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第5章 トラブルは突然に
(5-12)
しおりを挟む「あの、どうしたんですか」
「いや、あの。誰かが押したんですよ。けど、誰もいないですよね」
楓がひとりクスクスと笑っていた。もしかして、小百合の仕業なのか。
「楓ちゃん、今のって小百合さん?」
「うん、あのね。『ほら、さっさとプロボーズするんだよ』だって」
颯はその言葉に顔を赤らめて「プ、プロ、プロポーズだなんて」と口籠っていた。
「いるのかい、小百合さん。そんな意地悪言うもんじゃないよ。まだ、付き合ってもいないのにプロポーズはないだろう」
節子が楓に小百合の場所を教えてもらい笑いながら話す。節子は幽霊の存在を信じているみたい。
楓は見えない相手に頷き、こっちに向いて話し出す。
「うん、わかった。小百合婆ちゃんがね。『事件は解決したんだろう。ここで言わなきゃ男がすたるってもんだろう。わたしはハッピーエンドが大好きなんだよ。最後はやっぱりウェディングベルを聞いて、めでたし、めでだしが一番さ』だって」
梨花は颯と目を合せた。心の中で梨花は『私はいつでもOKですよ』と呟いた。
颯は気持ちを感じ取ってくれたのか、真剣な顔をして口を開いた。
「梨花さん、実は一目惚で、あの……僕と付き合ってください。一生守ります。幸せにします。愛しています。よろしくお願いします」
颯の手が前に出される。
心臓の鼓動が身体全体に響き渡る。耳元に心臓が貼り付いているみたいに傍で鼓動を感じた。こんなに幸せな気分になったのは、はじめてだ。
これは夢なの。違う。現実だ。
ツバキが足元でスリスリとしてきた。
後ろで節子が小声で「返事はどうしたんだい」と促してくる。
そうだ、返事しなきゃ。
「あの、わ、私。えっと、よろしくお願いします」
梨花は颯の差し出された手に重ね合わせて、深々とお辞儀をする。ほぼ同時に、颯も「こちらこそ、よろしく」と頭を下げた。
梨花と颯の頭がぶつかり、鈍い音をあげた。
「いたーい」
頭を抱える梨花。颯も頭を押さえて蹲っている。
「おやおや、何をしているんだい」
「梨花ちゃん、おかしい。あっ、小百合婆ちゃんが『まったくお馬鹿さんだねぇ。怪我しなかったかい』だって」
もう、お馬鹿さんはないでしょ。ああ、もう、なんでこうなるかな。
「えっ、小百合婆ちゃん。なに、えっ、知っているよ。わかった」
今度は何。
「どうしたんだい、楓ちゃん」
節子の問いに「えへへ」と笑う楓。
「それじゃ、小百合婆ちゃんが歌ってって言うから歌うよ」
可愛い声で楓は『おつかいありさん』を歌い出したのだが、ありさんのところを『梨花ちゃんと颯さんと、こっつんこ』と歌詞を替えていた。
楓の歌でみんなが笑い出す。
みんなの笑い声がこだまする。その中、梨花も笑みを浮かべた。
なんだろう、この感じ。
恥ずかしく思う自分と、嬉しく思う自分が同居している。
颯を見遣ると、苦笑いを浮かべていた。庄平は声を上げて笑っている。節子はあたたかな眼差しを向けて、微笑んでいる。
楓はツバキを抱き上げて、笑顔で身体を揺らしている。ツバキは逃げずに、されるがままだった。楓の母親はちょっと困り顔でいたがしばらくすると、少しだけ頬が緩んだ気がした。
結衣はというと腹を抱えて笑っていた。一番、笑っているかも。
結衣が笑顔になったのならまあいいか。
頭は痛いけど、結果的によかったのかも。
「楓ちゃん、かわいいね」
颯が耳元で囁いた。
梨花はニコリとして微笑むと、颯が続けて「梨花さんがよければ結婚したいと思っているからさ。付き合ってもいないのにそんなこと言うのはどうかと思うけどね」と囁き、幸せ過ぎて涙が零れ落ちた。
黄色くて丸い小さな花ホタルがふと脳裏に浮かんだ。
なぜだろう。あの花がきっかけだったからだろうか。花言葉なんて勝手に人が作った言葉だ。そう思えた。いや、そうじゃないのだろうか。そういえば、昨日見た花ホタルは枯れていた。
花ホタルが枯れたと同時に『はかない恋、失われた希望、恋の苦しみ』との花言葉も枯れたのかもしれない。
「ねぇ、梨花ちゃん。なんで泣いているの。悲しいの」
つぶらな瞳が覗き込み、目尻を下げて梨花は呟いた。
「楓ちゃん、嬉し泣きってあるのよ」
「ふーん、そうなんだ。じゃ、おめでとうだね」
「そうだねぇ。梨花さん、おめでとさん」
節子が頷き、肩をポンと軽く叩いてきた。
「楓ちゃんも、節子さんもありがとう。みんなも、ありがとう」
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