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第1章 猫がくれた新たな道
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んっ、雨音がする。
雨か。音だけ聞いていると、近くに清流があるみたい。
これこそ、ヒーリングミュージック。
雨音に耳を傾けて、聴き入っていると眠りへと誘われてしまう。まるで、雨の雫が奏でる子守歌。
梨花は、ゆっくり瞼を閉じる。
このまま寝てしまおうかと思った瞬間、ベランダに干した洗濯物のことを思い出して、目を見開いた。
窓の外に揺れる洗濯物。その洗濯物目がけて落ちていく雨粒。
まずい。あれじゃ、洗い直さなきゃいけないかも。
梨花は慌てて取り込みに行こうと立ち上がり、一歩踏み込んだところで足を何かに取られて膝をつく。
ああ、もう、痛い。こんなところにタオルケット丸めて置いたのは、誰。
赤くなった膝を擦り、タオルケットを睨みつける。それだけでは気持ちが収まらず、梨花はタオルケットを、ベッドへ投げつけた。
まったく、何をしているんだか。
全部、自分のせいでしょ。タオルケットがここにあったのも、転ぶのも。わかっていても、誰かに文句を言いたくなる。
梨花は、見えない誰かに向かって「もう」とだけ言い放ち、大きく息を吐き出した。
どんくさいんだから。自分がほとほと嫌になる。
あっ、洗濯物取り込まなきゃ。
すぐに立ち上がって、ピンチハンガーごと洗濯物を取り込む。匂いを嗅ぎ、濡れ具合をひとつひとつ確認していく。
大丈夫、大丈夫。
洗い直す必要はない。ホッと息を吐き、カーテンレールのところに引っかける。
すぐに気づいてよかった。
それにしても、なんで雨が降ってくるの。
天気予報では、降水確率十パーセントとかだったはず。まだ洗濯していない服はあるのに、雨だなんて最悪。天気予報をはずした予報士に文句を言ってやりたい。けど、考えようによっては十パーセントの確率で、雨が降るってことか。ハズレとは言えないのか。いや、ハズレだ。
どうしてくれるの。
そんなこと思ったところで、雨はやまないか。
窓に寄りかかるようにして降り注ぐ雨を眺めつつ、雨音に耳を傾ける。
雨音を聞くのは好きだけど、雨はやっぱり好きじゃない。
まあ出掛ける用事はないからいいけど。気長に、雨がやむのを待とう。
あっ、就活しなきゃいけないんだった。気長になんて待っていられない。履歴書も買って来なきゃいけない。証明写真もか。
早く仕事を決めて、この最悪な状況から抜け出さなきゃ。
善は急げだ。
雨になんて、負けてまたるか。
窓に当たる雨粒をみつめながら、やっぱり今日は家にいようか。雨脚が少し強くなってきたように感じるし。
違うでしょ。即行動しなきゃダメでしょ。
残高、七七七円だってこと、忘れているでしょ。
『就活、頑張れ』
梨花は自分に言い聞かせて、重い腰を上げる。
大丈夫。よく見れば、そんなに強い降りじゃない。
今のうちにホームセンターでも行って、証明写真を撮って履歴書を買ってこよう。そういえば、すぐそこのコンビニでも履歴書は売っていたっけ。近いほうがいいか。
写真は、どうする。スマホで撮っちゃえばいいんじゃない。すぐに、ダメだと思い直す。うちに、プリンターはない。
やっぱり、ホームセンター行こう。あそこなら、証明写真を撮る機械がある。
レインコートを着て、自転車を走らせる自分を想像した。
濡れるの、嫌だ。それに雨の中、行くのは面倒だ。
明日にしようか。いやいや、そんなんじゃ、どんどん堕落しちゃう。自分を変えるんでしょ。
このままじゃ、家賃滞納して水道、ガス、電気も止められて、仕舞いには餓死。
そんなの嫌だ。というか、そんな事態にはさせない。そう、意気込んでみたものの絶対にそうならないとの保証はどこにもない。
それにしたって、餓死だなんて想像が飛躍し過ぎ。
ほら、見て。
あそこに、貯金箱がある。記憶が間違っていなければ、いくらか入っているはず。
軽く振ってみると、お金の音がした。大金がここにとの期待をしてしまい、笑みが零れる。
確認してみたら、二千五百二十二円入っていた。預金額より多いことに安堵する。
よし、それなら財布はどうだろう。
五百五十二円か。
そうだ、電子マネーにいくらかあったかも。
おっ、千九百九十円あるじゃない。
もっとないかと細かくチェックしていく。
ポイントカードのポイントも使えるかもと、カードを取り出したとき、なぜか、そこから一万円札が出てきた。その瞬間、脳内でくす玉が割れて紙吹雪が舞った。
これで、少しは命が繋げられる。
大丈夫。きっと、大丈夫。
けど、一ヶ月過ごすのは厳しいか。
家賃と光熱費は滞納確定だ。謝るしかない。電気もガスも水道も、即止められることはないだろう。早いところ、仕事みつけてこの現状から脱却だ。
果たして、そんなにうまくいくだろうか。世の中、そんなに甘くない。
ああ、もう。すぐに後ろ向きにならないの。
自分に向けて『喝』と叫び、気合いを入れた。それなのに、雨降る外に目を向けたとたん、膝を抱えて背中を丸めた。
雨か。音だけ聞いていると、近くに清流があるみたい。
これこそ、ヒーリングミュージック。
雨音に耳を傾けて、聴き入っていると眠りへと誘われてしまう。まるで、雨の雫が奏でる子守歌。
梨花は、ゆっくり瞼を閉じる。
このまま寝てしまおうかと思った瞬間、ベランダに干した洗濯物のことを思い出して、目を見開いた。
窓の外に揺れる洗濯物。その洗濯物目がけて落ちていく雨粒。
まずい。あれじゃ、洗い直さなきゃいけないかも。
梨花は慌てて取り込みに行こうと立ち上がり、一歩踏み込んだところで足を何かに取られて膝をつく。
ああ、もう、痛い。こんなところにタオルケット丸めて置いたのは、誰。
赤くなった膝を擦り、タオルケットを睨みつける。それだけでは気持ちが収まらず、梨花はタオルケットを、ベッドへ投げつけた。
まったく、何をしているんだか。
全部、自分のせいでしょ。タオルケットがここにあったのも、転ぶのも。わかっていても、誰かに文句を言いたくなる。
梨花は、見えない誰かに向かって「もう」とだけ言い放ち、大きく息を吐き出した。
どんくさいんだから。自分がほとほと嫌になる。
あっ、洗濯物取り込まなきゃ。
すぐに立ち上がって、ピンチハンガーごと洗濯物を取り込む。匂いを嗅ぎ、濡れ具合をひとつひとつ確認していく。
大丈夫、大丈夫。
洗い直す必要はない。ホッと息を吐き、カーテンレールのところに引っかける。
すぐに気づいてよかった。
それにしても、なんで雨が降ってくるの。
天気予報では、降水確率十パーセントとかだったはず。まだ洗濯していない服はあるのに、雨だなんて最悪。天気予報をはずした予報士に文句を言ってやりたい。けど、考えようによっては十パーセントの確率で、雨が降るってことか。ハズレとは言えないのか。いや、ハズレだ。
どうしてくれるの。
そんなこと思ったところで、雨はやまないか。
窓に寄りかかるようにして降り注ぐ雨を眺めつつ、雨音に耳を傾ける。
雨音を聞くのは好きだけど、雨はやっぱり好きじゃない。
まあ出掛ける用事はないからいいけど。気長に、雨がやむのを待とう。
あっ、就活しなきゃいけないんだった。気長になんて待っていられない。履歴書も買って来なきゃいけない。証明写真もか。
早く仕事を決めて、この最悪な状況から抜け出さなきゃ。
善は急げだ。
雨になんて、負けてまたるか。
窓に当たる雨粒をみつめながら、やっぱり今日は家にいようか。雨脚が少し強くなってきたように感じるし。
違うでしょ。即行動しなきゃダメでしょ。
残高、七七七円だってこと、忘れているでしょ。
『就活、頑張れ』
梨花は自分に言い聞かせて、重い腰を上げる。
大丈夫。よく見れば、そんなに強い降りじゃない。
今のうちにホームセンターでも行って、証明写真を撮って履歴書を買ってこよう。そういえば、すぐそこのコンビニでも履歴書は売っていたっけ。近いほうがいいか。
写真は、どうする。スマホで撮っちゃえばいいんじゃない。すぐに、ダメだと思い直す。うちに、プリンターはない。
やっぱり、ホームセンター行こう。あそこなら、証明写真を撮る機械がある。
レインコートを着て、自転車を走らせる自分を想像した。
濡れるの、嫌だ。それに雨の中、行くのは面倒だ。
明日にしようか。いやいや、そんなんじゃ、どんどん堕落しちゃう。自分を変えるんでしょ。
このままじゃ、家賃滞納して水道、ガス、電気も止められて、仕舞いには餓死。
そんなの嫌だ。というか、そんな事態にはさせない。そう、意気込んでみたものの絶対にそうならないとの保証はどこにもない。
それにしたって、餓死だなんて想像が飛躍し過ぎ。
ほら、見て。
あそこに、貯金箱がある。記憶が間違っていなければ、いくらか入っているはず。
軽く振ってみると、お金の音がした。大金がここにとの期待をしてしまい、笑みが零れる。
確認してみたら、二千五百二十二円入っていた。預金額より多いことに安堵する。
よし、それなら財布はどうだろう。
五百五十二円か。
そうだ、電子マネーにいくらかあったかも。
おっ、千九百九十円あるじゃない。
もっとないかと細かくチェックしていく。
ポイントカードのポイントも使えるかもと、カードを取り出したとき、なぜか、そこから一万円札が出てきた。その瞬間、脳内でくす玉が割れて紙吹雪が舞った。
これで、少しは命が繋げられる。
大丈夫。きっと、大丈夫。
けど、一ヶ月過ごすのは厳しいか。
家賃と光熱費は滞納確定だ。謝るしかない。電気もガスも水道も、即止められることはないだろう。早いところ、仕事みつけてこの現状から脱却だ。
果たして、そんなにうまくいくだろうか。世の中、そんなに甘くない。
ああ、もう。すぐに後ろ向きにならないの。
自分に向けて『喝』と叫び、気合いを入れた。それなのに、雨降る外に目を向けたとたん、膝を抱えて背中を丸めた。
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