9 / 59
第一話「頭の中の不協和音」
祖母の家にてボス的な猫と会う
しおりを挟む祖母の家に着くと、康成は座布団に座り込み大きく息を吐く。
なんだか眠い。
いろんなことが一変に起きたせいだろうか。それとも悪霊を排除するために気づかないうちに体力を消耗していたのだろうか。
抱え込んでいた霊がいなくなり身体は軽くなったはずなのに、妙な気怠さがある。
そうだ智也は成仏できただろうか。こころのこともなんとかなりそうだし、安心できただろうしきっとあの世へ旅立っただろう。
『智也、本当にこれでよかったのか』
康成はどうしてもそう考えてしまう。自分が死んだほうが……。そう考えてすぐにかぶりを振った。ダメだ。前を向かなきゃ。
智也のことを考えてしまうと胸の奥にモヤモヤしたものが這い上がってきてしまう。まだ完全に智也のことを受け入れられない。
それにしても眠い。心と身体のバランスが崩れているのだろうか。わからない。そんな中、頑張らなきゃという自分がいるのも確かだ。これもお不動さんで祈祷してもらった効果なのかもしれない。少しは前向きな考え方ができるようになっている。まだまだだけど。
「ほら、まずは仏壇に手を合わせて挨拶しなさい。神様にもだよ。今日から、ここで暮らすんだからね。それが礼儀ってもんだよ」
祖母は仏壇に蝋燭を灯して、線香に火をつけると鈴を鳴らして手を合わせていた。康成も祖母に倣って手を合わせる。お不動さんで祈祷してもらったお札は仏壇に置いてある。よく見ると、仏壇の真ん中には不動明王像が鎮座していた。
「仁吉さん、孫の康成をよろしく頼みますよ」と小声で話す祖母。
祖父の仁吉の写真が仏壇の上にあった。亡くなったのは確か五年前。葬儀が終わったとき、祖母が天井に手を振っていた記憶がある。祖父がそこにいたのだろう。そのとき自分は霊を見ることが出来なくなっていて残念な気分になり天井をみつめていたのを覚えている。
祖父と最後に会ったのは小学五年の夏休みのときだったろうか。ちょっと強面だったが優しい人で祖母同様霊感の強い人だった。
写真の中の祖父をじっとみつめながら康成は心の中で「お世話になります」と呟く。
肩に祖母の手が乗り、「神様にも挨拶をしておくれ。今のおまえならきっと縁を結んでくれるはずだよ」と口角をあげた。
立ち上がり神棚を見上げると、神棚にある社の中にある鏡が目に留まる。社の隣にはお札もあった。ここにも神様はいるのだろうか。祖母には見えているのだろうか。両脇には榊が飾られていて、何個かの器と燭台があった。水かお酒が入っているのだろうか。もうひとつはご飯だろうか。盛り塩も見える。神棚の前の天井には『雲』と書かれた貼り紙もあった。祖母は神棚の前に台を起き、燭台の蝋燭に手を伸ばすと火を灯す。祖母には台がないと神棚には届かないようだ。手前の盛り塩や榊の入った榊立てやそのほかの器にはギリギリ手が届きそうだけど、蝋燭に火を灯すことは自分でも無理そうだ。
「はい、二礼二拍手して挨拶しなさい」
康成は頷くとひとつ深呼吸をして二礼をしてふたつ柏手を打った。
「梅沢康成です。よろしくお願いします」とだけ心の中で挨拶をして頭を下げた。
仏様の声も神様の声も聞こえなかった。以前だったら、「よう来たな」との言葉でも聞けただろうか。おそらく祖母には何かしらの声が聞こえているのだろう。
小学生のあのとき、自分から力を手放してしまった。今思えば、もったいないことをした。取り戻すことが出来るだろうか。もし、出来るのなら智也に会いたい。そう思ったら、溜め息を漏らしていた。
「いけないねぇ。そんなんじゃまた悪い霊がやってきちまうよ」
そうは言っても、智也が亡くなったのは自分のせいだ。無理な話だ。
「まあいい。ゆっくり力を取り戻していくことだ。そして笑顔になることだ。そうじゃないとおまえの友達も浮かばれないよ」
浮かばれないか。智也は幽霊になっても心配してくれているのだろうか。あいつはそういう奴だ。人の心の痛みをわかる奴だ。智也のためにも頑張らなきゃ。そう思うのに、どこかでまだ智也の人生を奪ってしまったと悔やむ自分がいた。この思いが智也を苦しめることになるのかもしれない。智也のためにも笑顔でいなきゃいけない。
もしかしたら、そんな自分を心配してまだ成仏できていないかもしれない。そうだったら申し訳ない気がしてきた。
「祖母ちゃん、僕、何をすればいい」
「違うだろう」
「えっ、何が」
「呼び方だよ」
あっ、そうだった。つい『祖母ちゃん』と言ってしまう。
「路子さん、僕、何が出来るかな」
祖母は笑みを浮かべて「まずは康成の心を鍛えることがいいかねぇ」と呟いた。
心を鍛えるってどういうことだろう。
「滝行に座禅に写経。そのまえに神社仏閣巡りからはじめたほうがいいだろうねぇ。今の康成は心のレベルが底に近いからねぇ」
心のレベルって。そんなのあるのか。
「ニャニャ」
んっ、猫の鳴き声がしたような。鳴き声のほうに目を遣るとちょっと眼つきの悪いかなり太めの猫がこっちをじっとみつめていた。猫の大親分って雰囲気を纏っている。
「路子さんは猫を飼っていたの」
「いやいや、あのお猫様は近所の神社の猫だよ」
お猫様⁉
「まさか、神様の使いってこと」
「そうとも言えるかもしれないねぇ。まあ、神社で飼われているだけってこともあるけど」
祖母はそう微笑んでいた。
そう、祖母の家は猿田神社の参道沿いにある。この猫は祖母の家も自分の縄張りのひとつだと思っているのかもしれない。なぜかじっとこっちをみつめて視線を外さない。誰だ、おまえとでも思っているのだろうか。
「キンちゃんの好きな猫缶あげますからねぇ」
祖母は笑顔で猫缶を開けて皿に盛ってあげていた。『キンちゃん』ってさっきはお猫様なんて呼んでいたのに。
目を細めて唸り声をあげながら勢いよくかぶりついている。豪快な食べっぷりだ。そうとう美味しいのだろう。なんだか『美味い、美味い』って言いながら食べているように聞こえる。そう思って見ていると、ギロリと睨まれてしまった。
「ごめん、ごめん。取ったりしないから、ゆっくり食べて」と思わず口にする。
なぜだかわからないけど、どこかただの猫とは思えない。何がどう違うのかと問われると答えられないけど、どこか威厳を感じるような雰囲気を纏っていた。本当に神様の使いなのかもしれない。それはないのだろうか。
猿田彦大神の使いに猫がいるなんて話は耳にしたことはない。知らないだけかもしれないけど、やっぱり神様の使いってことはないだろう。おそらくこの界隈のボス的存在なのではないだろうか。
「康成、キンちゃんに好かれると良いことがあるかもしれないよ。仲良くするんだよ」
仲良くか。良いことがあるかは別にして猫好きな自分としては仲良くしたい。だから、自然と自己紹介をしていた。猫に向かって。
「僕は、梅沢康成です。路子さんの孫でここに住むことになったから、これからよろしく」
そう話しておいて、なんとなく変なことしているような気がした。けど、キンは顔をあげてチラッと目を向けてくると瞬きをして再び猫缶を食べ始めた。
「よかったねぇ。キンちゃんに認めてもらえたようだよ」
そうなのか。自己紹介したのは正解だったのか。けど、なんで今ので認めてくれたってわかるのだろう。まさか、猫の言葉もわかるのかと祖母に目を向けた。
「なんだい、顔に何かついているかい」
「あっ、いや、なにも」
「おかしな子だね。ほら、キンちゃんも不思議そうな顔をしているじゃないか」
えっ、猫が不思議そうな顔を。
キンを見遣ると、大口をあけて欠伸をしていた。見逃してしまった。猫の不思議そうな顔ってどんな顔だろう。
あれ、そういえばさっきまでの眠気がなくなっている。なんでだろう。
まさか、キンという名の猫の力なのか。それはないか。
仏壇と神棚に挨拶したから少しだけパワーをくれたのかもしれない。そう思うことにしよう。けど、猫の力って思っていたほうが楽しいかもしれない。康成はそんなことを考えてにんまりとした。
ふとキンを見遣ると一瞬だけほくそ笑んでいるように映った。
えっ、今確かに……。いやいや、気のせいだ。きっと光の加減でそう見えただけだ。そういうことにしておこう。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜
二階堂まりい
ファンタジー
メソポタミア辺りのオリエント神話がモチーフの、ダークな異能バトルものローファンタジーです。以下あらすじ
超能力を持つ男子高校生、鎮神は独自の信仰を持つ二ツ河島へ連れて来られて自身のの父方が二ツ河島の信仰を統べる一族であったことを知らされる。そして鎮神は、異母姉(兄?)にあたる両性具有の美形、宇津僚真祈に結婚を迫られて島に拘束される。
同時期に、島と関わりがある赤い瞳の青年、赤松深夜美は、二ツ河島の信仰に興味を持ったと言って宇津僚家のハウスキーパーとして住み込みで働き始める。しかし彼も能力を秘めており、暗躍を始める。
ニンジャマスター・ダイヤ
竹井ゴールド
キャラ文芸
沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。
大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。
沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。
青い祈り
速水静香
キャラ文芸
私は、真っ白な部屋で目覚めた。
自分が誰なのか、なぜここにいるのか、まるで何も思い出せない。
ただ、鏡に映る青い髪の少女――。
それが私だということだけは確かな事実だった。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる