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short story ※時系列バラバラです
餌付け
しおりを挟む月輪高校の番長、神鏡が刃薊とともに花園高校に乗り込んだその日のこと。
会合を終えた神鏡は、榊の車で月輪地区まで送り届けてもらった。のみならず、ラーメン屋〔紅蘭〕で夕食を馳走になり帰ってきたのだった。
そうして全日の子供どもをどうするかの、話し合いの後のこと。
「紅蘭でなに食わしてもらったんだよ」
軽い気持ちで幽銭が神鏡に問いかける。
すると神鏡は斜め上を見上げるようにし、口の端っこを少し舌先で舐めた。味わったご馳走の数々を思い出し、
「ラーメンとチャーハンと餃子と春巻き。あと野菜も食べなさいって、野菜炒めも。それから食後のアイス、ミントのガムも貰った」
と心なしかうっとりとした様子で、腹に収まったメニューを羅列した。
幽銭は呆れる。
「食いすぎじゃね?」
それもそのはず、神鏡がまともな食事にありついたのは、実に一週間ぶりだったのだ。
では今日までどのようなものを口にしていたのかというと、主に安価な菓子パン類を少々。飲料は学校の水道水、無料。
なので「好きなものを注文してください」という榊の言葉はまさに渡りに船、地獄に仏。神鏡にとってはありがたいお恵みだったわけだ。後光がさして見えたほどだ。桧村とかいう榊の後輩が睨んでいたような気もするが、んなことは別にどうでもいい。
「あと帰りに榊先生がさあ」
「榊先生?」
突如として敬称をつけて呼び始めた神鏡。花園に乗り込んだときは、敵対意識まる出しだったはずなのだが。
「コンビニでおにぎり買ってくれたんだよね、朝ごはんにしなさいって。いい人だよなあ」
餌付け、という言葉が幽銭の脳裏をよぎる。
たらふく飯を食わされて、神鏡は完全に榊を信頼し切っているらしい。
刀童たちに動揺が広がった。
「ジンお前……」
「餌付けされたみたいだな」
「まさか榊のやつ、ジンがすぐバイトをクビになるから、常に金欠なのを知っててメシを奢ったのか?」
「花園の軍師と言われただけのことはある」
「ひょっとしてあいつ、ジンを手懐けて裏からガチ高を操るつもりじゃねえだろうな」
「榊ッ、恐ろしい男……!」
すっかり榊に懐いた様子の神鏡に、皆は動揺を隠しきれない。
「いや、ただの良い人じゃね?」
唯一、幽銭だけが冷静だった。
狼狽える皆をよそに、神鏡はおもむろに羽織の袖の中から何かを取り出した。コンビニのおにぎり、具は鮭。包装を剥き始める。
「ジン!今食うのか!」
「お前それ朝飯だろうが」
「やめろやめ……ああー食いやがった……」
だが神鏡は不適に、ふふふ、と笑って袖の中からもう一個おにぎりを取り出した。具はシーチキンマヨネーズ。
「まだある」
と馴染みのある三角形を、水戸黄門の印籠みたいに突き出して見せる。控えおろう、とでも言うように。
「それ今食ったら朝メシどうすんだよ」
「どーせ俺いま無職だから、朝と昼は寝てる」
「榊さんに言おっかな、ジンが朝メシを夜に食い尽くしたって」
「はあ⁉︎なにチクろうとしてんだよ」
すると刀童が面白がって挙手し、
「センセー、神鏡くんが朝メシを夜に食ってまーす」
などと言う。これに他の連中も乗っかって悪巫山戯が始まる。わちゃわちゃというかごちゃごちゃというか、むさ苦しい不良たちによる小学生みたいな揶揄いが横行した。
刀童が振りで榊に電話をかけようとするのを、神鏡がやめろやめろと喚いてスマホを取り上げようとしたり。そのスマホが手に弾かれて床に落ちたところを、うっかり踏んでしまったり。
「やべえスマホバキバキなった」
「ジン!!」
「はああああ?俺のせいにすんな!」
「弁償だな」
「刀童がチクろうとすっからだろ、自滅だよ自滅」
「踏んだのお前だろうが。つか、カネ無えんだったら榊から借りればいいんじゃね?」
「ええー弁償とかさあ、マジかよ……貸してくれっかな……」
幽銭は、アイツすっかり榊さんに懐いたなと関心すると共に、我らの番長を飼い慣らされたようで些か面白くなかった。
「榊さんいい人だけど、あんま頼んなよ」
「ダメなん?」
「あの人も麗子さんも今回に限って手ェ貸してくれるみてえだけど、本来はもう連合を引退した人だから」
「そうなんだ」
「花園は学校卒業したら大体みんな堅気になって、俺らみてえなのとは連まねえのが普通なの」
ふーん、と口を尖らせて気の抜けた返事をした神鏡が幽銭に向かって、
「じゃあカネ貸して」
と言い放ったのはごく自然な流れだった。
「利子なしで貸してやってもいいけど、そのかわり働いてもらうからな。俺のバイト先で募集あるから、店長に話し通しておいてやるよ。まあ、雇ってはくれるだろ」
「コンビニだっけ?接客は向いてねーんだよな俺」
「稼がねえでどうやって借金返すつもりだ」
「うーん」
「この期に及んで迷ってる場合じゃねえって。昼メシは俺が食わしてやるからよ」
「わかった」
果たして昼メシに釣られたのか、それとも刀童のスマホを壊した自責の念のためか、神鏡は幽銭の口添えでバイトをすることになった。
なお刀童のスマホは保証期間中であったことから、格安で修理してもらえたという。
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