FIGHT AGAINST FATE !

薄荷雨

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6・俺のほうが先に

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 榊の部屋にベッドが届いたその日、良太は彼の波乱に満ちた「空白期間」を知った。
『私はβだ。Ωのようにαを受け入れることはできない』
 と宣言した榊に良太は、正座のまま言った。
「わかりました。俺、αとして榊さんとそういうことはしません。Ωの代わりになんか絶対しません。でも、男として恋人を抱きたいとか守りたいって気持ちはすごくあります。だから保留も我慢します。俺は榊さんとちゃんと付き合いたいんで。身体だけのセフレになりたいわけじゃないんで。大丈夫っす」
「そうか」
「言っときますけど、やりたくないって意味じゃないっすからね。めっちゃ、もう、やらしいこと考えてるんで」
「ふふふ、こわいこわい」
「あと、榊さんは全っ然汚れてないっすから!綺麗なんで、そこんとこヨロシク」
「うん?そう、かな……」
 首を傾げる榊に、うんうん、と大きく頷いた良太だった。
 榊は良太に手を貸して正座から解放してやると「そろそろ晩飯食べに行くか」と誘い、二人揃ってアパートを後にした。


 四月初頭の学校行事、入学式も無事終わり、それから数日が経過した。
 花園高校の全日制の生徒はといえば早速、新入生を交えた生徒同士の派閥争いが始まり、新たな群雄割拠の時代へと突入していた。
 しかしそれも榊たち教師にはあまり関係のないことで、金曜まで無傷だった生徒が月曜には絆創膏まみれになっていても普通に授業をとり行っていた。これが花高の日常茶飯事なのである。
 いわゆる不良高校の花園は生徒の親もそれと納得したもので、喧嘩をしただの成績が悪いだの、そんなことでいちいち学校に苦情を入れたりはしない。ゆえに夜遅くまで親のクレームに対応しなければならないなどという事もなかった。
 また、花高には部活動もない。生徒が趣味で勝手に将棋や麻雀をして遅くまで残っていることはあっても、顧問としてそれを指導する必要もない。なんせ定時の時間帯になれば、全日の生徒は恐れをなしてさっさと自主的に引き上げる。
 普通の高校と違い学校行事も極端に少ないので残業がほぼ無い職場であるから、榊は退勤後の時間を充分に使うことができた。
 良太もまた同じで、桧村自動車での業務が終われば榊と共に過ごす時間はある。あるが、ただし、会う曜日は水曜・土曜と決められた。もちろん榊によってである。
 榊は割と一人の時間を持ちたい人間であるらしい。そうしたところがまた、少なからずαの性分を有する良太の気を揉ませる要素であった。会える時間があるのに何故一緒に居られないのか、良太にはいまいち納得のできないところである。毎日でも会って側に居たいのだ。
 この良太の不安を察したかどうか榊の意図は定かではないが、いちいち詮索したりしなければ位置情報共有アプリで居場所を把握してもよい、と榊から許可が出た。
 

 土曜日、桧村自動車の定休日ではないものの、この日良太は休みを取っていた。午前中に榊のアパートにバイクで乗りつける。今日は榊が初めてバイクの後ろに乗ってくれるという。
 なぜかといえば、榊の自家用車がまだ納品されていないのだ。この辺は榊のリサーチ不足で、中古車の納品には二週間ほどかかることを知らなかったらしい。これをチャンスとばかりに良太はバイクの後ろに乗ってくれと懇願したのだ。自分の単車に恋人を乗せて走るバイクデートが夢だったとか。ちなみに二人乗りの練習には幼馴染の桜庭譲二が駆り出された。同じバイク乗りの桜庭にも彼女がいるのでそこは互いに、というわけだ。
 いつか榊を後ろに乗せることもあるかもしれない、と夢想して取り付けたタンデムシートとバックレストが現実に役立つ時が来た。無論ヘルメットも用意してある。
「おはよう」
「おはようございます」
「変えたんだな、二台目?」
「俺が乗ってるバイク覚えててくれたんすか!」
「バイクには詳しくないけど、高校の時と形が違うなと思ってさ」
「はい、これは一年ぐらい前に買ったやつなんすよ」
 榊はちょっと上体をそらし顎を引いて、重量感ある黒い車体と体格の良い良太を視界に収める。
格好いいかっけえね」
「あざす!」
「なあ、悪いんだけど今夜は私、麗子さんたちと飲み会あるから五時ごろで解散しないか」
「あ、実は俺もジョーから飲み誘われてて」
「なんだ、じゃあちょうどいいな。私、タクシー使うから近場なら一緒に乗ってく?」
「こっち葵なんで徒歩でいけます。でも終わったら連絡しますね」
「わかった」
 揃いの黒いヘルメットを被り、良太は榊を乗せて、少し遠回りしながら目的地を目指した。

 この日は榊の部屋のリビングに置くソファを選びに行く約束だ。
 鳥居地区のショッピングモールではなく、月輪地区のリサイクルショップを見る予定。なかなか味のある掘り出し物が多いという。
 
 月輪地区は、良太や榊の住む花園地区に隣接する区域だ。工場が多く立ち並び、長く大きな煙突が何本も天に向かってそびえ、煙を吐き出している。
 金網、鉄パイプ、スチールダクト、トタン、鉄板、釘、錆、機械油、コンクリート、そんな無骨な印象の町。
 昔は花園と月輪、少なからず揉めることもあったが、今は双方とも比較的穏やかな関係を維持している。
 良太は榊を乗せて工場地帯の狭間にある古い倉庫のような店にやってきた。錆の浮いた金属の引き戸の前にバイクを停める。
 すると中からエンジン音を聞きつけたらしい店員が出てくる。背が高く色の浅黒い、目元にどことなく険のある男だ。
「おい、花園の桧村じゃねえか。そこに止めると色々持っていかれるから、中入れろ」
 と彼は良太と榊を店内へ手招いてくれた。
 この男は月輪地区にある月輪工業高校の定時制に通う、鈴鬼京一すずききょういちだ。日中はこのリサイクルショップで店番をしている。
 バイクの後部座席から降り、ヘルメットをとった榊が、
「ご無沙汰してます、 京一さん」
 と銀色の髪を揺らして挨拶した。
 ああ、龍時さん!と驚きとも感嘆ともつかない声で鈴鬼は再会を喜ぶ。
 花園の榊と月輪の鈴鬼は、両校が共通の外敵に対して連合を組んだ際に、情報交換、作戦立案などのやりとりを行う関係であったのだ。また、月輪高校定時に入学する前の鈴鬼は関西地方の進学校にいたこともあり、榊の大学受験対策に協力してくれた人物でもある。
「もしかしてもうご存知かもしれないですが……」
 と切り出した榊は、良太と恋人になったと言う。
 桧村良太が榊に執着をみせていた件に関しても、鈴鬼は何かと助言してくれたものだった。
「知らなかっ……た、ええ?まじ?」
「はい。なんだか散々、皆さんに協力してもらって避けていたのに、結局こうなったわけでして」 
「そりゃ、まあ、あん時は桧村はガキだったし」
「ええ、そう思って。あ、今日の飲み会、京一さんも来るんでしょ」
「行きますよ、六時半開始っすよね。刀童とうどうさんと幽銭ゆうぜんも来るんで」
 榊と鈴鬼が店の入り口で話していると、中にバイクを停めた良太が顔を覗かせる。
「すんません、中のものちょっと見せてもらっていいっすか?ソファとか、椅子とか」
 と良太が訊いたので、鈴鬼は、二階の右側に家具を集めてあるから自由に見ていってくれと言った。
 倉庫をほぼそのまま使った店は、一階には主に中古の車やらバイク、それらの部品、消耗品、修理工具その他多種多様な資材、機材が並べられている。趣のあるクラシックカー、四トントラックまでもが堂々と鎮座していた。それらの間を縫って二階へのびた金属製の階段を登ってゆく二人を眺めながら、鈴鬼は応接用の黒革を張ったソファに腰を沈め溜息を吐き出した。
 鈴鬼は桧村良太がαであることを知っている。何しろ鈴鬼自身もαなのだ。α同士もフェロモンによって互いの性質を察することができる。
 煙草に火をつけ、深く煙を吸いこむ。
 店内の中央は吹き抜けになっていて二階の様子がわかる。榊と良太の姿。
 紫煙を吐き出し、視界にうつる彼らを白いもやで覆い隠した。

 鈴鬼京一が関西の高校を中退し、月輪定時に入学した頃、榊龍時はもう花園定時の二年。地元のヤンキー達の間ではそれなりに名の通った男であった。
 初めて会ったのは、四つの地区で連合を組んだ際の話し合いの場。錚々そうそうたる顔触れが集結した時のこと。

 御磨花市の九つのレディースを束ねた〔檸檬姐弩レモネード〕の総長、小田桐麗子。
 花園地区を中心とした不良が集う凶悪高、花園高校定時の大将、柳澤聡。幹部、榊龍時。
 鳥居地区に江戸時代から根を張り、町を守護してきた烏丸からすま一家の若頭、烏丸翔吾。翔吾の双子の姉、レディースチーム〔紅薔薇クローズ〕の頭、烏丸翔子。
 地蔵地区の若者を率いる獄烙町ごくらくちょう青年団団長、早乙女忍。副団長、男ケ田銃蔵おがたじゅうぞう
 そして全国から札付きの不良ワルが集まる「不良の天下一武道会」こと月輪工業高校定時からは、地元出身のまとめ役、刀童とうどう晴之助。新人では折り紙付きの実力者、鈴鬼京一。

 彼らは、当時辺り一帯を騒がせていた半グレの人身売買組織〔JOKER〕に対抗するため連合を組んだのだ。
 その約一年後、花園高校定時に入学してきたのが、桧村良太、桜庭譲二の世代である。
 良太が榊を学校の屋上に呼び出して「告った」時のことを、鈴鬼は今でもよく覚えている。


 花高の定時に一年が入学して数ヶ月ほど経ったある日、それは起きたのだという。
 中庭でたむろする榊、麗子、柳澤、他の上級生たちの集団に、突然割って入った一年生がいた。怖いもの知らずのその新入りこそが、桧村良太だ。彼は緊張感ある面持ちで榊の前にやって来て「あの!」と声を張り上げ、
「明日、授業が終わったら屋上に来てもらえませんか!」
 と呼び出したのだ。なにやら重大な決心を秘めた態度であったという。
 年功序列の厳しい花高で、一年が三年を呼び出す。しかも場所は学校の屋上。これは間違いねえ──

 タイマンだ!!

 その場にいた榊を含む上級生の皆がそう思った。桧村とかいう一年が三年幹部の榊に勝負を申し込んだ噂は瞬く間に広まり、地区を越えて連合のメンバーにも伝播した。

 下剋上になるかもしれねえな。
 あの桧村ってガキ、榊を倒したら次は大将の柳澤を狙うか。
 勢力図が書き変わる可能性がある。
 となると鳥居や月輪、地蔵の連中との付き合いかたも変わるかもな。
 そういやあの一年、榊さんの後付けたり、ガン飛ばしたりしてなかったか。
 何か恨みでもあんのか?

 そしてタイマン当日、夜十時。花園高校の屋上。
 様々な憶測が飛び交うなか、噂を聞きつけた連合軍のメンバーまでもがやってきた。各地区から集まった人数は五十人以上であったという。
 中央で対峙する良太と榊。
 真剣にことの次第を見守る者、動画を撮影し仲間に配信しだす者、どちらが勝つか賭けはじめる者──
 緊迫した空気に包まれる中、いよいよ一年の良太が榊に向かって一歩を踏み出す。
「榊さん!」
「ああ」
 拳を握り締め初撃の間合いをはかる榊。
 だが良太から突き付けられたのは拳ではない。
「好きです!俺と付き合ってもらえませんか!」
 恋の告白だったのだ。

 はああ!?

 その場にいた五十人以上で綺麗にハモった。
 賭けの対象を失った誰かの一万円札が風に吹かれて飛んでいく。
 意表をつかれた榊から殺気が消えた。
 榊はふっと笑って、
「ダメに決まってんだろ」
 と言い返して屋上を後にした。
 
「お前ちょっと来い!」
 そこで良太の首根っこを捕まえて説教をかましたのが、鈴鬼だった。
 花園高校の屋上は昔からタイマン勝負の聖地とされてきた。さらにこの勝負で決定された甲乙は卒業まで維持されるという。鈴鬼はその伝統を知らない新入生の良太に花園の慣いを教えてやったのだ、他校の生徒なのに。


 告白の状況が状況だったので、あの時のことを思い出すと鈴鬼は今でも少し、笑ってしまう。
 そして自分と同じαでありながら榊に臆面もなく「好きだ」「付き合ってほしい」と真っ直ぐに叫んだ少年を羨ましく思う。

 俺はあんな人間にはなれない。
 βに生まれていれば。
 αでもせめて、あんな親から生まれていなければ。
 桧村良太のように──
 ──いや、俺は今のままで十分だ。

 鈴鬼京一は榊への想いを胸の奥に仕舞い込み、互いの高校の協力者となり、勉強を教え、善い友人のポジションに居ることを選んだ人間だ。
 おかげで榊が花園高校にいる間も連絡先を知らされていたし、しょっちゅう連んで食事に行ったりもできた。大学在学中も彼女ができたとか、サークルに入ったとか、他愛もないことで榊の方から連絡をくれた。
 彼への恋情を隠し、αであることを隠し、普通の友人であったからこそ得られた時間。
 悔いはない、そう納得している。
 
 小一時間ほどで榊と良太は一階に戻ってきた。ソファが決まったらしい。彼らはその後も一階の中古のバイクや部品などを眺めていた。
 程なくして鈴鬼が煙草をふかしている応接スペースにやってきた榊と良太は、
「決まりました。持って帰れないので発送をお願いしたいんですが」
 と言って鈴鬼を伴ってふたたび二階の家具置き場まで移動し、これをいただきます、と中古のソファとローテーブルを示した。
 榊は商品代金と輸送費を前払いで支払い、
「じゃあまた今夜」
 と言って良太のバイクの後ろに乗り鈴鬼に手を振った。


 その日の夜更け、月輪地区と雪城地区の狭間、夜宵町やよいちょう
 裏路地にひっそりとたたずむ酒場〔とぎ〕。
 薄暗い店内のカウンターに突っ伏すようにして独り、項垂れる鈴鬼の姿があった。

 ああ、俺がβだったらなぁ。
 せめて両親がβだったらなぁ。
 でも仕方がない、仕方がない。
 友達でよかったんだ。
 友達がよかったんだ。
 恋人になろうなんて思ってなかった。
 なんでαなのに、同じαなのに。
 俺のほうが。
 俺のほうが先に──
 好きだったのに。

 店主に閉店の時間を告げられ、鈴鬼は「すみません」と両手で目元を擦った。


 客人の力無い後ろ姿が〔伽〕から消えるのを見送った店主は、カウンターの中で愛用のグラスを取り出し、ウイスキーをそそいで飲み干す。
 店主の瞳と同じ色合いをした琥珀色の、切子のロックグラス。
 たった一度だけこの場所で榊龍時が使ったもの。
 
 俺のほうが先に好きだった──

 確かに、その通りだ。


 
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