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第3章 花屋『たんぽぽ』に集う
(3-2)
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「よし、それなら楓ちゃんには、お掃除してもらおうかねぇ。ちょっと、葉っぱが散らかっているからねぇ」
「うん、お婆ちゃん。楓、いっぱいいっぱい、がんばっちゃうよ」
梨花は、ふたりの会話と楓の振舞いに自然と笑みを浮かべた。
一生懸命、箒を使って掃きはじめる楓の姿。箒と楓の背丈が同じくらいで、なんだかほっこりする。
楓が箒で掃除をしているのか、箒が楓を操っているのか。そんな感覚にとらわれる。何にしても、微笑ましい光景だ。
「楓ちゃん、掃除が終わったらツバキのお世話をしてもらってもいいかい」
「うん、楓ね、ツバキのことね、大、大、大好きだからね。お世話できるよ」
「そうかい、そうかい。ツバキのこと、優しくするんだよ」
「うん。する、する」
こんな可愛い店員がいると、店の雰囲気も明るくなる。おっと、自分も仕事頑張らなくちゃ。楓に負けていられない。
梨花は、ふと、変なことを考えてしまった。
小さいけど、楓は先輩になるのだろうか。いや後輩か。いやいや、もともとここによく来ているみたいだから、やっぱり先輩でいいのか。そんなことを考えていたら頬が緩んだ。
「楓ちゃん、いや、楓先輩、よろしくね」
思わず、そう口にしていた。
「えっ、あの、なに、なに。『センパイ』って、なーに。それ、おいしいの」
ああ、もう。つぶらな瞳でじっとみつめないで。心が打ちぬかれてしまう。
「ねぇ、ねぇ、お姉さん。『センパイ』って、なーに。おしえて、おしえて」
いけない、いけない。落ち着いて。楓に、教えてあげなきゃ。『先輩』って言葉を知らないみたいだし。なんて説明したらいいのだろう。梨花はちょっと悩んだ。
「えっとね、先輩っていうのは……」
梨花が言葉に詰まっていたら、節子が「先輩って言うのはねぇ。そうだねぇ。楓ちゃんのほうがこの店のことはよく知っているだろう。だから、梨花ちゃんよりもこの店では偉いってことだよ」と説明してくれた。
「えええ、楓のほうがえらいってことなの。お菓子とかじゃなくて」
「お菓子じゃないねぇ。けどね、この店の中での話だよ」
「そうなんだ。よくわかんないけど、楓、まだ子供だよ。それでも、えらいの」
節子は、笑い声をあげて「年齢は関係ないんだよ」と話した。
「ふーん、おもしろいね。えっと、えっと、じゃ、じゃ、あのさ、うんとね。梨花ちゃん、がんばってね」
「はい、頑張ります。楓先輩」
楓はニコリとして、箒をレジ脇に置くと入り口脇の出窓で寛いでいたツバキのもとへ近づいていった。
本当に可愛い子だ。
ツバキに目を移すと、近づく楓にチラッとだけ目を向けて、すぐに瞼を閉じ身体を撫でさせていた。ツバキも危害は加えられないと、わかっているのだろう。もしかしたら、いつものことなのかもしれない。さっきは楓の大きな声にびっくりして、逃げていっただけなのかもしれない。
さてと、自分の仕事をやらなきゃ。梨花は楓がゴミ箱に入れた葉っぱを片付けて、裏に持っていく。
「梨花ちゃん、まだ水揚げ途中の花もあるから陳列をお願いねぇ。あっ、先に店の外の掃除を頼むよ」
まだ、水揚げ途中の花もあったのか。全部、終わったと勘違いしていた。
「ほらほら、ぼんやりしていないで外の掃除だよ」
節子の言葉に「はい」と返事をして、箒を持って外へ行く。まだまだ仕事は、はじまったばかりだ。早く仕事を覚えて、節子を楽にさせてあげなきゃ。いつのことになるかはわからないけど、やれるだけやるぞ。
「あっ、そうだ。お婆ちゃんは、なんでお店やってなかんだっけ。楓、聞いたっけ。なんだか、忘れちった」
外にいても、楓の声が飛んでいくる。
楓のツインテールが揺れて、首を傾げた姿が、窓越しに映る。
「楓ちゃん。まだ、話していなかったねぇ。それはね」
節子の声も微かに聞こえる。楓にわかるようにかいつまんで話しているようだ。
楓は、何度も頷き話を聞いている。
全部話終えたところで、楓は節子に駆け寄ると、腰のあたりを擦っていた。
「痛いの、痛いの、とんでいけぇーーー。お婆ちゃん、治った?」
「楓ちゃん、ありがとうよ。まだ、治らないけど、ずいぶんよくなったよ」
「そっか。それじゃ。もう一回。痛いの、痛いの、とんでいけったら、とんでいけぇーーー」
見ているだけで、なんだか、泣けてくる。
なんて優しい空間だろう。
ここで働くことにしてよかった。梨花は、つくづくそう思った。
あっ、掃除しなきゃと、梨花は慌てて手を動かしはじめた。
「うん、お婆ちゃん。楓、いっぱいいっぱい、がんばっちゃうよ」
梨花は、ふたりの会話と楓の振舞いに自然と笑みを浮かべた。
一生懸命、箒を使って掃きはじめる楓の姿。箒と楓の背丈が同じくらいで、なんだかほっこりする。
楓が箒で掃除をしているのか、箒が楓を操っているのか。そんな感覚にとらわれる。何にしても、微笑ましい光景だ。
「楓ちゃん、掃除が終わったらツバキのお世話をしてもらってもいいかい」
「うん、楓ね、ツバキのことね、大、大、大好きだからね。お世話できるよ」
「そうかい、そうかい。ツバキのこと、優しくするんだよ」
「うん。する、する」
こんな可愛い店員がいると、店の雰囲気も明るくなる。おっと、自分も仕事頑張らなくちゃ。楓に負けていられない。
梨花は、ふと、変なことを考えてしまった。
小さいけど、楓は先輩になるのだろうか。いや後輩か。いやいや、もともとここによく来ているみたいだから、やっぱり先輩でいいのか。そんなことを考えていたら頬が緩んだ。
「楓ちゃん、いや、楓先輩、よろしくね」
思わず、そう口にしていた。
「えっ、あの、なに、なに。『センパイ』って、なーに。それ、おいしいの」
ああ、もう。つぶらな瞳でじっとみつめないで。心が打ちぬかれてしまう。
「ねぇ、ねぇ、お姉さん。『センパイ』って、なーに。おしえて、おしえて」
いけない、いけない。落ち着いて。楓に、教えてあげなきゃ。『先輩』って言葉を知らないみたいだし。なんて説明したらいいのだろう。梨花はちょっと悩んだ。
「えっとね、先輩っていうのは……」
梨花が言葉に詰まっていたら、節子が「先輩って言うのはねぇ。そうだねぇ。楓ちゃんのほうがこの店のことはよく知っているだろう。だから、梨花ちゃんよりもこの店では偉いってことだよ」と説明してくれた。
「えええ、楓のほうがえらいってことなの。お菓子とかじゃなくて」
「お菓子じゃないねぇ。けどね、この店の中での話だよ」
「そうなんだ。よくわかんないけど、楓、まだ子供だよ。それでも、えらいの」
節子は、笑い声をあげて「年齢は関係ないんだよ」と話した。
「ふーん、おもしろいね。えっと、えっと、じゃ、じゃ、あのさ、うんとね。梨花ちゃん、がんばってね」
「はい、頑張ります。楓先輩」
楓はニコリとして、箒をレジ脇に置くと入り口脇の出窓で寛いでいたツバキのもとへ近づいていった。
本当に可愛い子だ。
ツバキに目を移すと、近づく楓にチラッとだけ目を向けて、すぐに瞼を閉じ身体を撫でさせていた。ツバキも危害は加えられないと、わかっているのだろう。もしかしたら、いつものことなのかもしれない。さっきは楓の大きな声にびっくりして、逃げていっただけなのかもしれない。
さてと、自分の仕事をやらなきゃ。梨花は楓がゴミ箱に入れた葉っぱを片付けて、裏に持っていく。
「梨花ちゃん、まだ水揚げ途中の花もあるから陳列をお願いねぇ。あっ、先に店の外の掃除を頼むよ」
まだ、水揚げ途中の花もあったのか。全部、終わったと勘違いしていた。
「ほらほら、ぼんやりしていないで外の掃除だよ」
節子の言葉に「はい」と返事をして、箒を持って外へ行く。まだまだ仕事は、はじまったばかりだ。早く仕事を覚えて、節子を楽にさせてあげなきゃ。いつのことになるかはわからないけど、やれるだけやるぞ。
「あっ、そうだ。お婆ちゃんは、なんでお店やってなかんだっけ。楓、聞いたっけ。なんだか、忘れちった」
外にいても、楓の声が飛んでいくる。
楓のツインテールが揺れて、首を傾げた姿が、窓越しに映る。
「楓ちゃん。まだ、話していなかったねぇ。それはね」
節子の声も微かに聞こえる。楓にわかるようにかいつまんで話しているようだ。
楓は、何度も頷き話を聞いている。
全部話終えたところで、楓は節子に駆け寄ると、腰のあたりを擦っていた。
「痛いの、痛いの、とんでいけぇーーー。お婆ちゃん、治った?」
「楓ちゃん、ありがとうよ。まだ、治らないけど、ずいぶんよくなったよ」
「そっか。それじゃ。もう一回。痛いの、痛いの、とんでいけったら、とんでいけぇーーー」
見ているだけで、なんだか、泣けてくる。
なんて優しい空間だろう。
ここで働くことにしてよかった。梨花は、つくづくそう思った。
あっ、掃除しなきゃと、梨花は慌てて手を動かしはじめた。
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