涙が呼び込む神様の小径

景綱

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第一話「頭の中の不協和音」

子供の頃の記憶(1)

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「幽霊なんているもんか。守護霊だの、神様だの、そんなものみんな作り話だ。見えないものはいないんだよ。馬鹿、康成」

 胸がズキンと痛んだ。そんなことない。守護霊も神様もいる。見えないなんて言うけど、自分には見える。幽霊もいる。信じていないあいつらにだって守護霊がいるっていうのに。

「来年はもう中学生だっていうのに馬鹿らしい。神様がいるなら助けてくださいとでも頼んでみたらどうだ。どうせ来ないだろうけど」

 憎たらしい笑みをして罵ってくる。そうかと思うと、腹にパンチが飛んできた。

「痛いよな。けど誰も助けに来る奴なんていないさ。だって康成は頭がおかしなお馬鹿さんなんだから」
「どうしてそんなこと言うんだ」

 腹を押さえて涙ながらに訴える。

「えっ、なんか言ったか。声が小さくって聞こえないよ」
「神様はいる。守護霊もいる。幽霊もいる。ほら、そこに」

 いじめっ子三人組がビクッとして後ろを見て再びこっちを睨みつけてきた。

「脅かすんじゃない。幽霊なんかいないじゃないか」

 そう言い放ち、今度は腹を蹴ってきた。

「おまえら、やめろ」

 智也がいつの間にか間に割り込んできていた。

「おっ、来たぞ。智也様の登場だ」

 馬鹿にしたように笑い出す三人組。

「あ、違ったな。おまえの愛しの智也だよな。康成は男が好きなんだろう。オカマちゃんなんだろう。康成はやっぱりおかしな奴だ」

 腹を抱えて笑う三人組に腹が立ってきた。三人組が憎らしい。なんでそんな嘘ばかり言う。そんな嘘つきなんて殴ってやる。そう思い一歩踏み出そうとした。けど、踏みとどまった。いくら腹が立っても殴れない。暴力を振るうなんて出来ない。
 そんな気持ちが伝わったのかはわからないが突然、智也が声を張り上げた。

「おまえらいい加減にしろ」
「ふん、うるさい。男好き同士で仲良くしてろ。バーカ」

 三人組は背を向けて行ってしまう。どこか声が震えていた。気のせいじゃない。あいつらは智也のことが怖いのかもしれない。きっとそうだ。また智也に助けられた。こんなんで自分はいいのだろうか。あいつらの言う通り来年は中学生だ。幽霊が見えるだの神様の声がするだのと話すことは変なことなのかもしれない。自分は普通じゃないのだろうか。頭がおかしいのだろうか。幻覚、幻聴なのだろうか。けど、普通ってなんだ。わからない。

「大丈夫か。康成」

 智也が差し伸べる手をパシンと払い除けて「放っておいてくれ」と智也に背を向けて歩き出す。

「康成」

 呼び止める智也の声に一瞬足を止めた。けどすぐにまた歩き出す。

「俺たち、友達だろう」
「うるさいな。今はひとりにさせてくれ」
「気にするなよ、あんな奴の言ったことなんてさ」
「いいから、黙ってくれ」

 なんだか無性にいらつく。智也が悪いわけじゃないのに睨み付けてしまった。

「俺、何があっても康成のこと守るからな」

 なんで、そんなこと言える。ああ、もう。智也はなぜ怒らない。助けてくれたのに「ありがとう」の言葉もかけず睨み付けたっていうのに。
 そう思ったのに、口から出て来た言葉は「いいから放っておいてくれよ。うるさいんだよ」だった。





 そうだ、あの頃は幽霊も神様の姿も見ることが出来ていた。見えなくなったのはその後からだ。いじめっ子三人組の言葉で智也のことを避けるようになってから自分の周りの景色が一変した。見えていたものが見えなくなって光りを失った気分だった。最初はどうにも気分がよくなかったのに、いつの間にか見えないことが普通になっていた。

 智也は自分がどんなに避けようとしても、いつもの笑顔で挨拶してきた。気遣ってくれていた。どんだけ良い奴なのだろうと思いつつ、なかなか元のように仲良く出来なかった。気まずさがそうさせた。智也の笑顔に前みたいに応えればすぐに元通りになったはずなのに。

 そうそう、そんなときだ祖母が『智也と喧嘩をするんじゃないよ』と話してきたのは。
 祖母はちょっとした異変にも気づく人だった。仏様が教えてくれるなんて話してくる。きっと本当のことだろう。
 自分もそうだったからわかる。今は、何も感じなくなってしまったけど。
 智也と仲直り出来たのは、祖母のおかげでもある。智也は仲が悪くなったと思っていなかったみたいだけど。

 智也、ごめん。心の中でつい謝ってしまった。すべて自分が悪い。
 馬鹿だった。子供だった。今も子供かもしれないけど。

 そういえば、智也はなんであんなに自分のことを思ってくれたのだろうか。愛していたとか。いやいや、きっとそうじゃない。親友としては好きだったのだろう。たとえ智也が同性愛者だとしても今だったら無下に扱ったりしない。実際にどうなのか今となってはわからないけど。
 そんなことを考えていたら再び、記憶の引き出しが開かれた。

 あれ、これって。

 智也とこころを背にして自分が誰かを睨み付けている。そんなイメージが頭に浮かんできた。幼稚園くらいだろうか。小学低学年くらいだろうか。

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