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第6章 心の雨には優しい傘を
(6-8)
しおりを挟む「出来たぞ、今日は楓ちゃんが好きなクリームシチューにしたんだが、どうだろうか」
楓が一口食べて「ママのよりおいしい」と満面の笑みで口にして、すぐに「ママのもすごくおいしいんだよ」と付け加えた。
「楓、いいのよ。気を使わなくて。これ、本当に美味しいもの」
「えへへ」
なんだろう。楓の笑顔を見ていたら、目頭が熱くなってきちゃった。
梨花は必死に涙を堪えてシチューを味わった。
彩芽と楓の心情で、あんな笑顔を見せられるなんて。
ダメだ。涙が。
シチューは美味しいけど、自分の心を誤魔化すことはできない。
ふいに、噂好きのおばさんの言葉を思い出してしまい、胸の痛みが重石で倍増された気分になった。
どう考えたって噂は嘘だ。このふたりを見ていればわかる。
「あれ、梨花ちゃんが泣いちゃった。どうしたの」
楓が立ち上がって「泣かないで。よしよし」と優しく頭を撫でてきた。
ああ、もう堪えきれない。こんなにも涙もろかったっけ。
「あはは、美味し過ぎて涙がでちゃったの。おかしいね」
「そうか、そうか。そんなに美味しかったか。こんなに嬉しいことはない。高級料理店のコックだって、なかなかこんな体験できないぞ」
頭を掻きながら庄平がニコニコしていた。
「しょうがないねぇ。確かに美味しいけどさ。泣くことはないだろう」
「そっか、泣くほど美味しいクリームシチューだったんだね」
楓は椅子に座り直して、シチューを口に運ぶたびに「うんうん、美味しい、美味しい」と頷き食べ続けた。
楓は美味し過ぎて泣いたと信じてくれたのだろうか。そうだとしたら庄平と節子のおげだ。庄平と節子に目を向けると、微笑み小さな頷いた。
二人はやっぱり助け舟を出してくれたのだろう。
彩芽と楓のことで泣いたなんて言えるわけがない。
それにしても、優しくていい子だ。なんで、こんな子が虐められなきゃいけないのだろう。
「ニャニャッ」
ツバキがテーブルの下から覗き込んでいた。そうかと思うとピョンと飛び跳ねて膝上に乗り頭を擦り付けてくる。
「ツバキ、大丈夫よ」
梨花の言葉に再びツバキがみつめてくる。
「ツバキ、梨花ちゃんはね。涙もろいだけだから大丈夫だねぇ」
節子の顔をツバキはチラッと見遣り、すぐにこっちに向き直る。なんだかツバキを抱きしめたくなってしまった。まったくなにをしているのだろう。湿っぽくさせてしまった。
本題に入るまでは、みんなで和気藹々と食事したかったのに。
「小百合婆ちゃん、どういうことなの? ねぇ、『カンジュセイ』ってなーに。『カンジョウイニュウ』ってなーに」
突然、楓が上のほうに目を向けて話しかけていた。
小百合がいるの。見上げてみても姿は見えない。
そうだ、小百合なら何か知っているかもしれない。誰が噂を流したのかも突き止めているかもしれない。泣いている場合じゃない。
「ふーん、そうなんだ」
楓はひとり頷いている。
いったい何を話しているのだろう。
感受性とか感情移入ってもしかして自分のこと。
「楓は大丈夫だよ。小百合婆ちゃんの言う通りにして頑張っているから」
「ねぇ、楓ちゃん」
「なーに」
「小百合さんと何を話しているのかな」
梨花はどうにも気になって訊ねた。
「うんとね。あのね。うーん、みんなやさしいってことかな」
んっ、よくわからない。誤魔化そうとしているのかも。小百合がそう話すように仕向けたのだろうか。そう思っていたら楓が椅子からぴょこんと下りて、こっちにやってきて手招きをする。
梨花は楓に顔を近づけた。
「あのね、あとで梨花ちゃんとお話したいことがあるの」
楓の囁く声に混じって「わたしも一緒だろう」との声を確かに耳にした。
今、確かに小百合の声がした。懐かしい声だ。また泣いてしまいそうだ。
なぜ、聞こえたのだろう。
「楓、どうしたの」
「えへへ、ナイショだよ」
「ええ、内緒なの」
「うん、ママにも内緒なの。今はね」
いったいなんの話をしたいのだろう。やっぱり今回の噂話と関係ある話なのだろうか。もしかしたら、楓ではなく小百合が話をしたがっているのかもしれない。ふとそんな考えが浮かんだ。
みんなが一緒にいたらできない話なのだろうか。
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