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第三節 ハートマークの裏返し
Ep.5 恋する二人の逃亡事件
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想像力を働かせていたら、目が回った。
元々あった罪悪感がまたも襲ってくる。ナノカのものではなかったとしても、僕は誰かのラブレターを破る行為に加担してしまったことには違いない。そんな罪の恐ろしさに疑問が入って、頭がパンクする。漫画だったら、脳内の容量が限界を超えて爆発していたに違いない。
「ちょっと、情真くん……数学の問題が分からないからって寝ないの!」
後ろからポンポンと肩を叩かれ、ハッと気が付いた。
「ご、ごめん……」
「ワタシに謝らなくていいから。ちゃんと授業を受けなさい。それでテストの時に困っても知らないわよ」
「う、うん」
「あと、昼休みに話があるから……」
そう言われた。
分かっている。その時が来ることを。彼女と話をしなければならない時が迫ってきている。罪を告白したら、彼女はどんなことを思うのか。分からなかった。怖かった。
だから、僕は逃げた。
教師に礼をしたところでスタートダッシュを決める。
教師を追い越したものだから彼には「トイレに行きたいのは分かる。我慢してたんなら、言えばよかったのに!」とまたおかしな誤解を生んでいた。
ただ、今はそんなことに集中してはいられない。
ナノカに僕の罪を告白できる勇気がない。やはり嫌われることが何よりも怖い。
だからただただ逃亡する。ナノカから、ではなくナノカに嫌われることから。
「ちょっと走らないの!」
ナノカが追ってくるものだから廊下をスピンターン。逆に彼女が来ている方へ向かい、横を通り過ぎた。
「あっ! ちょ、ちょっと!」
このままだと捕まってしまう。そこで考えた。ここから僕が進むべきなのはB棟の部室が並んでいる廊下だ。あの辺りにある空いてる部屋に隠れれば、昼休みを過ごすことはできる。放送室の前を通って、購買の前を進めば辿り着けるはずだ。
背後から飛んでくるナノカの問答を僕は誤魔化しながら走っていく。
「ちょっと、情真くん! 何で逃げんのよ! アンタ、一体、何を隠してるの!?」
「いや、それは言う訳には……」
逃げろ、逃げろ。光から逃げろ。頭の中で誰かが囁いた。
それを上回る声が廊下に響き渡る。
「朝からアンタおかしいのよ! 一体、どうしちゃったのよ!」
「だ、だから……」
息が苦しくなっても全速力で廊下を疾走する。着実にゴールは近づいていると思っていた。
「あっ、情真さん! ちょっとお聞きしたいことが」
そのまま走っていたら、突然僕の前に桐太が現れた。最初の事件以来、ちょくちょく廊下で会う時に挨拶をするようになった。その間に仲良くなり過ぎたのが災いを呼んだのか。
僕が必死に逃げている惨状に構わず、彼は隣から声を掛けてくる。
「今、急いでるの分かる!? 後ろ見れば分かるでしょ!」
「ああ……大変ですねぇ」
「他人事かよ!」
「あはは……じゃあ、自分も走りますから!」
ただ僕とは違って余裕そう。状況が把握できていないから、だろうか。
「で、何がどうかしたの?」
「あの、先輩見てません? あの人だけ部費を払ってないので探してこいって部長から言われまして」
「いや、先輩って……!? 誰?」
「ああ、将棋部の先輩です。三枝飛鳥って言う。顔の形が三角なんですけど、まぁまぁ、イケメンと言えなくもなくもないような……」
「知らないよっ! ってか、凄い抽象的だし」
「金髪の女子とかストーカーしてませんでした?」
「ああ、滅茶苦茶分かりやすい説明ありがとう……って、更に分からないよ! って、あれ、金髪女子って」
「分からないようでしたら、ごめんなさい! では、自分は」
桐太は自分が追われていないことをいいことにさっさと違う場所へと走っていった。アイツの自由奔放さを羨ましいなぁと思いつつ、僕は走る。
その中でふと、ある顔が頭の中に現れた。
金髪の女子って、たぶん佳苗先輩のことだ。
山口先輩が言っていた、佳苗先輩のストーカーってその人だったのか、と思いつつ、空いていた部屋のドアノブを捻る。ここで鍵が掛かっていたら、どうしよう。何とも思ったが、呆気なく開いた。
誰かいるのかと瞬時に判断し、その人に頼み込む。
「すみません! ちょっと隠れさせてください!」
声を出した後に窓の方にある壁に男子が寄りかかっていることに気が付いた。部屋の主である彼は最初は驚いたのか、固まって目をぱちくりさせているだけ。
「あっ……」
顎が少々三角になっている先輩。少々イケメンとも言えないような顔付き。先程探していると言われたばかりの人物が現れたことに僕も「あっ……」と口にする。
「あの……三枝さん、ですか?」
「……ああ……ああ」
顔を歪めている。もしかして邪魔だったのかと思っていたところ、彼の手から双眼鏡が落ちていった。気になって彼の隣に立つと、すぐそばの窓からA棟の教室がよく見えた。
彼の視線から何を見ているのかは察することができた。そこをよくよく目を凝らして見てみると、校舎四階、二年の教室が映った。その窓際、隅に一際目立つ金髪の女子高生が、ツインテールの女子と談笑している様子が伺える。
察し。
「……ええと、三枝先輩?」
「いや、ただ鳥を見てただけなんだよなぁ。ほら、飛んでるだろ? ほ、ほら、あれ、鳳凰じゃねえか!?」
「こんな田舎に飛んできませんって! 慌て過ぎです……まさか、ス」
「ストーカーなんかじゃねえよ! 決して違うぞ!」
何でこの先輩、会ったばかりの後輩にここまで怖気づいているのだろうか。そして、何故に興奮して否定するのであろう? その動揺で完全に自分が「ストーカー」ですって言ってるようなものなんだけれどな。
「と、とにかく今は僕、そんなことしてる場合じゃないんです。隠れさせてください」
彼の登場で一瞬、本来の目的を忘れかけていた。僕がやるべきなのは、ナノカに見つからないようにすることだ。
彼は外にいるナノカの声を聞いて、勝手に共感してくれた。
「ああ……女子を怒らせたんだな」
「ええ」
「分かる。分かるぞ。その気持ち。ええと、お前の名はって、あっ、声聞いたことがあるぞ。放送部員だよな? 後、名前は情真だったはず。で、情真。何をやらかしたんだ?」
「ああ……なんて言えば……」
困っていると彼は「ああ、言いづらいなら言うな」と配慮をしてくれた。それが嬉しくて、ついつい話が弾んでしまう。
「ありがとうございますね。でも、これって、僕のこと心配してくれてるってことでもあるのかな……」
「まぁな。気遣いしてくれる女子っていいじゃねえか。佳苗だって、普段は厳しくて高圧的、プライドは高いが、可愛いところもあるんだぜ」
「えっ、そうなんです? あの、風紀委員長が?」
「ああ。いつも怒っているかと思えば、オレがヘマして転んだ時とか、ハンカチをすぐ貸してくれるし。心配もしてくれる。そういう健気さや頼りになる強さに惹かれちまうんだろうなぁ」
「ああ……意外にもいい人なんですね。佳苗先輩」
「だろだろ……! あっ、だからストーカーしてるって訳じゃねえぞ! 単に家が近いだけで幼馴染なだけだ!」
「はいはい」
そう笑って油断している時だった。
部室の扉が開き、ナノカの姿が現れた。
元々あった罪悪感がまたも襲ってくる。ナノカのものではなかったとしても、僕は誰かのラブレターを破る行為に加担してしまったことには違いない。そんな罪の恐ろしさに疑問が入って、頭がパンクする。漫画だったら、脳内の容量が限界を超えて爆発していたに違いない。
「ちょっと、情真くん……数学の問題が分からないからって寝ないの!」
後ろからポンポンと肩を叩かれ、ハッと気が付いた。
「ご、ごめん……」
「ワタシに謝らなくていいから。ちゃんと授業を受けなさい。それでテストの時に困っても知らないわよ」
「う、うん」
「あと、昼休みに話があるから……」
そう言われた。
分かっている。その時が来ることを。彼女と話をしなければならない時が迫ってきている。罪を告白したら、彼女はどんなことを思うのか。分からなかった。怖かった。
だから、僕は逃げた。
教師に礼をしたところでスタートダッシュを決める。
教師を追い越したものだから彼には「トイレに行きたいのは分かる。我慢してたんなら、言えばよかったのに!」とまたおかしな誤解を生んでいた。
ただ、今はそんなことに集中してはいられない。
ナノカに僕の罪を告白できる勇気がない。やはり嫌われることが何よりも怖い。
だからただただ逃亡する。ナノカから、ではなくナノカに嫌われることから。
「ちょっと走らないの!」
ナノカが追ってくるものだから廊下をスピンターン。逆に彼女が来ている方へ向かい、横を通り過ぎた。
「あっ! ちょ、ちょっと!」
このままだと捕まってしまう。そこで考えた。ここから僕が進むべきなのはB棟の部室が並んでいる廊下だ。あの辺りにある空いてる部屋に隠れれば、昼休みを過ごすことはできる。放送室の前を通って、購買の前を進めば辿り着けるはずだ。
背後から飛んでくるナノカの問答を僕は誤魔化しながら走っていく。
「ちょっと、情真くん! 何で逃げんのよ! アンタ、一体、何を隠してるの!?」
「いや、それは言う訳には……」
逃げろ、逃げろ。光から逃げろ。頭の中で誰かが囁いた。
それを上回る声が廊下に響き渡る。
「朝からアンタおかしいのよ! 一体、どうしちゃったのよ!」
「だ、だから……」
息が苦しくなっても全速力で廊下を疾走する。着実にゴールは近づいていると思っていた。
「あっ、情真さん! ちょっとお聞きしたいことが」
そのまま走っていたら、突然僕の前に桐太が現れた。最初の事件以来、ちょくちょく廊下で会う時に挨拶をするようになった。その間に仲良くなり過ぎたのが災いを呼んだのか。
僕が必死に逃げている惨状に構わず、彼は隣から声を掛けてくる。
「今、急いでるの分かる!? 後ろ見れば分かるでしょ!」
「ああ……大変ですねぇ」
「他人事かよ!」
「あはは……じゃあ、自分も走りますから!」
ただ僕とは違って余裕そう。状況が把握できていないから、だろうか。
「で、何がどうかしたの?」
「あの、先輩見てません? あの人だけ部費を払ってないので探してこいって部長から言われまして」
「いや、先輩って……!? 誰?」
「ああ、将棋部の先輩です。三枝飛鳥って言う。顔の形が三角なんですけど、まぁまぁ、イケメンと言えなくもなくもないような……」
「知らないよっ! ってか、凄い抽象的だし」
「金髪の女子とかストーカーしてませんでした?」
「ああ、滅茶苦茶分かりやすい説明ありがとう……って、更に分からないよ! って、あれ、金髪女子って」
「分からないようでしたら、ごめんなさい! では、自分は」
桐太は自分が追われていないことをいいことにさっさと違う場所へと走っていった。アイツの自由奔放さを羨ましいなぁと思いつつ、僕は走る。
その中でふと、ある顔が頭の中に現れた。
金髪の女子って、たぶん佳苗先輩のことだ。
山口先輩が言っていた、佳苗先輩のストーカーってその人だったのか、と思いつつ、空いていた部屋のドアノブを捻る。ここで鍵が掛かっていたら、どうしよう。何とも思ったが、呆気なく開いた。
誰かいるのかと瞬時に判断し、その人に頼み込む。
「すみません! ちょっと隠れさせてください!」
声を出した後に窓の方にある壁に男子が寄りかかっていることに気が付いた。部屋の主である彼は最初は驚いたのか、固まって目をぱちくりさせているだけ。
「あっ……」
顎が少々三角になっている先輩。少々イケメンとも言えないような顔付き。先程探していると言われたばかりの人物が現れたことに僕も「あっ……」と口にする。
「あの……三枝さん、ですか?」
「……ああ……ああ」
顔を歪めている。もしかして邪魔だったのかと思っていたところ、彼の手から双眼鏡が落ちていった。気になって彼の隣に立つと、すぐそばの窓からA棟の教室がよく見えた。
彼の視線から何を見ているのかは察することができた。そこをよくよく目を凝らして見てみると、校舎四階、二年の教室が映った。その窓際、隅に一際目立つ金髪の女子高生が、ツインテールの女子と談笑している様子が伺える。
察し。
「……ええと、三枝先輩?」
「いや、ただ鳥を見てただけなんだよなぁ。ほら、飛んでるだろ? ほ、ほら、あれ、鳳凰じゃねえか!?」
「こんな田舎に飛んできませんって! 慌て過ぎです……まさか、ス」
「ストーカーなんかじゃねえよ! 決して違うぞ!」
何でこの先輩、会ったばかりの後輩にここまで怖気づいているのだろうか。そして、何故に興奮して否定するのであろう? その動揺で完全に自分が「ストーカー」ですって言ってるようなものなんだけれどな。
「と、とにかく今は僕、そんなことしてる場合じゃないんです。隠れさせてください」
彼の登場で一瞬、本来の目的を忘れかけていた。僕がやるべきなのは、ナノカに見つからないようにすることだ。
彼は外にいるナノカの声を聞いて、勝手に共感してくれた。
「ああ……女子を怒らせたんだな」
「ええ」
「分かる。分かるぞ。その気持ち。ええと、お前の名はって、あっ、声聞いたことがあるぞ。放送部員だよな? 後、名前は情真だったはず。で、情真。何をやらかしたんだ?」
「ああ……なんて言えば……」
困っていると彼は「ああ、言いづらいなら言うな」と配慮をしてくれた。それが嬉しくて、ついつい話が弾んでしまう。
「ありがとうございますね。でも、これって、僕のこと心配してくれてるってことでもあるのかな……」
「まぁな。気遣いしてくれる女子っていいじゃねえか。佳苗だって、普段は厳しくて高圧的、プライドは高いが、可愛いところもあるんだぜ」
「えっ、そうなんです? あの、風紀委員長が?」
「ああ。いつも怒っているかと思えば、オレがヘマして転んだ時とか、ハンカチをすぐ貸してくれるし。心配もしてくれる。そういう健気さや頼りになる強さに惹かれちまうんだろうなぁ」
「ああ……意外にもいい人なんですね。佳苗先輩」
「だろだろ……! あっ、だからストーカーしてるって訳じゃねえぞ! 単に家が近いだけで幼馴染なだけだ!」
「はいはい」
そう笑って油断している時だった。
部室の扉が開き、ナノカの姿が現れた。
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