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第6章 心の雨には優しい傘を
(6-5)
しおりを挟む「楓、みんないい人ね」
「うん、そうでしょ、そうでしょ。だから、また行っていいでしょ」
「そうね。行くときは車に気をつけていくのよ」
「うん、わかった」
「けど、楓は大丈夫」
「うんとね……。だいじょうぶ。だって、小百合婆ちゃんが。あっ、ごめんなさい」
彩芽はフッと笑みを浮かべて「楓、謝らなくていいのよ。ママはね。正直、怖かったの。だって、亡くなった人だもの。見えないのにいるって怖いでしょ。ママの言っていることわかるかな」と楓の頭を撫でた。
「うーん、ママは小百合婆ちゃんが見えないから怖いのか。でもね、怖くないよ」
「そうね、毒舌お婆さんなんて周りで言われていたけど、小百合さんよりよっぽど周りの人達のほうが酷いことを話しているものね。怖いのはその人達よね」
そう、近所の人たちの輪に入っていけない。悪口ばかりの集まりに行くなんてできなかった。それでも、最初はよかった。出先で会うと『女手一人で大変でしょ』なんて言ってくれていた。いつからだろう変わってしまったのは。
そうだ、あの人が引っ越して来てからだ。あの人だなんて他人行儀なこと言ってはいけない。崎本麻沙美は高校のときの先輩だ。
麻沙美が噂を流したのだろうか。そんなことするとは思えない。きっと違う。別の誰かだ。
本当にそう言い切れるだろうか。高校時代はそうだったかもしれないけど、人は変わることもある。そんなこと思いたくない。
ダメ、疑うなんてダメ。でも……。
考えれば考えるほど、そう思ってしまう。そんな自分が嫌になってくる。それこそ、面白おかしく噂話をするママ友たちと変わらない。
麻沙美はいつも親身になってくれていた。そうよ、高校時代も味方してくれていた。実はその頃、軽い虐めにあっていた。ニュースで流れているような虐めに比べたらたいしたことはされていない。麻沙美のおかげなのかもしれないけど。
こないだだって楓のことを息子が虐めてしまったと謝ってくれた。正直に話してくれたのだから麻沙美は、きっといい理解者になってくれるはず。なのに、麻沙美の良からぬ噂を耳にした。きっと自分と同じ。麻沙美の噂話も嘘だろう。
それなら誰があんな根も葉もない噂を流したというのだろう。
わからない。やっぱりママ友の誰かなのだろうか。
付き合いが悪い人は嫌いだから貶めてやれってことだろうか。
たまたま麻沙美が引っ越してきたタイミングと重なっただけだろうか。それともまったく知らない第三者なのだろうか。そうとは思えない。そんなことをされる覚えはないのだから。
どうしても、悪いほうに考えが向いてしまう。
溜め息が零れ落ちる。
軽く頬を叩き、笑顔でいなきゃと言い聞かせる。そうじゃなきゃ、楓も暗くなってしまう。そうだ、明日は店を休んで楓とどこかへ出かけよう。
「幽霊さんって思っているほど怖くないよ。だからね、だいじょうぶだよ」
ほら、ちょっと考え事していただけで楓が心配してくれている。小百合のことを怖がっていると勘違いしているみたい。
「楓は優しいね。大丈夫よ、お母さんは、もう怖くなんかないから」
「ほんとうに」
「本当よ。だって楓が傍にいてくれるんだもの」
楓がニコリとする。そう、この笑顔だ。この笑顔でいてほしい。そのためにも頑張らなきゃ。
「そうだ、楓は悠太くんとは仲良くしているの」
「えっ、ユウタくん」
「そう、麻沙美さんのところの悠太くんよ」
「知っているよ。楓ね、あのね……。ユウタくんのこと……」
どうしたのだろう。悠太と何かあったのだろうか。まさか、まだ虐められているのだろうか。麻沙美は、もう叱ったから大丈夫よって話していた。あれは嘘なのだろうか。
彩芽は胸の奥に仄暗い嫌なものが溜まっていった。
やっぱり麻沙美が噂を流した張本人なのだろうか。彩芽はすぐに首を振って、嫌な考えを振り払った。
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