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第三節 ハートマークの裏返し
Ep.8 天才のアドバイス事件
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見ているものをハートと考えていること自体、違和感があった。
もっとハート全体を塗りつぶさないだろうか。そもそも、このハートには枠がない気がする。
ハートを描く時、まずははみ出ないようにハートの枠を用意しないのだろうか。真っ先に中から塗り潰そうとすると、上の二つや下の一つの尖った部分が歪なハートが出来上がってしまわないか?
この手紙にあるハートの下の突起部分はどうやら山口先輩が持っていった方にあるようで、実際どうなっているかは確認できないが。
僕達がせっせと頭を働かせている間にも時は進み、放課後はやってくる。ナノカが来る前に僕は事情を理亜に全て話すことにした。
彼女には依頼のことも伝えておく。
僕の声だけが響く放送室の中で理亜は黙って、僕の話が終わるのを待っていた。
「……情真、それで終わりか?」
「うん」
「ナノカはお前を許せないけど、協力してくれてるんだな」
「まぁ、そうだね。まだそこは不思議で不思議でたまらないんだが」
「不思議だと?」
「そりゃあ、不思議だろ。あの正義を貫くナノカが、救いようもない人を助けてくれようとしてるんだ」
「救いようもない人か……? ふん……分からないのか?」
「えっ?」
「この事件はお前がそんな気でいたら、一生解けないな。自分を本当のグズだと思っているなら、な」
「はぁ?」
突然、僕のネガティブな部分を野次ってきた理亜に不信感を持った。事件とネガティブは全く関係ないのでは、と思ったが。理亜の脳内では関係しているらしい。というより……理亜はもう事件の全体像が見えているのか……?
まずはそのことについて、理亜に聞いてみよう。
「なぁ、理亜……って、痛っ!」
と言ったら、彼女のデコピンが鼻にヒットする。
「何でもかんでもパンでも、人に聞こうとするな。これはお前自身が考えないといけないんだよ」
「でも、それにしても痛いなぁ」
「後、それは私にくだらない妄言を放った罰だ。だって、お前はお前が自分で考えてるようなもんじゃない」
「えっ?」
「分かってないようなら、そこは教えてやろう」
理亜の目が光り輝く。僕が何を話されるのかと戸惑っている間に彼女の講釈が始まった。
「お前のやってる完全犯罪の仕事やらとお前のしたいことってまず、大きな矛盾が存在しているのは知ってるか?」
「はっ?」
「矛盾だ矛盾。お前は完全犯罪をしたいと言う考え方の上でもう一つ、人を傷付けたくないって思ってるだろ? だから、桐太の騒動の一件もあそこまで過敏に焦ったんだろ」
「た、確かにそうだけど……」
「完全犯罪をすることがイコール人を困らせることになる……という考え方だと矛盾するよな」
「ま、まぁ……」
彼女はそんな考え方を即座に否定した。
「そう。だからお前の中で完全犯罪が人を困らせる。悪っていう系式になっているみたいだから悩んでるんだよな。でも、違うぞ。それは。それだったら、さっきも言った通り、矛盾がある。完全犯罪の依頼者が傷付くと思って、必死に止めようとはしないさ」
「でも助けようとしたのは、桐太がそういう系の依頼者であって、そのことをナノカにバレないようにするために……桐太に会おうとしてたってのもある……」
僕がそう発言すると、理亜はとんでもないことを言い放つ。
「だったら、あれはどうなんだ。だって予想外にも桐太が事故りそうになっただろ? 口止めするいいチャンスだったじゃないか。あの事故で助かったのはほとんど奇跡に近い状態だ。少しでも手を抜いておいて事故が起きたとしても……他の人たちはみんな、止められなくても仕方ないと思うはずだ」
あまりに恐ろしい発言に僕は背筋が凍りそうになった。
「そんなのいい訳がないっ! あのまま行ったら誰も幸せになんかなれなかったんだ!」
僕が言葉を否定すると、彼女はまた平穏な口調に戻っていく。
「そうだろ? お前はそういうことを考える奴なんだ。気が弱い……いや、優しい。だから、桐太を依頼人であっても全力で助けようとした。情真が本当に必死だったとナノカは意気揚々と自慢していたぞ」
「えっ? 自慢って?」
「今はそれはどうでもいいか」
「いや、気になるんだけど……まぁ、いいか」
今は理亜がする僕の内面について聞くことを最優先にしなくては。
「お前のやることをちょっと調べさせてもらったさ」
時々とんでもない発言をするから、スルーが絶対にできない。
「ど、どうやって?」
「お前が放送室でぐっすり寝ている間にスマートフォンをちょっとな」
「おいおいおいおい!」
「気にすんな。気になる電話番号をメモして、その人物に接触して。情真の相棒が事後チェックをしたいと言うことでこっそり話してきただけだ」
「おおい……勝手に何やってんだよ」
彼女はとんでもないことをしつつも表情はとても穏やかだった。
「そこで分かったよ」
「えっ」
「やっぱり、お前がしてたのは最低な完全犯罪じゃないってな……今までの考え方からして予想通りだった。みんな、お前の完全犯罪計画を役立てていたよ」
「……僕の卑怯なそれを?」
「何が卑怯なのか分からなかったな。お前の仕事として、人が傷付くことは決してしなかった。お前は大人の綺麗ごとが納得できない人のそばにいたんだ。誰かに傷付けられた人がお前に完全犯罪の相談をして……お前は寄り添ってあげた。報復なんて醜い真似するもんじゃない、考えるんじゃない……そんな戯言を否定して。決定的に懲らしめる方法を考えてあげたそうじゃないか」
だから……と僕は反論した。
「やっぱり醜いじゃないか。報復の方法を進めるなんて」
ただ、それも軽くあしらわれてしまった。
「話を最後まで聞きやがれこの野郎」
「り、理亜、口が悪いな」
「そうでも言わないとお前の心に響きそうになさそうだからな。まぁ、悔しいことにお前の犯罪計画の方は依頼者の心に響いてたよ。言ってたんだよ。自分の考えに本当に寄り添ってくれる気がして、嬉しかった、と。自分の考えるくだらないことに賛成してくれる人がいて、大人に歯向かう人がいるって分かって、本当に嬉しかったって」
「えっ……」
「お前のやっていることは世間一般にも間違いなのかもしれない。でも、生きるための、みんなが笑って過ごせる青春を作るためには正解の道を進んでんだ。他の人に自信を振りまいてきたお前がここで自信を無くして、どうすんだって話だ!」
そう言われて、肩の力がすぅーと抜けていく。自分の中で無意識にやっていたことが完全なる悪ではなかった。
こんな僕でも自身を持って動いていい。
一気に温かいものが胸に宿る。
「だよな。ありがとう。教えてくれて、ありがとう。理亜。今すぐ、それを受け入れて、このねじ曲がった性格を何とかしようってことは無理だけど……それでも前を向いてみることにするよ」
もっとハート全体を塗りつぶさないだろうか。そもそも、このハートには枠がない気がする。
ハートを描く時、まずははみ出ないようにハートの枠を用意しないのだろうか。真っ先に中から塗り潰そうとすると、上の二つや下の一つの尖った部分が歪なハートが出来上がってしまわないか?
この手紙にあるハートの下の突起部分はどうやら山口先輩が持っていった方にあるようで、実際どうなっているかは確認できないが。
僕達がせっせと頭を働かせている間にも時は進み、放課後はやってくる。ナノカが来る前に僕は事情を理亜に全て話すことにした。
彼女には依頼のことも伝えておく。
僕の声だけが響く放送室の中で理亜は黙って、僕の話が終わるのを待っていた。
「……情真、それで終わりか?」
「うん」
「ナノカはお前を許せないけど、協力してくれてるんだな」
「まぁ、そうだね。まだそこは不思議で不思議でたまらないんだが」
「不思議だと?」
「そりゃあ、不思議だろ。あの正義を貫くナノカが、救いようもない人を助けてくれようとしてるんだ」
「救いようもない人か……? ふん……分からないのか?」
「えっ?」
「この事件はお前がそんな気でいたら、一生解けないな。自分を本当のグズだと思っているなら、な」
「はぁ?」
突然、僕のネガティブな部分を野次ってきた理亜に不信感を持った。事件とネガティブは全く関係ないのでは、と思ったが。理亜の脳内では関係しているらしい。というより……理亜はもう事件の全体像が見えているのか……?
まずはそのことについて、理亜に聞いてみよう。
「なぁ、理亜……って、痛っ!」
と言ったら、彼女のデコピンが鼻にヒットする。
「何でもかんでもパンでも、人に聞こうとするな。これはお前自身が考えないといけないんだよ」
「でも、それにしても痛いなぁ」
「後、それは私にくだらない妄言を放った罰だ。だって、お前はお前が自分で考えてるようなもんじゃない」
「えっ?」
「分かってないようなら、そこは教えてやろう」
理亜の目が光り輝く。僕が何を話されるのかと戸惑っている間に彼女の講釈が始まった。
「お前のやってる完全犯罪の仕事やらとお前のしたいことってまず、大きな矛盾が存在しているのは知ってるか?」
「はっ?」
「矛盾だ矛盾。お前は完全犯罪をしたいと言う考え方の上でもう一つ、人を傷付けたくないって思ってるだろ? だから、桐太の騒動の一件もあそこまで過敏に焦ったんだろ」
「た、確かにそうだけど……」
「完全犯罪をすることがイコール人を困らせることになる……という考え方だと矛盾するよな」
「ま、まぁ……」
彼女はそんな考え方を即座に否定した。
「そう。だからお前の中で完全犯罪が人を困らせる。悪っていう系式になっているみたいだから悩んでるんだよな。でも、違うぞ。それは。それだったら、さっきも言った通り、矛盾がある。完全犯罪の依頼者が傷付くと思って、必死に止めようとはしないさ」
「でも助けようとしたのは、桐太がそういう系の依頼者であって、そのことをナノカにバレないようにするために……桐太に会おうとしてたってのもある……」
僕がそう発言すると、理亜はとんでもないことを言い放つ。
「だったら、あれはどうなんだ。だって予想外にも桐太が事故りそうになっただろ? 口止めするいいチャンスだったじゃないか。あの事故で助かったのはほとんど奇跡に近い状態だ。少しでも手を抜いておいて事故が起きたとしても……他の人たちはみんな、止められなくても仕方ないと思うはずだ」
あまりに恐ろしい発言に僕は背筋が凍りそうになった。
「そんなのいい訳がないっ! あのまま行ったら誰も幸せになんかなれなかったんだ!」
僕が言葉を否定すると、彼女はまた平穏な口調に戻っていく。
「そうだろ? お前はそういうことを考える奴なんだ。気が弱い……いや、優しい。だから、桐太を依頼人であっても全力で助けようとした。情真が本当に必死だったとナノカは意気揚々と自慢していたぞ」
「えっ? 自慢って?」
「今はそれはどうでもいいか」
「いや、気になるんだけど……まぁ、いいか」
今は理亜がする僕の内面について聞くことを最優先にしなくては。
「お前のやることをちょっと調べさせてもらったさ」
時々とんでもない発言をするから、スルーが絶対にできない。
「ど、どうやって?」
「お前が放送室でぐっすり寝ている間にスマートフォンをちょっとな」
「おいおいおいおい!」
「気にすんな。気になる電話番号をメモして、その人物に接触して。情真の相棒が事後チェックをしたいと言うことでこっそり話してきただけだ」
「おおい……勝手に何やってんだよ」
彼女はとんでもないことをしつつも表情はとても穏やかだった。
「そこで分かったよ」
「えっ」
「やっぱり、お前がしてたのは最低な完全犯罪じゃないってな……今までの考え方からして予想通りだった。みんな、お前の完全犯罪計画を役立てていたよ」
「……僕の卑怯なそれを?」
「何が卑怯なのか分からなかったな。お前の仕事として、人が傷付くことは決してしなかった。お前は大人の綺麗ごとが納得できない人のそばにいたんだ。誰かに傷付けられた人がお前に完全犯罪の相談をして……お前は寄り添ってあげた。報復なんて醜い真似するもんじゃない、考えるんじゃない……そんな戯言を否定して。決定的に懲らしめる方法を考えてあげたそうじゃないか」
だから……と僕は反論した。
「やっぱり醜いじゃないか。報復の方法を進めるなんて」
ただ、それも軽くあしらわれてしまった。
「話を最後まで聞きやがれこの野郎」
「り、理亜、口が悪いな」
「そうでも言わないとお前の心に響きそうになさそうだからな。まぁ、悔しいことにお前の犯罪計画の方は依頼者の心に響いてたよ。言ってたんだよ。自分の考えに本当に寄り添ってくれる気がして、嬉しかった、と。自分の考えるくだらないことに賛成してくれる人がいて、大人に歯向かう人がいるって分かって、本当に嬉しかったって」
「えっ……」
「お前のやっていることは世間一般にも間違いなのかもしれない。でも、生きるための、みんなが笑って過ごせる青春を作るためには正解の道を進んでんだ。他の人に自信を振りまいてきたお前がここで自信を無くして、どうすんだって話だ!」
そう言われて、肩の力がすぅーと抜けていく。自分の中で無意識にやっていたことが完全なる悪ではなかった。
こんな僕でも自身を持って動いていい。
一気に温かいものが胸に宿る。
「だよな。ありがとう。教えてくれて、ありがとう。理亜。今すぐ、それを受け入れて、このねじ曲がった性格を何とかしようってことは無理だけど……それでも前を向いてみることにするよ」
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