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第三節 ハートマークの裏返し
Ep.6 残念少年信頼事件
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「よーやく、みぃつけた」
「あっ……」
ナノカの鋭い眼光がこちらを襲う。隣にいた関係のない三枝先輩も汗を大量に垂らしている。
僕がそのまま壁に背を付けた途端、怒鳴り声が飛んできた。
「ってか、あんな声出しといて見つからないと思ってんの!? 後、将棋部の先輩に迷惑掛けてんじゃないわよ! 後、ワタシの追い掛けてる時間を返せー!」
「ああ、本当に悪かった。ごめん!」
僕は手を合わせて、頭を下げる。それだけでは誠意が足りないと膝を床に付けた。
「そんなことしなくていいわよ!」
「で、でも、そうしないと気が済まない!」
「それなら、教えなさいよ! 朝からどうしちゃったの!? アンタ! いきなりワタシに謝ってきたり、授業中はずっと揺れてたり……何か嫌なことがあったのなら、相談しなさいよ!」
「嫌なことをしたのは、自分なんだ」
「はっ?」
とうとう、この半日足らずの逃亡劇にも決着を付けないといけない時が来た。もう覚悟をするしかない。
嫌われても、仕方はないことをしたのだ。ナノカに打ち明けよう。
完全犯罪の依頼については本当に言えなかった。というよりは話すと長くなってしまう。だから、罪悪感を覚えながらも省略させてもらった。
言いたいことは一つ。
「ラブレターを破った共犯者になっちゃったんだ……いや、共犯者なんかじゃない。主犯なのかも、だ。佳苗先輩がナノカのラブレターって言ってて……僕は止められる立場にいたのに……佳苗先輩や山口先輩のことを止められたのに! それをしなかった僕が悪い」
ナノカは深刻に話す僕の顔を見て、クレームを入れた。
「それは確かにアンタが悪いね。だってラブレターって人の想いが籠ったものなのよ。それを踏みにじるなんて卑怯なものに協力した情真くんなんて、大嫌い。できれば、顔も見たくないし、話したくもないと思う」
……そうだ。
言われても当然のことをした。この胸が痛くても、自業自得だ。僕が黙っていると、ナノカは確認をしてくれた。
「でも、アンタは一つ。やめようとした? それとも最後にやろうとした? それだけは教えて」
「言ったとして、信じてくれるかなぁ」
「信じるか信じないかはワタシが決める。たくさんの人を見てきた、この目で反省しているかどうか位、簡単に分かるわよ」
そう言ってくれたから、僕はすぐさま伝えていた。
本当は途中でやめたかったことを、だ。
「最初は自分は先輩が悩んでいるならってことで、手伝おうと思った。風紀委員で迷惑掛けてるし。でも、やっぱりって思ったところで山口先輩って人が来て、破っちゃって。で、破った部分を半分ずつってなって……どうしようもなかった……」
一応、本当のことではある。この完全犯罪の依頼を受け取ったのは、松富教諭への嫉妬もあったが……。自分が唯一無二の人間になるために、人の役に立ちたいという理由もあった。
ただ、今更言い訳にしかならないだろう。ナノカに信じてもらうことなど、諦めていた。ナノカが言葉を発したのはその最中。
「応援しようとしてたことは確か、か」
「ナノカ?」
「アンタのことは正直今はまだ許せない。だけど、アンタが困っている人を見ると放っとけないって性格なのはワタシがよぉく知ってる。小心者でとんでもなくだらしないけど、目の前で泣いてる人、誤って大きな事故を起こそうとしてる人をそのままにしないって人だけは知ってる」
「……えっ」
「桐太くんの時だってそうだったでしょ。アンタは例え誤解だとしても一生懸命走り切って止めようとした。信じるわよ。誰かが信じなくても、ワタシ自身はアンタのそこの部分だけを信じる」
僕はそう言われて、複雑な心持ちだった。自分のそのような性格が自分では理解できない。
ただ、次に放ったナノカの言葉で次にやるべきことだけは分かった。
「後……今、ここまで許さないとか言ったんだけど……何で山口先輩はそのラブレターをワタシのものって言ったのかしら……ワタシ、全くラブレターを出してないのよ。そもそも、松富先生って既婚者だから……」
その点については初耳だ。
「えっ、結婚してたんだ……」
「そっ。ただ出会いに関しては、あの噂好きの子が凄いスピードで色々聞いてきたからってことで……恥ずかしいから隠したみたい」
完全にナノカが松富先生を好きだったとの噂は偽りだった。その嬉しさがこみあげてきそうになったが、今は喜んでいる時ではない。
することは一つ。償いだ。
僕だけでも、そのラブレターの主に謝罪することだ。その決意の表情を汲み取ったのか、ナノカはこう言った。
「やるべきことは分かったようね」
「うん。その手紙の主を探さないと」
「そうね。後、ワタシ、アンタのこと許していないって言ったわよね」
「う、うん」
彼女は更にとんでもないことを言い放った。
「手紙の主探しは手伝ってあげる。アンタが逃げないようにアンタを見張りながら、協力する。後は、一応、アンタは先輩に頼まれてどうしようもなく、共犯者になったってのもあるみたいだし……」
「ナノカ……本当にっ、ありがとう!」
「さぁ、やることが決まったら、昼飯を食べて、さっさと罪滅ぼしを始めましょ」
こんなことに巻き込んでしまって申し訳ないとナノカに思いながら、決心を固めた僕は前を向く。
ただ、まだ後ろに立って不思議がっている人物が一人。
「ちょっと待った!」
突然の大声に面食らった僕とナノカ。声の主は手を顎に当て、この事態を僕よりも深刻そうな顔で捉えている三枝先輩だった。
「ちょっと待てよ。話を聞く限り、佳苗がそんなことをしたって……? 待てよ。松富が好きだって話がそもそも初耳なんだぜ?」
「どういうことですか?」
ナノカが大きな口を開けて尋ねてみると、彼は不審な点を口にした。
「だから、まず松富のことをずっと悪く言ってたんだぜ。好きだったなんて思えない……本人はあんま他の人には言うなって言ってたけどな」
「佳苗先輩……?」
「だから松富への嫌がらせかって言うのも何か違うと思うんだ。アイツはそんなことをする奴じゃねえ。嫌なところを全面的に押し出すとしたら、そんな間接的に人を責める奴じゃなくて、堂々と人に嫌味を言いに行く奴だ。影でこそこそ破ろうなんてしない! 何か、話がおかしいんだ……何で……だ? 何が……起きてるんだ?」
今の三枝先輩の気持ち。何だか味わったことのあるような気がした。好きだった人が変わってしまったことを信じたくない感じ、だ。
「あっ……」
ナノカの鋭い眼光がこちらを襲う。隣にいた関係のない三枝先輩も汗を大量に垂らしている。
僕がそのまま壁に背を付けた途端、怒鳴り声が飛んできた。
「ってか、あんな声出しといて見つからないと思ってんの!? 後、将棋部の先輩に迷惑掛けてんじゃないわよ! 後、ワタシの追い掛けてる時間を返せー!」
「ああ、本当に悪かった。ごめん!」
僕は手を合わせて、頭を下げる。それだけでは誠意が足りないと膝を床に付けた。
「そんなことしなくていいわよ!」
「で、でも、そうしないと気が済まない!」
「それなら、教えなさいよ! 朝からどうしちゃったの!? アンタ! いきなりワタシに謝ってきたり、授業中はずっと揺れてたり……何か嫌なことがあったのなら、相談しなさいよ!」
「嫌なことをしたのは、自分なんだ」
「はっ?」
とうとう、この半日足らずの逃亡劇にも決着を付けないといけない時が来た。もう覚悟をするしかない。
嫌われても、仕方はないことをしたのだ。ナノカに打ち明けよう。
完全犯罪の依頼については本当に言えなかった。というよりは話すと長くなってしまう。だから、罪悪感を覚えながらも省略させてもらった。
言いたいことは一つ。
「ラブレターを破った共犯者になっちゃったんだ……いや、共犯者なんかじゃない。主犯なのかも、だ。佳苗先輩がナノカのラブレターって言ってて……僕は止められる立場にいたのに……佳苗先輩や山口先輩のことを止められたのに! それをしなかった僕が悪い」
ナノカは深刻に話す僕の顔を見て、クレームを入れた。
「それは確かにアンタが悪いね。だってラブレターって人の想いが籠ったものなのよ。それを踏みにじるなんて卑怯なものに協力した情真くんなんて、大嫌い。できれば、顔も見たくないし、話したくもないと思う」
……そうだ。
言われても当然のことをした。この胸が痛くても、自業自得だ。僕が黙っていると、ナノカは確認をしてくれた。
「でも、アンタは一つ。やめようとした? それとも最後にやろうとした? それだけは教えて」
「言ったとして、信じてくれるかなぁ」
「信じるか信じないかはワタシが決める。たくさんの人を見てきた、この目で反省しているかどうか位、簡単に分かるわよ」
そう言ってくれたから、僕はすぐさま伝えていた。
本当は途中でやめたかったことを、だ。
「最初は自分は先輩が悩んでいるならってことで、手伝おうと思った。風紀委員で迷惑掛けてるし。でも、やっぱりって思ったところで山口先輩って人が来て、破っちゃって。で、破った部分を半分ずつってなって……どうしようもなかった……」
一応、本当のことではある。この完全犯罪の依頼を受け取ったのは、松富教諭への嫉妬もあったが……。自分が唯一無二の人間になるために、人の役に立ちたいという理由もあった。
ただ、今更言い訳にしかならないだろう。ナノカに信じてもらうことなど、諦めていた。ナノカが言葉を発したのはその最中。
「応援しようとしてたことは確か、か」
「ナノカ?」
「アンタのことは正直今はまだ許せない。だけど、アンタが困っている人を見ると放っとけないって性格なのはワタシがよぉく知ってる。小心者でとんでもなくだらしないけど、目の前で泣いてる人、誤って大きな事故を起こそうとしてる人をそのままにしないって人だけは知ってる」
「……えっ」
「桐太くんの時だってそうだったでしょ。アンタは例え誤解だとしても一生懸命走り切って止めようとした。信じるわよ。誰かが信じなくても、ワタシ自身はアンタのそこの部分だけを信じる」
僕はそう言われて、複雑な心持ちだった。自分のそのような性格が自分では理解できない。
ただ、次に放ったナノカの言葉で次にやるべきことだけは分かった。
「後……今、ここまで許さないとか言ったんだけど……何で山口先輩はそのラブレターをワタシのものって言ったのかしら……ワタシ、全くラブレターを出してないのよ。そもそも、松富先生って既婚者だから……」
その点については初耳だ。
「えっ、結婚してたんだ……」
「そっ。ただ出会いに関しては、あの噂好きの子が凄いスピードで色々聞いてきたからってことで……恥ずかしいから隠したみたい」
完全にナノカが松富先生を好きだったとの噂は偽りだった。その嬉しさがこみあげてきそうになったが、今は喜んでいる時ではない。
することは一つ。償いだ。
僕だけでも、そのラブレターの主に謝罪することだ。その決意の表情を汲み取ったのか、ナノカはこう言った。
「やるべきことは分かったようね」
「うん。その手紙の主を探さないと」
「そうね。後、ワタシ、アンタのこと許していないって言ったわよね」
「う、うん」
彼女は更にとんでもないことを言い放った。
「手紙の主探しは手伝ってあげる。アンタが逃げないようにアンタを見張りながら、協力する。後は、一応、アンタは先輩に頼まれてどうしようもなく、共犯者になったってのもあるみたいだし……」
「ナノカ……本当にっ、ありがとう!」
「さぁ、やることが決まったら、昼飯を食べて、さっさと罪滅ぼしを始めましょ」
こんなことに巻き込んでしまって申し訳ないとナノカに思いながら、決心を固めた僕は前を向く。
ただ、まだ後ろに立って不思議がっている人物が一人。
「ちょっと待った!」
突然の大声に面食らった僕とナノカ。声の主は手を顎に当て、この事態を僕よりも深刻そうな顔で捉えている三枝先輩だった。
「ちょっと待てよ。話を聞く限り、佳苗がそんなことをしたって……? 待てよ。松富が好きだって話がそもそも初耳なんだぜ?」
「どういうことですか?」
ナノカが大きな口を開けて尋ねてみると、彼は不審な点を口にした。
「だから、まず松富のことをずっと悪く言ってたんだぜ。好きだったなんて思えない……本人はあんま他の人には言うなって言ってたけどな」
「佳苗先輩……?」
「だから松富への嫌がらせかって言うのも何か違うと思うんだ。アイツはそんなことをする奴じゃねえ。嫌なところを全面的に押し出すとしたら、そんな間接的に人を責める奴じゃなくて、堂々と人に嫌味を言いに行く奴だ。影でこそこそ破ろうなんてしない! 何か、話がおかしいんだ……何で……だ? 何が……起きてるんだ?」
今の三枝先輩の気持ち。何だか味わったことのあるような気がした。好きだった人が変わってしまったことを信じたくない感じ、だ。
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