涙が呼び込む神様の小径

景綱

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第一話「頭の中の不協和音」

神社仏閣巡りで精神修行

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 翌日、腹に重さを感じて目を覚ますと薄目をあけて睨み付けるキンと目が合った。凄みのある眼光にドキッとしてしまう。なぜ、ここに。

「おやおや、ずいぶんと気に入られたようだねぇ」

 祖母は満面の笑みで部屋の入り口に立っていた。
 撫でてやろうとキンの頭へ手を持っていこうとしたら、腹の上からひょいと飛び降りてしまった。
 あれ、いっちゃった。

「まだ触るのは早いってことだねぇ」
「そうなの。なんで」
「さあねぇ。とにかくまずは、下へ降りて仏様と神様にご挨拶をしなさい」

 祖母の言葉に頷き、顔を洗い歯磨きをする。鏡に映る自分の姿はまだ幽霊みたいだ。少しは顔色がいいようにも映るけど、まだまだだ。だけど前とは違う。気持ち的には前向きになりつつある。それもお不動さんのおかげであり、毎朝の仏様と神様への挨拶とともに感じる心地よい気のおかげだろう。一番はここへ連れて来てくれた祖母のおかげだ。

 今日も気持ちのいい朝だ。もしかしたら失くしていたかもしれない命だ。智也のためにも自分のためにも生きて頑張っていこう。

 祖母の家に来てまだ数日だというのに、ここまで変われるものなのか。もちろん智也への自責の念が消え去ったわけじゃない。まだまだ、自分の気持ちが不安なことに変わりはない。それをわかっているのかキンが寄り添ってきてくれる。まるで、励ましているみたたいだ。不思議な猫だ。

 いつも睨み付けているような視線を送ってくるが瞳の奥で『がんばれよ』と応援してくれているようで温かな気持ちになる。勝手な思い込みってこともあるけど。

「キン、ありがとうな」

 キンに笑いかけて撫でてやろうと手を顎の下へ持っていく。だがサッと手を躱して逃げてしまう。面白い奴だ。自分から寄り添うことはよくても、触られるのは嫌みたいだ。

「朝ご飯が出来たから、食べなさいねぇ。今日はみっちり精神修行してもらうんですからねぇ」

 祖母の声が飛んできて『えっ』となる。本当にやるのか。どうしよう。そう思いつつも食卓に並んだ朝ご飯にお腹がグゥーッとなり頬が緩む。
 ワカメとゴマが混ぜられたおにぎりが二つ。けんちん汁に、玉子焼き、ひじきの煮物、サバの塩焼きが並んでいた。日本の朝って感じだ。

 こんな食事をしていたら、健康にもなれそうだ。もちろん、毎朝完食している。
 ご飯を頬張る自分をキンは向かい側の席に座りじっとみつめてきた。テーブルに身体は隠れているがピンと立った耳と眼つきの悪い瞳だけが覗いている。やっぱり面白い奴だ。思わず笑みが零れる。

「キン、ありがとうな」

 康成は同じ言葉を投げかけていた。





 精神修行か。

 いったい何をするつもりだろうか。神社に向かっているようだけど。
 猿田神社との名前を掲げた鳥居の奥に長い階段が上へと伸びている。見ただけで萎えてしまう。
 智也がいたら「こんなのたいしたことないって」なんて背中をポンと叩いてくれるだろうか。どこかにいたらいいけど。康成は溜め息を漏らす。
 本当に、ごめん。自分のせいで、死なせてしまって。

「なんだい、また後ろ向きになっちまったのかい。いけないねぇ」
「だってさ」
「だって、じゃないよ。ほら、今にも取り憑いてやろうと霊が来ちまったじゃないか」

 えっ、嘘だろう。康成はあたりを見回した。

「ふふふ、冗談だよ」
「なんだよ、もう」
「けど、そんなに思い詰めた顔をしていたら本当にまた取り憑かれちまうよ。ここは神様の強い気が流れているから悪い霊は一歩も踏み入れることは出来ないだろうけどねぇ。安心しなさい」

 そうか、神域には悪霊は来ることはできないのか。怨霊を祀った神社ならいざしらず、神社にうようよ悪霊がいたらそこはもう神域とは呼べない。

 長い階段を上り、息が荒くなってしまった。ずっと引き籠っていたせいで体力がだいぶ落ちている。当たり前か。手水舎で浄めて拝殿で柏手を打つ。祖母は裏側にも連れて行ってくれた。本殿の裏にも賽銭箱があってそこでも柏手を打った。そのあと、奥宮にも行き御神水をいただいた。降臨之地まであって、そこで祖母は神様と会話をしていたようだが、正直自分にはわからなかった。ただ、心地よい風が吹き清々しい気分にはなった。ここの祭神は、言うまでもなく猿田彦大神だろう。

 そのあと東大社という神社にも参拝した。驚いたことに祖母は車を運転する。乗る前は大丈夫かと気が気ではなかったが、意外と運転はうまい。祖母曰く『神様が守ってくれているからねぇ』だそうだ。

 東大社は平地にありホッとした。鳥居から拝殿が望める。神社巡りをして本当に何か変わるのだろうか。精神修行になるのだろうか。スッキリする気もするが気のせいってこともある。そこまで自分は信心深くない。ただ、東大社の御神木の前に立ったとき何か圧倒されるようなものを感じた。樹齢数百年、いや千年を超えているかもしれないその御神木にはきっと何かが宿っていたのだろう。信仰心がそれほどなくても体感出来る力がそこにはあった。何がどう違うのかはわからない。ただ、この御神木が好きになった。
 また来ようなんて思えるくらいの心地よい場所だった。

「次はお寺さんに行こうかねぇ」

 康成は祖母の言葉にただ頷きついていく。車で三十分くらいかかっただろうか。

 円福寺か。
 十一面観音様がそこにはいた。祖母はまたしてもなにやら話をしていた。もちろん、今の自分には姿は見えない。観音像が見えるだけだ。いつかきっとその姿を拝めるときがくるのだろうか。子供の頃のように。康成は深呼吸をして観音様に手を合わせた。

 ここは坂東三十三観音霊場の第二十七番札所になっており、飯沼観音とも呼ばれているらしい。
 ここには大仏様もあり、五重塔まである。おびんずる様もいる。神社とはまた違った雰囲気で何かご利益がありそうな気がした。そうそう線香の煙も浴びてきた。あの煙って効果あるのだろうかと疑問を感じるがやっておいたほうがいいだろうと浴びた。

「今日は、これでお終いだよ。帰ろうかねぇ」

 えっ、終わりなのか。これが修行なのか。なんだこれなら楽でいい。そう思ったのが大間違いだった。
 楽だったのは最初の一週間だけだった。

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