猫縁日和

景綱

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第4章 花ホタルの花言葉

(4-11)

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 よし、ここからだ。
 結衣は、バスを降りて再びスマホの地図アプリを表示する。

 道案内の表示がされているけど、どっちへ行けばいいのだろう。

 右、左、どっち。

 まずい、わからない。ちょっと歩けばわかるだろうか。ここからだと、歩いて三分と表示されている。近いのに、どっちへ行けばいいの。逆方向へ行ったらどうしよう。

 えっと、うーん。
 地図を見ても表示されている地図の上がどっち方向なのかわからない。もうなんで使いこなせないのだろうか。時間の余裕はあるけど、気が焦る。

 あっ、あそこのコンビニで訊いてみよう。それがいい。
 やっぱり、頼れるのは人だ。

 結衣はコンビニ入るなり、花屋『たんぽぽ』の場所を尋ねた。けど、店員は首を捻るばかり。なんで知らないの。このへんの人じゃないのか。近所でも知らないってことはあるか。しかたがないので、レモンティーを買って外へ出た。

 スマホをもう一度取り出して、地図アプリを開く。再チャレンジしてやる。

 うーん……。あっち、いや、そっち。

 自分は、生まれながらの迷子の星なのかもしれない。

 まったく、何を馬鹿なこと言っているのだろう。花屋『たんぽぽ』に行くんでしょ。
 そういえば、早坂総合病院に行く途中って颯兄そうにいは話していた。それなら、早坂総合病院のほうへ向かえばいいんじゃない。バスで走っていて、それらしき花屋はなさそうだった。見逃している可能性もあるけど、大丈夫。きびすを返して、コンビニ店員に病院の場所を確認する。さすがに病院の場所は知っていた。

 店員に手を合わせて「ありがとうございます」と梨花はコンビニの外へ出る。

 よし、右にまっすぐね。

 まっすぐなら、きっと大丈夫。そう思って、結衣は訊くまでもなかったことに気がづいた。バスが走っていったほうへ行けばよかっただけじゃない。
 なんだか情けない。

「ニャッ」

 えっ、何。いつの間にか足元に一匹の猫がいた。

「うわ、可愛い」

 結衣はしゃがみ込み、頭を撫でてあげる。喉を鳴らしちゃって、人懐っこい猫だ。どこかの家の飼い猫だろうか。それとも野良猫だろうか。

「ねぇ、サバトラちゃん。うちの子になる? いきなりそんなこと言われても困るわよね」

 サバトラ猫だからってサバトラちゃんはないか。いや、その前に猫に話しかけている自分ってどうなのだろう。変な目で見られているかも。
 そんなの気にしない。猫はきっと人の言葉を理解している。そう思う。

 あれ、この子なんだかじっとみつめてくるけど、何を考えているのだろう。そこもまたいい。猫ってどこかツンデレなところがあるから好き。

 猫の真似をしてツンデレな態度で付き合ったら、振られたなんて経験があったことをふと思い出す。忘れたい記憶だ。そんなものどうでもいい。

 あっ、猫と遊んでいる場合じゃなかった。花屋に行かなきゃ。

「ごめんね。私、用事があるのよね。そうだ、サバトラちゃん、花屋『たんぽぽ』って知らないかな」
「ニャッ」

 今の鳴き方は、知っているってことだろうか。知らないってことかも。たまたまタイミングよく鳴いただけ。きっとそうだ。猫の言葉がわかったらいいのに。あれ、そういえばどっちに行けばいいんだっけ。

「ニャニャッ」

 んっ、あっ、そうそう、右だ。猫のいる右だ。

「サバトラちゃん、ごめんね。私、行かなきゃ。花屋さんに用事があるの。じゃあね」

 結衣が歩き出すと、なぜか猫もついてきた。

「あれ、一緒に行ってくれるのかな」

 歩きながら猫に問い掛ける。それなのに猫はどんどん先へ進んでしまう。

「ねぇ、行っちゃうの」

 先に行ってしまうとなると、なんだか寂しい気もする。自分から『じゃあね』なんて言っておきながらそう思うなんて。

 すぐ先の横断歩道のところで猫は振り返り、また鳴いた。もしかして呼んでいるの。まさか道案内してくれるとか。そんなことってあるだろうか。わからないけど、どっちでもいいか。ちょっとだけなら猫に付き合うのもいいかも。まだ時間はある。

 今日は大丈夫。花屋はすぐにみつかるはず。
 猫と散歩だなんて素敵じゃない。結衣は横断歩道のほうへと歩みを進めた。信号は青だ。進めだ。

「じゃ、行きましょう。サバトラちゃん」

 あっ、でもどっちへ行けばいいか、わからなくなったらどうしよう。結衣は一瞬そう思ったのだが、まあいいかと猫と一緒に歩き出す。

 なるようになるさ。
 それが結衣のモットーだ。そうだっけ。


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