FIGHT AGAINST FATE !

薄荷雨

文字の大きさ
上 下
46 / 47
short story ※時系列バラバラです

餌付け

しおりを挟む
 
 月輪高校の番長、神鏡が刃薊とともに花園高校に乗り込んだその日のこと。
 会合を終えた神鏡は、榊の車で月輪地区まで送り届けてもらった。のみならず、ラーメン屋〔紅蘭こうらん〕で夕食を馳走になり帰ってきたのだった。
 そうして全日の子供ガキどもをどうするかの、話し合いの後のこと。

「紅蘭でなに食わしてもらったんだよ」
 軽い気持ちで幽銭が神鏡に問いかける。
 すると神鏡は斜め上を見上げるようにし、口の端っこを少し舌先で舐めた。味わったご馳走の数々を思い出し、
「ラーメンとチャーハンと餃子と春巻き。あと野菜も食べなさいって、野菜炒めも。それから食後のアイス、ミントのガムも貰った」
 と心なしかうっとりとした様子で、腹に収まったメニューを羅列した。
 幽銭は呆れる。
「食いすぎじゃね?」
 それもそのはず、神鏡がまともな食事にありついたのは、実に一週間ぶりだったのだ。
 では今日までどのようなものを口にしていたのかというと、主に安価な菓子パン類を少々。飲料は学校の水道水、無料。
 なので「好きなものを注文してください」という榊の言葉はまさに渡りに船、地獄に仏。神鏡にとってはありがたいお恵みだったわけだ。後光がさして見えたほどだ。桧村とかいう榊の後輩が睨んでいたような気もするが、んなことは別にどうでもいい。
「あと帰りに榊先生がさあ」
「榊?」
 突如として敬称をつけて呼び始めた神鏡。花園に乗り込んだときは、敵対意識まる出しだったはずなのだが。
「コンビニでおにぎり買ってくれたんだよね、朝ごはんにしなさいって。いい人だよなあ」
 餌付け、という言葉が幽銭の脳裏をよぎる。
 たらふくメシを食わされて、神鏡は完全に榊を信頼し切っているらしい。
 刀童たちに動揺が広がった。
「ジンお前……」
「餌付けされたみたいだな」
「まさか榊のやつ、ジンがすぐバイトをクビになるから、常に金欠なのを知っててメシを奢ったのか?」
「花園の軍師と言われただけのことはある」
「ひょっとしてあいつ、ジンを手懐けて裏からガチ高を操るつもりじゃねえだろうな」
「榊ッ、恐ろしい男……!」
 すっかり榊に懐いた様子の神鏡に、皆は動揺を隠しきれない。
「いや、ただの良い人じゃね?」
 唯一、幽銭だけが冷静だった。
 狼狽える皆をよそに、神鏡はおもむろに羽織の袖の中から何かを取り出した。コンビニのおにぎり、具は鮭。包装を剥き始める。
「ジン!今食うのか!」
「お前それ朝飯だろうが」
「やめろやめ……ああー食いやがった……」
 だが神鏡は不適に、ふふふ、と笑って袖の中からもう一個おにぎりを取り出した。具はシーチキンマヨネーズ。
「まだある」
 と馴染みのある三角形を、水戸黄門の印籠みたいに突き出して見せる。控えおろう、とでも言うように。
「それ今食ったら朝メシどうすんだよ」
「どーせ俺いま無職だから、朝と昼は寝てる」
「榊さんに言おっかな、ジンが朝メシを夜に食い尽くしたって」
「はあ⁉︎なにチクろうとしてんだよ」
 すると刀童が面白がって挙手し、
「センセー、神鏡くんが朝メシを夜に食ってまーす」
 などと言う。これに他の連中も乗っかって悪巫山戯が始まる。というかというか、むさ苦しい不良たちによる小学生みたいな揶揄いが横行した。
 刀童が振りで榊に電話をかけようとするのを、神鏡がやめろやめろと喚いてスマホを取り上げようとしたり。そのスマホが手に弾かれて床に落ちたところを、うっかり踏んでしまったり。
「やべえスマホバキバキなった」
「ジン!!」
「はああああ?俺のせいにすんな!」
「弁償だな」
「刀童がチクろうとすっからだろ、自滅だよ自滅」
「踏んだのお前だろうが。つか、カネ無えんだったら榊から借りればいいんじゃね?」
「ええー弁償とかさあ、マジかよ……貸してくれっかな……」
 幽銭は、アイツすっかり榊さんに懐いたなと関心すると共に、我らの番長を飼い慣らされたようで些か面白くなかった。
「榊さんいい人だけど、あんま頼んなよ」
「ダメなん?」
「あの人も麗子さんも今回に限って手ェ貸してくれるみてえだけど、本来はもう連合を引退した人だから」
「そうなんだ」
「花園は学校卒業したら大体みんな堅気になって、俺らみてえなのとは連まねえのが普通なの」
 ふーん、と口を尖らせて気の抜けた返事をした神鏡が幽銭に向かって、
「じゃあカネ貸して」
 と言い放ったのはごく自然な流れだった。
「利子なしで貸してやってもいいけど、そのかわり働いてもらうからな。俺のバイト先で募集あるから、店長に話し通しておいてやるよ。まあ、雇ってはくれるだろ」
「コンビニだっけ?接客は向いてねーんだよな俺」
「稼がねえでどうやって借金返すつもりだ」
「うーん」
「この期に及んで迷ってる場合じゃねえって。昼メシは俺が食わしてやるからよ」
「わかった」
 果たして昼メシに釣られたのか、それとも刀童のスマホを壊した自責の念のためか、神鏡は幽銭の口添えでバイトをすることになった。

 なお刀童のスマホは保証期間中であったことから、格安で修理してもらえたという。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

嘘の日の言葉を信じてはいけない

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

貴方とは番にはなりません

天災
BL
 貴方とは番にはなりません。

推しに監禁され、襲われました

天災
BL
 押しをストーカーしただけなのに…

浮気性のクズ【完結】

REN
BL
クズで浮気性(本人は浮気と思ってない)の暁斗にブチ切れた律樹が浮気宣言するおはなしです。 暁斗(アキト/攻め) 大学2年 御曹司、子供の頃からワガママし放題のため倫理観とかそういうの全部母のお腹に置いてきた、女とSEXするのはただの性処理で愛してるのはリツキだけだから浮気と思ってないバカ。 律樹(リツキ/受け) 大学1年 一般人、暁斗に惚れて自分から告白して付き合いはじめたものの浮気性のクズだった、何度言ってもやめない彼についにブチ切れた。 綾斗(アヤト) 大学2年 暁斗の親友、一般人、律樹の浮気相手のフリをする、温厚で紳士。 3人は高校の時からの先輩後輩の間柄です。 綾斗と暁斗は幼なじみ、暁斗は無自覚ながらも本当は律樹のことが大好きという前提があります。 執筆済み、全7話、予約投稿済み

モブオメガはただの脇役でいたかった!

天災
BL
 モブオメガは脇役でいたかった!

そんなの聞いていませんが

みけねこ
BL
お二人の門出を祝う気満々だったのに、婚約破棄とはどういうことですか?

処理中です...