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第6章 心の雨には優しい傘を
(6-6)
しおりを挟む「楓、話してくれないかな」
じっとみつめてくる楓の瞳が潤んでいた。
「ママ、だいじょうぶだよ」
「大丈夫って」
「あはは、ごめん。ちょっと驚かせたかっただけ。なにもないよ」
楓はそう話すと二階に上がって行ってしまった。どうしたらいいのだろう。麻沙美のところに行って話したほうがいいのだろうか。それとも、花屋の節子たちのところで相談したほうがいいだろうか。
夜の仕事なんてしなきゃよかった。
思ったほど客は多くないし生活が楽になっているわけじゃない。スーパーのレジでもして細々と暮らしていったほうが、楓を悲しませることはなかったのかもしれない。そうだとしても変な噂が付き纏うことだってある。
なにが正解かなんて誰にもわからない。
「修也さんがいてくれたなら……」
彩芽は思わず呟いてしまった。ダメダメ、弱気になったらいけない。そうよ、小百合が幽霊として見守ってくれているのなら、修也もまた見守ってくれているはず。
大丈夫、ひとりじゃない。楓のためにも頑張らなきゃ。
花屋のみんなが味方してくれているじゃない。それだけでも救いだ。
ふと仏壇に目を向けると、飾ってある修也の写真が笑ったように映った。ハッとして仏壇に近づき、「修也さん、お願い。楓を守ってあげてね」と話しかけていた。
そうだ、今度お墓参りに行こう。
花屋『たんぽぽ』で花を買って楓と行こう。もしかしたら、修也の声も楓が聞き取ってくれるかもしれない。
なんでだろう。いつの間にか、楓が幽霊を見えるって信じている。
花屋のみんなの影響だろうか。
それにしてもあの花屋の人達って、なんであんなにあたたかいのだろう。楓がお世話になっているのは前から知っていた。あそこへ行くようになってから楓の笑顔が増えたのも事実だ。
父親が亡くなって、沈んでいた楓が笑顔を取り戻すきっかけになったのがあの花屋だ。そうそう、小百合の存在もそうだ。
そういえば、楓は変なことを話していた。
猫のツバキが、花屋のことを教えてくれたなんて。
猫が教えるなんて、ありえない。そう思うのに、どこかでそんな不思議があってもいいとも考えていた。
あのときは冗談だと思っていたけど、もしかしたら楓は動物の言葉までわかるのだろうか。幽霊が見えるのなら、動物の言葉だって。
いやいや、さすがにそれはないか。
信じたい気持ちと、ありえないとの気持ちが鬩ぎ合っている。
チリーーーーーン。
突然、仏壇の鈴が鳴った。
なに、どういうこと。
「修也さん、もしかしているの」
彩芽は自分で言っておかしくなった。そんなはずはない。亡くなって三年になる。いたのならもっと早く意思表示するはず。それに楓がなにも言っていない。
もしここにいるのなら「パパがね」なんて話すはずだ。小百合のときみたいに。
まったく馬鹿なこと考えてしまった。いろんなことがあり過ぎたせいかもしれない。きっと疲れているのだろう。
このままだと病んでしまいそう。
やっぱり花屋『たんぽぽ』に行こう。あそこは癒しの空間だ。花屋に一緒に行こうって言えば、きっと楓も喜ぶはず。
楓のためにも自分のためにも早くこの問題を解決させよう。じっと我慢すればいいなんて思っていたことが間違いだった。
彩芽はゆっくりと階段を上がっていくと「楓、大丈夫。あのね、明日、また花屋に行かないかな」と声をかけた。
部屋の扉が開くと「本当に。たんぽぽに行くの。明日行くの」と楓が問い掛けてくる。
「本当よ。楓、行きたいでしょ」
「うん、行きたい」
楓の瞳が赤くなっている。きっと泣いていたんだ。我慢しなくていいのに。なんだか昔の自分を見ているみたい。
『修也さん、楓を見守ってあげてね』
楓をギュッと抱きしめてそう願った。
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