涙が呼び込む神様の小径

景綱

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第一話「頭の中の不協和音」

祖母の家にてボス的な猫と会う

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 祖母の家に着くと、康成は座布団に座り込み大きく息を吐く。
 なんだか眠い。

 いろんなことが一変に起きたせいだろうか。それとも悪霊を排除するために気づかないうちに体力を消耗していたのだろうか。
 抱え込んでいた霊がいなくなり身体は軽くなったはずなのに、妙な気怠さがある。

 そうだ智也は成仏できただろうか。こころのこともなんとかなりそうだし、安心できただろうしきっとあの世へ旅立っただろう。

『智也、本当にこれでよかったのか』

 康成はどうしてもそう考えてしまう。自分が死んだほうが……。そう考えてすぐにかぶりを振った。ダメだ。前を向かなきゃ。
 智也のことを考えてしまうと胸の奥にモヤモヤしたものが這い上がってきてしまう。まだ完全に智也のことを受け入れられない。

 それにしても眠い。心と身体のバランスが崩れているのだろうか。わからない。そんな中、頑張らなきゃという自分がいるのも確かだ。これもお不動さんで祈祷してもらった効果なのかもしれない。少しは前向きな考え方ができるようになっている。まだまだだけど。

「ほら、まずは仏壇に手を合わせて挨拶しなさい。神様にもだよ。今日から、ここで暮らすんだからね。それが礼儀ってもんだよ」

 祖母は仏壇に蝋燭ろうそくを灯して、線香に火をつけるとりんを鳴らして手を合わせていた。康成も祖母に倣って手を合わせる。お不動さんで祈祷してもらったお札は仏壇に置いてある。よく見ると、仏壇の真ん中には不動明王像が鎮座していた。

「仁吉さん、孫の康成をよろしく頼みますよ」と小声で話す祖母。

 祖父の仁吉の写真が仏壇の上にあった。亡くなったのは確か五年前。葬儀が終わったとき、祖母が天井に手を振っていた記憶がある。祖父がそこにいたのだろう。そのとき自分は霊を見ることが出来なくなっていて残念な気分になり天井をみつめていたのを覚えている。

 祖父と最後に会ったのは小学五年の夏休みのときだったろうか。ちょっと強面だったが優しい人で祖母同様霊感の強い人だった。
 写真の中の祖父をじっとみつめながら康成は心の中で「お世話になります」と呟く。

 肩に祖母の手が乗り、「神様にも挨拶をしておくれ。今のおまえならきっと縁を結んでくれるはずだよ」と口角をあげた。

 立ち上がり神棚を見上げると、神棚にある社の中にある鏡が目に留まる。社の隣にはお札もあった。ここにも神様はいるのだろうか。祖母には見えているのだろうか。両脇には榊が飾られていて、何個かの器と燭台があった。水かお酒が入っているのだろうか。もうひとつはご飯だろうか。盛り塩も見える。神棚の前の天井には『雲』と書かれた貼り紙もあった。祖母は神棚の前に台を起き、燭台の蝋燭に手を伸ばすと火を灯す。祖母には台がないと神棚には届かないようだ。手前の盛り塩や榊の入った榊立てやそのほかの器にはギリギリ手が届きそうだけど、蝋燭に火を灯すことは自分でも無理そうだ。

「はい、二礼二拍手して挨拶しなさい」

 康成は頷くとひとつ深呼吸をして二礼をしてふたつ柏手を打った。

「梅沢康成です。よろしくお願いします」とだけ心の中で挨拶をして頭を下げた。

 仏様の声も神様の声も聞こえなかった。以前だったら、「よう来たな」との言葉でも聞けただろうか。おそらく祖母には何かしらの声が聞こえているのだろう。
 小学生のあのとき、自分から力を手放してしまった。今思えば、もったいないことをした。取り戻すことが出来るだろうか。もし、出来るのなら智也に会いたい。そう思ったら、溜め息を漏らしていた。

「いけないねぇ。そんなんじゃまた悪い霊がやってきちまうよ」

 そうは言っても、智也が亡くなったのは自分のせいだ。無理な話だ。

「まあいい。ゆっくり力を取り戻していくことだ。そして笑顔になることだ。そうじゃないとおまえの友達も浮かばれないよ」

 浮かばれないか。智也は幽霊になっても心配してくれているのだろうか。あいつはそういう奴だ。人の心の痛みをわかる奴だ。智也のためにも頑張らなきゃ。そう思うのに、どこかでまだ智也の人生を奪ってしまったと悔やむ自分がいた。この思いが智也を苦しめることになるのかもしれない。智也のためにも笑顔でいなきゃいけない。
 もしかしたら、そんな自分を心配してまだ成仏できていないかもしれない。そうだったら申し訳ない気がしてきた。

「祖母ちゃん、僕、何をすればいい」
「違うだろう」
「えっ、何が」
「呼び方だよ」

 あっ、そうだった。つい『祖母ちゃん』と言ってしまう。

「路子さん、僕、何が出来るかな」

 祖母は笑みを浮かべて「まずは康成の心を鍛えることがいいかねぇ」と呟いた。
 心を鍛えるってどういうことだろう。

「滝行に座禅に写経。そのまえに神社仏閣巡りからはじめたほうがいいだろうねぇ。今の康成は心のレベルが底に近いからねぇ」

 心のレベルって。そんなのあるのか。

「ニャニャ」

 んっ、猫の鳴き声がしたような。鳴き声のほうに目を遣るとちょっと眼つきの悪いかなり太めの猫がこっちをじっとみつめていた。猫の大親分って雰囲気を纏っている。

「路子さんは猫を飼っていたの」
「いやいや、あのお猫様は近所の神社の猫だよ」

 お猫様⁉

「まさか、神様の使いってこと」
「そうとも言えるかもしれないねぇ。まあ、神社で飼われているだけってこともあるけど」

 祖母はそう微笑んでいた。
 そう、祖母の家は猿田神社の参道沿いにある。この猫は祖母の家も自分の縄張りのひとつだと思っているのかもしれない。なぜかじっとこっちをみつめて視線を外さない。誰だ、おまえとでも思っているのだろうか。

「キンちゃんの好きな猫缶あげますからねぇ」

 祖母は笑顔で猫缶を開けて皿に盛ってあげていた。『キンちゃん』ってさっきはお猫様なんて呼んでいたのに。
 目を細めて唸り声をあげながら勢いよくかぶりついている。豪快な食べっぷりだ。そうとう美味しいのだろう。なんだか『美味い、美味い』って言いながら食べているように聞こえる。そう思って見ていると、ギロリと睨まれてしまった。

「ごめん、ごめん。取ったりしないから、ゆっくり食べて」と思わず口にする。

 なぜだかわからないけど、どこかただの猫とは思えない。何がどう違うのかと問われると答えられないけど、どこか威厳を感じるような雰囲気を纏っていた。本当に神様の使いなのかもしれない。それはないのだろうか。

 猿田彦大神の使いに猫がいるなんて話は耳にしたことはない。知らないだけかもしれないけど、やっぱり神様の使いってことはないだろう。おそらくこの界隈かいわいのボス的存在なのではないだろうか。

「康成、キンちゃんに好かれると良いことがあるかもしれないよ。仲良くするんだよ」

 仲良くか。良いことがあるかは別にして猫好きな自分としては仲良くしたい。だから、自然と自己紹介をしていた。猫に向かって。

「僕は、梅沢康成です。路子さんの孫でここに住むことになったから、これからよろしく」

 そう話しておいて、なんとなく変なことしているような気がした。けど、キンは顔をあげてチラッと目を向けてくると瞬きをして再び猫缶を食べ始めた。

「よかったねぇ。キンちゃんに認めてもらえたようだよ」

 そうなのか。自己紹介したのは正解だったのか。けど、なんで今ので認めてくれたってわかるのだろう。まさか、猫の言葉もわかるのかと祖母に目を向けた。

「なんだい、顔に何かついているかい」
「あっ、いや、なにも」
「おかしな子だね。ほら、キンちゃんも不思議そうな顔をしているじゃないか」

 えっ、猫が不思議そうな顔を。
 キンを見遣ると、大口をあけて欠伸をしていた。見逃してしまった。猫の不思議そうな顔ってどんな顔だろう。

 あれ、そういえばさっきまでの眠気がなくなっている。なんでだろう。

 まさか、キンという名の猫の力なのか。それはないか。
 仏壇と神棚に挨拶したから少しだけパワーをくれたのかもしれない。そう思うことにしよう。けど、猫の力って思っていたほうが楽しいかもしれない。康成はそんなことを考えてにんまりとした。

 ふとキンを見遣ると一瞬だけほくそ笑んでいるように映った。
 えっ、今確かに……。いやいや、気のせいだ。きっと光の加減でそう見えただけだ。そういうことにしておこう。

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