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第7章 パッと咲いた笑顔の便り
(7-9)
しおりを挟む「これは、美味そうだ」
颯はまずなめこ汁を一口飲み、「美味い。出汁がきいている」と満面の笑みになった。
その笑顔にホッとする。
赤魚の竜田揚げはどうだろう。きんぴらごぼうはどうだろう。ごぼうと人参は少し太めに切って食べ応えある感じにしてみたけど、颯の反応がすごく気になってしまう。
「きんぴらも美味い。歯ごたえもあるし、このピリ辛いいね。魚も美味い。これは何の魚だろう」
「赤魚よ。竜田揚げにしてみたの」
「赤魚か。うん、これも美味い。ほうれん草のお浸しもいい。お浸し好きなんだ。というか、好きな物ばかりだ」
「それはよかった」
結衣に好みの味付けと好物を訊いていてよかった。
「梨花さんは料理上手なんだね」
もう最高。今の自分にはその言葉が一番のプレゼント。
「うれしい。ありがとう」
颯はきれいに完食してくれた。もちろん、自分も完食。我ながらうまくできたと思う。最高のできだ。
しばらくゆっくりしたあと梨花はすみれの話をした。
難しい問題だと颯は話していた。
確かにそうだ。一番いいのは、仲良くみんなで一つ屋根の下で暮らすことだと思うとも話していた。努の母親とすみれが実の母親みたいな関係になれたらいいのに、なんてことも話していた。
確かにそうだ。なかなかそうなれないだろうとは思う。ざっくばらんな性格なら難しくないのか。すみれはどうだろう。
そうではないにしても、なにかきっかけがあればいいのか。
「颯さん、私も颯さんのお母さんと仲良くできるかな」
「んっ、そうだな。うちの母さんはのんびり屋だし梨花さんと似たところもあるかもしれないな。気が合うと思うよ」
のんびり屋か。
ふとタンスの横に目がいき洋服が落ちてグシャグシャになっていることに気づき、ハッとする。
まずい、だらしない女だと思われたらどうしよう。気づかれているだろうか。あれを見て、のんびり屋だなんて口にしたとしたら。
ああ、もうなんで片づけなかったのだろう。あれを見て、のんびり屋だとは思わない。料理のことで頭がいっぱいだったせいだ。
失敗した。
片づけたつもりだったのに。あんなに大きな忘れ物をしていたなんて、最悪。
颯は結局、グシャグシャの洋服には触れずにすみれについての話をしていた。気づかなかったのか、気づいたが気づかないふりをしてくれたのかわからない。
今更、どうしようもない。取り返しがつかない。
ぐしゃぐしゃの服のことは忘れよう。
違う。こっそり片づけて、なかったことにしよう。
他は綺麗になっている。気づいていたとしても、たまたまだろうと思ってくれたと信じよう。
「あの、ビールでも飲む」
「あっ、飲みたいけど、車だしやめとくよ」
「そうか、わかった」
一緒に飲めばいいムードになると思ったんだけど、しかたがないか。諦めよう。
颯は「そろそろ帰るよ」と口にした。
そろそろか。
時間が経つのって早い。
立ち上がると、振り向きざま「また来るからさ」の言葉とともに、頬にキスをしてきた。
えっ、なに。そんな不意打ち。
梨花は顔が火照っていくのを感じて「待っているね」とだけ告げて見送った。
自分にはこんな幸せ気分味わえないと思っていたのに。
なぜか、ツバキの顔がふと浮かんだ。
ツバキが颯と出会わせてくれたようなものだ。間接的だとしてもそう言える。
ツバキに感謝だ。
庄平と節子にも感謝しなきゃ。
だからこそ、二人の孫のすみれにも幸せになってもらわなきゃ。庄平と節子が笑顔になれるように。何ができるだろうか。大きなお世話って思われないようにしないといけない。そう考えると、できることって何だろうと首を捻るばかりだ。
見守ることしかできないのだろうか。
そう思いつつも、頭の中では颯のキスの記憶でいっぱいになっていく。
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