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第5章 トラブルは突然に
(5-8)
しおりを挟む「梨花さんは、夕飯を食べていくだろう」
「えっ、あ、はい」
「本当に嫌な世の中になったものだねぇ」
「さてと、夕飯の準備をしようか」
庄平が立ち上がりキッチンへと向かった。
ふと残されたピンクの胡蝶蘭に目が向き、溜め息を漏らす。
「節子さん、この胡蝶蘭はどうするんですか」
「どうしたものかねぇ。花に罪はないからねぇ。うちで育てようかねぇ」
「そうですよね。捨てるわけにはいかないですもんね。こんなに綺麗だし花がかわいそう」
「かわいそうかい。そう思ってくれたらこの胡蝶蘭も喜んでくれているだろうねぇ」
それにしても胡蝶蘭を置いていくストーカーってどんな人だろう。お金持ちなのだろうか。ピンクの大輪三本立てだ。これってたぶん二万円以上はする。
梨花は胡蝶蘭を見ていてふと思った。ストーカーが贈りものをするときって、盗聴器とかもしかけていたりしないのだろうか。人形とかに仕込むことはあるらしいけど、花には難しいか。胡蝶蘭を覗き込み見回してみたがそれらしきものはない。
「梨花さん、どうしたんだい」
「もしかしたら、盗聴器とか仕込まれているんじゃないかって思って」
「盗聴器?」
節子はそう聞くなり胡蝶蘭を調べ始めた。梨花ももう一度一緒に見はじめる。
「なさそうですね」
「そうだねぇ。けど、ここなら隠せるんじゃないかい」
節子が指差したのは花の下の植木鉢の部分だった。確かに、仕込むならそっちのほうが確実だ。ラッピングを解き植木鉢の底をまず調べたが何もなかった。
中だろうか。節子と目を見合わせて頷くと、節子は別の植木鉢を持ってきて胡蝶蘭を傷つけないように植え替えた。
結局、盗聴器は見当たらなかった。
杞憂だったろうか。
「あっ、梨花さん」
節子が肩を叩いて、植木鉢を指差した。
「どうしたんですか」
「これ、二重底になっているよ」
なんて巧妙なのだろう。
盗聴器は隠されていた。
まさか、こんなことまでするなんて。ここへ持ってきたのは正解だった。そのまま颯の家に置いてあったとしたら盗聴されていただろう。
許せない。何が何でも早く捕まえてもらわなきゃ。
ふと隣へ目をむけると、横にツバキが寄って来ていた。
「ツバキも気になるよね」
ツバキは盗聴器に鼻先をつけて匂いを嗅いでいたかと思うと、そっぽを向いてしまった。もしかしたら嫌な匂いでもしたのかもしれない。犯人の匂いだろうか。
「ツバキ、犯人の匂いする?」
チラッとこっちを見たがすぐに丸くなって寝てしまった。
んっ、尻尾を小刻みに動かしている。
「ツバキ、大丈夫よ。ストーカーをみつけてなんて言わないからさ」
「ニャッ」
顔だけ向けて上目遣いで覗き込むようにして返事をするツバキ。ツバキを不安がらせてしまった。梨花は「ごめんね」と背中を撫でる。動きは小さいが早く尻尾を動かしている。不安になったサインだ。
警察犬はいても警察猫がいないのも頷ける。
猫に『犯人を追え』なんて叫んだところで『なんですか』みたいに知らんぷりされるのがオチだ。適性があるからしかたがない。
イライラモードになってしまったら毛繕いをしはじめるかもしれない。それならまだいい。丸くなって寝てしまって声をかけても無視を決めこみ、『うるさいな』とばかりに尻尾をブンブン振るかもしれない。それは、やりませんよと意思表示だ。
犬と違って猫がブンブン尻尾を振るときは不機嫌なときだから気をつけなきゃいけない。無理強いさせたら、シャーと猫パンチが飛んでくる恐れもある。意外と知らない人が多い。
ゆっくり、ゆらゆら大きく振っていたらリラックスしている証拠。ほら、今のツバキがそうだ。そうそう尻尾の先だけ小さく動かしていたら『動きたくないから放っておいて』のサインだ。
ここへ来て、猫のことも勉強になったかも。花屋の店員として、いろいろと覚えなきゃいけないのに何をしているのだろう。
大丈夫、頑張るだけ。
「ニャニャ」
「ツバキ、ありがとうね」
なんとなく、ツバキに応援されている気がしてお礼を言ってしまった。
ツバキのおかげで少しだけ気持ちが落ち着いた気がする。
実家の猫は元気だろうか。十歳くらいになっているはず。あっ、今はそんなこと考えている場合じゃなかった。
結衣のストーカー問題だ。
そうだ、盗聴器がみつかったってことは警察も捜査してくれるはず。これって犯罪でしょ。あれ、違うのだろうか。誰かが変なこと話していた気がする。テレビで観たのだろうか。
盗聴しただけじゃ罪に問えないとかなんとか。盗聴器を仕掛けるときに家宅侵入したら罪に問えるけどそうじゃなかったらダメだとか。うーん、どうだったろう。
それに帽子とマスク姿の男がやったって証拠はないのか。録音していたわけじゃない。そんなこと言っていないと言われれば、それまでだ。
その前に誰だかもわかっていない。それは警察が調べるだろうけど。どちらにせよ、結衣に盗聴器のことは知らせておこう。
今はストーカー規制法がある。大丈夫、それだけで十分犯罪行為だ。
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