇ」
神成荘か。字面からすると、なんだかご利益ありそうなアパートだ。
*
「康成は仏様や神様の存在を信じるかい」
「うーん、そうだな」と少しだけ考えて「信じるよ」と頬を緩ませた。
子供の頃に神様や仏様と会った記憶がある。あれは夢じゃなかったはずだ。今は声も姿もわからなくなってしまったけど。きっとまたいつかそういう日が来るはずだ。
「こころはどう思う」
「わからない。けど、たまに不思議なことがあったりすると目に見えない何かが助けてくれたのかなとか思うことはあるよ」
「そうかい」
祖母はニコニコしながら神社の参道をゆっくりと歩んでいくと突然横道にそれた。そう思ったら、ここがアパートだと話した。
えっ、ここに。
草だらけで建物なんて何もない。この奥にあるってことなのか。
「ねぇ、路子さんボケちゃったわけじゃないよね」
こころが耳元で囁いてきた。ボケてはいないはずだけどと思いつつ康成は首を捻った。
「ふたりとも、見えないのかい。こころは仕方がないとしても康成はわかると思ったんだがねぇ」
祖母は溜め息を漏らす。
「ちょっと待って。集中して見るから」
ガサガサ。
えっ、何だと思ったらキンが草むらの中へ足を踏み入れていた。
「キン」
声をかけると振り返り睨まれてしまう。いや、キンは睨んでいるわけじゃないのかもしれない。目つきが悪いだけでそんなつもりはないのかもしれない。けど、どう見ても睨んでいる目にしか映らない。
おっと、集中しなきゃと大きく息を吸い込み吐き出す。
どんどん進んで行くキンの後姿をチラッと見遣りその先へと視線を移す。何かがあるような気がする。もしかしてキンはついて来いと言っているのかもしれない。草むらからピンと立った尻尾だけが見え隠れしている。康成はキンの尻尾を目印にして草むらに踏み込んでいく。
あっ、風だ。気持ちいい。二、三歩進んだだけで何か空気感が違う。神社の境内で感じる空気感に似ている。どこからか、カラカラカラとの音色がしてきてなんとも心を落ち着かせる。いったい何の音だろう。音の出所はわからない。それらしきものはない。
そう思った瞬間に草むらと思われた場所に細道が現れた。その道を目で辿って行くと尻尾をピンと立てて堂々と歩みを進めるキンの後姿があった。草むらが消えるなんてことあるのだろうか。いや、待て。それだけではない。
嘘だろう。夢でも見ているのか。
天狗がいる。烏天狗もいる。んっ、あれは犬か。いや、なんか違う。まさか、狼。いやいや、そんな馬鹿なことがあるか。日本狼は絶滅したはずだ。というか天狗や烏天狗なんて想像上のものじゃないのか。なんだかじっと見られている。もうひとつ視線を感じてそっちへ目を向けると白蛇がいた。二つに分かれた赤い舌をチロチロと見せつけてくる。
あっ、いつの間にか建物が。そうかこれが祖母の言うアパートか。こんなにもはっきりと見えるのになぜ気がつかなかったのだろう。後ろを振り返り、また前を向く。木がアパートを隠していたのかもしれない。それだけじゃない気がしたがそう思うことにした。
それにしてもおんぼろアパートだ。リフォームしたって話をしていなかっただろうか。
ふとアパートの一室の窓に目が向き、ポカンと口を開けてしまう。他人の空似じゃないと思うけど……。ならば幻か。いや、そんなことはない。
そこには窓から手を振る智也の姿があった。
あいつ、成仏したわけじゃなかったのか。
「どうやら、見えたようだねぇ」
いつの間にか後ろにいた祖母にコクリと頷き、「路子さん、これってどういうこと」と問い掛けた。
「それはねぇ。まあ、ゆっくりと自分で確かめるといいねぇ。ひとつだけ言ってあげるとしたらここは神域ってことかねぇ」
康成はなんて返答していいのかわからずにただ目の前の光景に目を奪われていた。
「ねぇ、あのおんぼろなのがアパートなの」
「そうだねぇ。確かにおんぼろアパートだけどねぇ。康成には他にも見えているんだよ、こころ」
康成の肩に祖母の手がそっと置かれてみつめられる。
「ああ、ここ凄いよ。路子さん」
満足そうに祖母は笑んでいた。
「なによ、どういうこと。路子さんも康成さんもズルい。何が見えているのよ。霊感がない私だけ見えないなんてなんか嫌だな」
「こころもいずれわかる時がくるから安心しなさい。霊感というものは誰にでもあるものなんだからねぇ。まあ、自分のものにするにはいろいろやらなきゃいけないけどねぇ」
祖母は微笑んでいた。
霊感は誰にでもあるか。本当にそうなのだろうか。祖母が言うのだからきっとそうなのだろう。それにしても、ここは気持ちいい場所だ。なんだかやる気が漲ってくる。
もしかしたら、自分はやっとスタート地点に立てたのかもしれない。胸の内に熱く込み上げるものを感じた。
「智也、僕、頑張るよ。もう後ろを振り向かないよ」と心の中で叫んだ。
***
第一話「頭の中の不協和音」完
***
第二話につづく
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