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第三節 ハートマークの裏返し
Ep.10 奇妙な花壇荒らし事件
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彼の顔が異様に歪んでいるのだ。
「……どうしたんですか?」
「いや」
声も少し強くなっている。口は閉じていた記憶があったから、気が付かぬ間に僕が彼の悪口を喋っていたこともあるだろう。
では原因は……? 彼の視点に合わせ、花壇に目をやった。花壇の中にある小さな樹が彼の怒りを示していた。いや、彼は樹に怒ったのではない。樹の幹を傷付けた人物に憤っていたのだ。
「えっ……」
花が酷く散らされていないみたいだったから、皆気付いていなかった。ただよく見ると、樹に傷があったり、近くの華の花弁が一本取られていたり。
嫌がらせのよう。ナノカが知ったら、血圧が上がって爆発してしまうのではないか。
松富教諭は僕が原因に気が付いたのを知って、同意を求めていた。
「酷いだろ……純粋なものに何故こんなことをするのか」
「ええ……これは松富教諭が大切にしていたものでもあったんですよね」
「ああ。子供に怪我をさせられた気分だ……。腹が立つ。こんなに腹が立ったのは……いや、露雪には聞かせられないな」
いきなり名前が出てきて、心臓に打撃を喰らったような感覚を味わった。それは人全員を指すのか。それとも、僕だけを指し示すのか。
「には……って僕に関係してるんですか?」
そう言うと少しだけ明るくなった松富教諭。ははっと微かな声で笑って、彼女の名前を出してきた。
「国立だよ」
「ナノカのことですか?」
「ああ。露雪と国立は本当に仲がいいだろう」
「ああ、いやぁ、何か、まぁ、そうですね。中学の頃から」
照れながら、彼の話を聞いていく。くすぐったい感覚がするのは何故なのだろう。
「そんな国立がお前伝手に聞くだろう。そこから国立が怒りまくって……。危険な目に遭うことは許さんからな」
「なるほどです。確かにナノカなら、危険を顧みず戦いに挑みそうです」
「その時はお前が守ってやるんだぞ」
「は、はい!」
意気込んだ後で彼に礼をして後にしようとした。彼が会釈をしようとして、ポトリ地面にサングラスが落ちた。
今度は更に驚いて、飛びそうになった。
佳苗先輩の言う通り、右目に刺青……ではなかった。
左目の下にほんの少し、火傷があった。皮膚が丸い形でただれている。
「だ、大丈夫ですか?」
僕の声に松富教諭はすぐさまサングラスを掛ける。そして、僕を安心させるかのように説明してくれた。
「問題ない。全く痛くないからな。まぁ、サングラスがなくてもいいんだが。ないと怖がられるような気がして、な。こうやって付けてるんだ。怖かった……か?」
僕は首を横に振る。驚きはしたものの、それだけ、だ。彼が今まで寝ている人を起こそうとしたり、伏せているところに近寄らないようにしたりした理由に納得しただけ、だ。
「いいえ。全然」
「ありがとな」
彼の場所から立ち去りながら、思考を動かした。
佳苗先輩への疑念が強くなっていく。もし、僕が感じる松富教諭への印象が間違っていなければ、佳苗先輩は嘘を付いていることになる。
何故嘘を付くのかの理由については心当たりがあってしまう。彼女が松富教諭を恨んでいたから。
だから、彼女はラブレターを破るよう僕へ依頼した。彼に好意を寄せる女性が彼に裏切られたと思わせるために。彼を学校の中で嫌われ者にして孤立させるために。
「……何でそんなことを」
信じられなかった。そう感じた次に抱いた疑問が、今の感情に向けてのものだった。
何故、信じられないのか?
僕と佳苗先輩はただ頼まれるものと頼むものの関係だったはず。それだけであったら、何の感情もなく彼女を悪と決め付けていた。
違うのだ。
彼女は彼女で好かれる理由がある。僕も佳苗先輩のことを良い人だと思っていた。だから、彼女がそんなことをするなんてと疑問に思っているのだ。
根は優しい人、とは彼女のことを言うのではないか。散々悪さをするけれど、何かいいことをやる人のことではない。悪役を買ってでて、わざと厳しい言葉を口にする人のことが「根は優しい人」なのだ。
そうだ。
風紀委員長として毎回、面倒とは思わずに放送部へ注意してくれている。ナノカが同じ風紀委員の後輩として、そんな彼女を慕っていた。
山口先輩だってそうだ。彼女がそこまで佳苗先輩を信じているのは……。
「佳苗先輩が本当は優しい人、だからじゃないか」
だとしたら、何故今回のような事件を起こしたのかが謎となってくる。手紙の差出人を探すためにも、謎を解く必要があるのだ。
その決意を持って学校の敷地内から外に出る。スマートフォンを持って、三枝先輩に連絡した。
「あの……三枝先輩……」
僕の知らせを待っていたのだと思う。電話にはすぐ応答してくれた。
『ああ、待ってた』
「あれ、何か変じゃ」
『何が変だ?』
「あっ、いや」
「誰が変だってんだ?」
何か二重に声も聞こえてくる。そんなことを思っていたら、スマートフォンを耳から離してニヤリとする三枝先輩の姿が見えた。校門に寄りかかり、こちらの受け答えを待っている。
「先輩、佳苗先輩のことなんですが……朝、彼女のこととか見てませんでしたか?」
ここまでは順調だった。あくまで、ここまでは。
「えっ、あっ、いや……」
ストーカー疑惑を掛けられたせいで完全に固まってしまった。こうなったら、フリーズした機械と同じくらいに厄介だ。
「あの……あの……!? 聞いてます?」
話してくれなさそうにない。このまま放置しておいたら、自転車にぶつかるだろう。そうしたら、あの子が「道路でそんな突っ立ってたら、当たり前です! 自業自得です!」なんて、怒るのだろうか。
その子の顔のことを思い出そうとしていたら、またまた偶然にもその顔が現れた。
「あっ、じょーくん! あれ? ナノカちゃんと一緒じゃなかったんですか?」
小柄な体と七三分けの前髪、三つ編みの後ろ髪と一見大人しそうな顔。ただ、そんな可愛らしい彼女の裏には恐ろしいものが待っている。今回は僕の隣にいる人に関して、反応した。
「って! 貴方って確か……朝、とんでもない運転をしてた人ですよね!?」
今度は三枝先輩が「げっ!」ととても気まずそうな表情で彼女の正体について口にする。
「アンタは、確か……毒キノコ田バター!?」
「榎田みるく、です! もう全く酷いんですよ! 今日の朝、交通委員の仕事で外の見回りに出てたんですけど、その時にこの人が!」
「……どうしたんですか?」
「いや」
声も少し強くなっている。口は閉じていた記憶があったから、気が付かぬ間に僕が彼の悪口を喋っていたこともあるだろう。
では原因は……? 彼の視点に合わせ、花壇に目をやった。花壇の中にある小さな樹が彼の怒りを示していた。いや、彼は樹に怒ったのではない。樹の幹を傷付けた人物に憤っていたのだ。
「えっ……」
花が酷く散らされていないみたいだったから、皆気付いていなかった。ただよく見ると、樹に傷があったり、近くの華の花弁が一本取られていたり。
嫌がらせのよう。ナノカが知ったら、血圧が上がって爆発してしまうのではないか。
松富教諭は僕が原因に気が付いたのを知って、同意を求めていた。
「酷いだろ……純粋なものに何故こんなことをするのか」
「ええ……これは松富教諭が大切にしていたものでもあったんですよね」
「ああ。子供に怪我をさせられた気分だ……。腹が立つ。こんなに腹が立ったのは……いや、露雪には聞かせられないな」
いきなり名前が出てきて、心臓に打撃を喰らったような感覚を味わった。それは人全員を指すのか。それとも、僕だけを指し示すのか。
「には……って僕に関係してるんですか?」
そう言うと少しだけ明るくなった松富教諭。ははっと微かな声で笑って、彼女の名前を出してきた。
「国立だよ」
「ナノカのことですか?」
「ああ。露雪と国立は本当に仲がいいだろう」
「ああ、いやぁ、何か、まぁ、そうですね。中学の頃から」
照れながら、彼の話を聞いていく。くすぐったい感覚がするのは何故なのだろう。
「そんな国立がお前伝手に聞くだろう。そこから国立が怒りまくって……。危険な目に遭うことは許さんからな」
「なるほどです。確かにナノカなら、危険を顧みず戦いに挑みそうです」
「その時はお前が守ってやるんだぞ」
「は、はい!」
意気込んだ後で彼に礼をして後にしようとした。彼が会釈をしようとして、ポトリ地面にサングラスが落ちた。
今度は更に驚いて、飛びそうになった。
佳苗先輩の言う通り、右目に刺青……ではなかった。
左目の下にほんの少し、火傷があった。皮膚が丸い形でただれている。
「だ、大丈夫ですか?」
僕の声に松富教諭はすぐさまサングラスを掛ける。そして、僕を安心させるかのように説明してくれた。
「問題ない。全く痛くないからな。まぁ、サングラスがなくてもいいんだが。ないと怖がられるような気がして、な。こうやって付けてるんだ。怖かった……か?」
僕は首を横に振る。驚きはしたものの、それだけ、だ。彼が今まで寝ている人を起こそうとしたり、伏せているところに近寄らないようにしたりした理由に納得しただけ、だ。
「いいえ。全然」
「ありがとな」
彼の場所から立ち去りながら、思考を動かした。
佳苗先輩への疑念が強くなっていく。もし、僕が感じる松富教諭への印象が間違っていなければ、佳苗先輩は嘘を付いていることになる。
何故嘘を付くのかの理由については心当たりがあってしまう。彼女が松富教諭を恨んでいたから。
だから、彼女はラブレターを破るよう僕へ依頼した。彼に好意を寄せる女性が彼に裏切られたと思わせるために。彼を学校の中で嫌われ者にして孤立させるために。
「……何でそんなことを」
信じられなかった。そう感じた次に抱いた疑問が、今の感情に向けてのものだった。
何故、信じられないのか?
僕と佳苗先輩はただ頼まれるものと頼むものの関係だったはず。それだけであったら、何の感情もなく彼女を悪と決め付けていた。
違うのだ。
彼女は彼女で好かれる理由がある。僕も佳苗先輩のことを良い人だと思っていた。だから、彼女がそんなことをするなんてと疑問に思っているのだ。
根は優しい人、とは彼女のことを言うのではないか。散々悪さをするけれど、何かいいことをやる人のことではない。悪役を買ってでて、わざと厳しい言葉を口にする人のことが「根は優しい人」なのだ。
そうだ。
風紀委員長として毎回、面倒とは思わずに放送部へ注意してくれている。ナノカが同じ風紀委員の後輩として、そんな彼女を慕っていた。
山口先輩だってそうだ。彼女がそこまで佳苗先輩を信じているのは……。
「佳苗先輩が本当は優しい人、だからじゃないか」
だとしたら、何故今回のような事件を起こしたのかが謎となってくる。手紙の差出人を探すためにも、謎を解く必要があるのだ。
その決意を持って学校の敷地内から外に出る。スマートフォンを持って、三枝先輩に連絡した。
「あの……三枝先輩……」
僕の知らせを待っていたのだと思う。電話にはすぐ応答してくれた。
『ああ、待ってた』
「あれ、何か変じゃ」
『何が変だ?』
「あっ、いや」
「誰が変だってんだ?」
何か二重に声も聞こえてくる。そんなことを思っていたら、スマートフォンを耳から離してニヤリとする三枝先輩の姿が見えた。校門に寄りかかり、こちらの受け答えを待っている。
「先輩、佳苗先輩のことなんですが……朝、彼女のこととか見てませんでしたか?」
ここまでは順調だった。あくまで、ここまでは。
「えっ、あっ、いや……」
ストーカー疑惑を掛けられたせいで完全に固まってしまった。こうなったら、フリーズした機械と同じくらいに厄介だ。
「あの……あの……!? 聞いてます?」
話してくれなさそうにない。このまま放置しておいたら、自転車にぶつかるだろう。そうしたら、あの子が「道路でそんな突っ立ってたら、当たり前です! 自業自得です!」なんて、怒るのだろうか。
その子の顔のことを思い出そうとしていたら、またまた偶然にもその顔が現れた。
「あっ、じょーくん! あれ? ナノカちゃんと一緒じゃなかったんですか?」
小柄な体と七三分けの前髪、三つ編みの後ろ髪と一見大人しそうな顔。ただ、そんな可愛らしい彼女の裏には恐ろしいものが待っている。今回は僕の隣にいる人に関して、反応した。
「って! 貴方って確か……朝、とんでもない運転をしてた人ですよね!?」
今度は三枝先輩が「げっ!」ととても気まずそうな表情で彼女の正体について口にする。
「アンタは、確か……毒キノコ田バター!?」
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