涙が呼び込む神様の小径

景綱

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第一話「頭の中の不協和音」

研ぎ澄まされた不思議な感覚

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「さてと、本番といきますかねぇ」なんて言葉が飛び出して、妙福寺に連れて行かれたときは肝をつぶしたものだ。滝だ。滝行をするってことか。ブルッと身体を震わせた。

 思わず、「見ているだけでも十分だと思うけど」なんて口にしていた。祖母は「滝に打たれたらもっと気力が充実するからねぇ」と微笑んでいる。
 いやいや、気力ならもう十分ある。だいぶ前向きになってきている。滝行までしなくてもいいはずだ。なんて思いは祖母には通じなかった。
 やることは決定ってことか。

 祖母は一見すると笑顔だが瞳は厳しさを孕んでいた。滝行をしないという選択肢はないようだ。康成はしかたがないかと白装束に着替えて滝壺に向かう。滝壺へと進めた足に水の冷たさが伝わり気持ちがシャキッとなった。頭と肩に降り注ぐ滝の水。水飛沫を感じながら滝に打たれていると不思議と無になれた。不思議な感覚だった。本当にすべて悪いものを洗い流してくれている気がした。一瞬だけ龍が目の前を通り過ぎたように感じたのは気のせいだろうか。幻かもしれない。

 あっ、智也。

 龍と同じで幻だったのかもしれないが、親指を立ててニコリとする智也の姿を見た。一瞬の出来事だったけど泣けてきた。流れゆく滝のおかげで泣いていたことは気づかれなかっただろう。智也は今の自分を喜んでくれている。『頑張っているな』って声をかけてくれた。空耳だったとしても、力を貰えた。

 祖母のおかげだ。智也と会うことができた。滝行の効果だろうか。
 なんだか身体が温かくなっていく。

 あれ、流れゆく滝の水が歪んで映る。どうしたことだろう。ありえない方向に水飛沫が上がっている。これは何かの力が働いているってことだろうか。龍もしくは仏様の力なのかもしれない。不思議だ。祖母と一緒にいると神仏の存在を再び信じられるようになっていく。それも、おかしな現象をよく見るようになったからだろう。考えてみれば、小さい頃は信じていた。もともと自分の目で見ていたのだから。そんな気持ちをすっかり忘れていた。純粋に信じる心。それが大切なのだろう。

 神様に仏様か。
『おかえり』とでも神仏は話してくれるだろうか。智也の霊と話すことも出来るだろうか。もし、そうできるとすればこの修行もありなのだろう。

「康成、いい顔をしているねぇ」

 祖母にそう言われて口角をあげた。
 座禅も写経も次の日に行った。座禅は集中力を高めてくれる。写経は書くことで亡くなった人への供養にもなるらしい。智也の供養になるのなら何時間でも書いてやると意気込み手が疲れるのも構わず真剣に書き続けた。

 そんな日々が続いた。毎日、くたくたになり身体に疲労感があった。でも心地よい疲労感だ。そのおかげなのか智也に対する気持ちが少しずつ変化していった。祖母の言葉もあるのだろうけど。

「康成、おまえはやるべきことがある。だから生かされているのだよ。そこのことをよく考えるんだよ。おまえの友はそれをわかっていたってことだねぇ」

 そうなのだろうか。祖母の言葉を頭の中で反芻はんすうする。
 自分は特別な人間じゃないと思うが、何か役目があるってことなのだろうか。もしも、そうだとしたらきちんと応えなければいけない。少し前までだったら、どうでもいいと思っていただろう。

 神仏と祖母に感謝だ。もちろん、智也にも感謝しなくてはいけない。

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