猫縁日和

景綱

文字の大きさ
上 下
73 / 107
第6章 心の雨には優しい傘を

(6-8)

しおりを挟む

「出来たぞ、今日は楓ちゃんが好きなクリームシチューにしたんだが、どうだろうか」

 楓が一口食べて「ママのよりおいしい」と満面の笑みで口にして、すぐに「ママのもすごくおいしいんだよ」と付け加えた。

「楓、いいのよ。気を使わなくて。これ、本当に美味しいもの」
「えへへ」

 なんだろう。楓の笑顔を見ていたら、目頭が熱くなってきちゃった。
 梨花は必死に涙を堪えてシチューを味わった。
 彩芽と楓の心情で、あんな笑顔を見せられるなんて。

 ダメだ。涙が。
 シチューは美味しいけど、自分の心を誤魔化すことはできない。
 ふいに、噂好きのおばさんの言葉を思い出してしまい、胸の痛みが重石で倍増された気分になった。
 どう考えたって噂は嘘だ。このふたりを見ていればわかる。

「あれ、梨花ちゃんが泣いちゃった。どうしたの」

 楓が立ち上がって「泣かないで。よしよし」と優しく頭を撫でてきた。
 ああ、もう堪えきれない。こんなにも涙もろかったっけ。

「あはは、美味し過ぎて涙がでちゃったの。おかしいね」
「そうか、そうか。そんなに美味しかったか。こんなに嬉しいことはない。高級料理店のコックだって、なかなかこんな体験できないぞ」

 頭を掻きながら庄平がニコニコしていた。

「しょうがないねぇ。確かに美味しいけどさ。泣くことはないだろう」
「そっか、泣くほど美味しいクリームシチューだったんだね」

 楓は椅子に座り直して、シチューを口に運ぶたびに「うんうん、美味しい、美味しい」と頷き食べ続けた。
 楓は美味し過ぎて泣いたと信じてくれたのだろうか。そうだとしたら庄平と節子のおげだ。庄平と節子に目を向けると、微笑み小さな頷いた。

 二人はやっぱり助け舟を出してくれたのだろう。
 彩芽と楓のことで泣いたなんて言えるわけがない。
 それにしても、優しくていい子だ。なんで、こんな子が虐められなきゃいけないのだろう。

「ニャニャッ」

 ツバキがテーブルの下から覗き込んでいた。そうかと思うとピョンと飛び跳ねて膝上に乗り頭を擦り付けてくる。

「ツバキ、大丈夫よ」

 梨花の言葉に再びツバキがみつめてくる。

「ツバキ、梨花ちゃんはね。涙もろいだけだから大丈夫だねぇ」

 節子の顔をツバキはチラッと見遣り、すぐにこっちに向き直る。なんだかツバキを抱きしめたくなってしまった。まったくなにをしているのだろう。湿っぽくさせてしまった。

 本題に入るまでは、みんなで和気藹々わきあいあいと食事したかったのに。

「小百合婆ちゃん、どういうことなの? ねぇ、『カンジュセイ』ってなーに。『カンジョウイニュウ』ってなーに」

 突然、楓が上のほうに目を向けて話しかけていた。

 小百合がいるの。見上げてみても姿は見えない。
 そうだ、小百合なら何か知っているかもしれない。誰が噂を流したのかも突き止めているかもしれない。泣いている場合じゃない。

「ふーん、そうなんだ」

 楓はひとり頷いている。
 いったい何を話しているのだろう。
 感受性とか感情移入ってもしかして自分のこと。

「楓は大丈夫だよ。小百合婆ちゃんの言う通りにして頑張っているから」
「ねぇ、楓ちゃん」
「なーに」
「小百合さんと何を話しているのかな」

 梨花はどうにも気になって訊ねた。

「うんとね。あのね。うーん、みんなやさしいってことかな」

 んっ、よくわからない。誤魔化そうとしているのかも。小百合がそう話すように仕向けたのだろうか。そう思っていたら楓が椅子からぴょこんと下りて、こっちにやってきて手招きをする。
 梨花は楓に顔を近づけた。

「あのね、あとで梨花ちゃんとお話したいことがあるの」

 楓の囁く声に混じって「わたしも一緒だろう」との声を確かに耳にした。
 今、確かに小百合の声がした。懐かしい声だ。また泣いてしまいそうだ。

 なぜ、聞こえたのだろう。

「楓、どうしたの」
「えへへ、ナイショだよ」
「ええ、内緒なの」
「うん、ママにも内緒なの。今はね」

 いったいなんの話をしたいのだろう。やっぱり今回の噂話と関係ある話なのだろうか。もしかしたら、楓ではなく小百合が話をしたがっているのかもしれない。ふとそんな考えが浮かんだ。
 みんなが一緒にいたらできない話なのだろうか。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

王子様な彼

nonnbirihimawari
ライト文芸
小学校のときからの腐れ縁、成瀬隆太郎。 ――みおはおれのお姫さまだ。彼が言ったこの言葉がこの関係の始まり。 さてさて、王子様とお姫様の関係は?

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

お料理好きな福留くん

八木愛里
ライト文芸
会計事務所勤務のアラサー女子の私は、日頃の不摂生がピークに達して倒れてしまう。 そんなときに助けてくれたのは会社の後輩の福留くんだった。 ご飯はコンビニで済ませてしまう私に、福留くんは料理を教えてくれるという。 好意に甘えて料理を伝授してもらうことになった。 料理好きな後輩、福留くんと私の料理奮闘記。(仄かに恋愛) 1話2500〜3500文字程度。 「*」マークの話の最下部には参考にレシピを付けています。 表紙は楠 結衣さまからいただきました!

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

処理中です...