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第三節 ハートマークの裏返し
Ep.4 衝撃の真実判明事件
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女子トイレに入ろうとしていた彼女は僕の表情を見た途端、事情を問うてきた。
「何だ。そんな暗い顔して。いや、それは普段からか」
「おいおい」
「まぁ、ともかく毎度ブルーな顔が更なる闇の中に入り込んでいるんだが」
「それは理亜もでしょ?」
「へっ?」
「トイレに行きたくて、凄い我慢してない!? 先に入ってきたら?」
「分かった! 絶対逃げるなよ! 逃げるなよ!」
「分かったよ……」
彼女は念を押して、急いでトイレの中へと駆け込んでいった。ふぅと一息つく間に出てくる。本当にトイレに行ってきたのかと疑問になる前に、彼女は顔を近づけていた。ラベンダーみたいな香りと共に声が流れてくる。
「何か困ったことがあるなら、言っとけって。何だ? 何だ? ナノカと松富がランデブーしてるのを見たのか?」
彼女は何だか少し生き生きとした口調で鼻息なんかも荒くしている。きっと、ゴシップとしての興味なのだろう。
そう思って、適当な返事で受け流そうとした。
「まぁ、そういうことじゃない?」
この解答は言ってて悲しくなるが、仕方なし。僕をおちょくってくる理亜が混乱すれば、こちらの犠牲など構わない。
自分で納得していた僕に理亜が答える。
「そんなことあり得ないはずなんだがなぁ」
「あり得ないって……何で勝手に決め付けるのさ」
つい彼女が僕の嘘を嘘と見抜くから気に入らなかった。単にそれだけで喋っていたのに。
「ナノカと松富の噂してたのって芦峯だろ?」
「そうだな……? それが?」
彼女は僕の肩に手を置く。
「あれ、妄言だぞ。まさか気にしていた、とか言わないだろうな?」
話を聞き間違えたか。脳の中のいらない情報を全て捨て去ってからもう一度、聞いていた。
「へっ? 今、なんて?」
「だから、芦峯の奴が適当言ってんだよ。よくいただろ? 小学生の頃とか。男子と女子がくっついているとすぐに噂するの。特にアイツは噂好きだからな。聞いてみたら駅前の図書館と映画館が入ってるとこ、あんだろ? そこで一緒にいたって話があってな、それで噂になったんだろ」
「それって二人でデートしてたんじゃなくて……?」
「ナノカの話からすると、どうやら弟と映画館でアニメを見てきたらしい……感想も聞かせてもらった。全くと言って、デートとは関係なさそうだな」
「弟がトイレとかでいない時に偶然松富先生と出会って……芦峯さんがそれを見て……それで噂が生まれたってこと?」
「だな」
なんてことだ。つまるところ、僕はありもしない噂という名の虚言に踊らされ続け、悩み抜いてきたというのか。今は自分があまりに情けないとの感情だけで芦峯さんに対する負の感情などは抱けなかった。
しかし、少しだけ目の前にいる理亜に関しては何等かの意思を向けられた。
「何で理亜……それ教えてくれなかったの!? そういう、大事なことはちゃんと早く教えてよ……! 理亜の前で何度も相談したよね? 榎田さんとかに悲しい物語だぁなんて格好つけてたじゃん、僕!」
「ああ、それは楽しませてもらったなぁ」
「からかうために黙ってたのか!?」
僕が少々興奮していたところで彼女が首を横に振る。目を大きく開いて、口もキリッとした形になっていた。
「いや……それは……それは……」
「それは?」
一瞬の間の後、彼女は返答した。
「悪かった……大事なことを言わなくって、本当に悪かったな」
時間はあったが、素直に謝られてしまうとやりにくい。認めることにした。いや、そもそもナノカのことを知らなかった僕も悪いと言えるだろう。
ちょくちょく、松富先生と密会していたのは別の理由があったようにも思える。
「ということは、ナノカ、古典の勉強、苦手だったのかなぁ?」
「そうだろうな。情真の悪いとナノカの悪い点数の差は違うが……ナノカ自身については私に古典のことを聞きに来たこともあったな。まっ、って言っても、私が賞のために小説を書くのに忙しくなったって言ったら、気を遣って松富のところに言ったがな」
「……なるほど。だから二学期になって急に」
「後もう一つ」
「ん?」
彼女が指を立てた。
「情真が夢だかどうだか言ってるから、それを先生に相談してたんじゃないかな。進路相談。いろんな人の夢を見てきたスペシャリストだからな。相談するのはうってつけだな」
「それは本当なのか?」
「本人に聞いてみなきゃ、分からないがな。皮肉な話だな……情真のために思ってやっていたことが逆に情真を嫉妬の海に狂わせていたとは……えっ、情真?」
その言葉がドスンと胸に響いた。ナノカが僕のためにやっていたことを勝手に勘違いした。そのせいで僕は彼女に反抗的な態度を取ってしまった。これはもう紛れもなく確定した事実だ。
先程よりも強い罪悪感が襲ってきて、胸が苦しくなった。目に暖かいものが籠る。
「そ、そんな僕は……何やってたんだろ……マジで……何でこんな……馬鹿なことをしたんだろ……」
「情真……?」
理亜が見ていることが気を奮い立たせるキーとなった。彼女の前でめそめそなんてしていられない。すぐに気を取り戻す。目に溜まったものもすぐ振り払っておいた。
「ああ、ごめんごめん! 何でもないよ」
「なら良かった」
会話をしているうちに廊下を進む皆の足が速くなっていくのを感じ取った。もうすぐ次の授業が始まると察したのか、理亜の姿は消えていて。僕も戻らないとと駆け足になった。
そして授業を受ける中で思考を回転させる。
あの手紙はラブレターではなかったのか。ナノカが松富先生に古文のことを教えてもらうために書いた手紙もあり得るだろうか。いや、ハートが付いていたのだから、愛を伝えるもので間違いないとは思う。
もしかしたら松富先生がラブレターで古文を書いてみろとの課題を出したか。平安時代の恋文を書くことによって勉強になるから、と。いや、違う。古典の世界にハートマークなど使わないだろう。校則などの伝統に重きを置く彼女がハートマークなどを付けるなどのアレンジをするとは考えにくい。
ならば、一つ。
何故に佳苗先輩や山口先輩はナノカがラブレターを出したのだと嘘をついたのか。何故、そのラブレターをビリビリに破らなければならなかったのか。謎が謎を呼んでいく。
この事件、僕の知らない闇が潜んでいる。
「何だ。そんな暗い顔して。いや、それは普段からか」
「おいおい」
「まぁ、ともかく毎度ブルーな顔が更なる闇の中に入り込んでいるんだが」
「それは理亜もでしょ?」
「へっ?」
「トイレに行きたくて、凄い我慢してない!? 先に入ってきたら?」
「分かった! 絶対逃げるなよ! 逃げるなよ!」
「分かったよ……」
彼女は念を押して、急いでトイレの中へと駆け込んでいった。ふぅと一息つく間に出てくる。本当にトイレに行ってきたのかと疑問になる前に、彼女は顔を近づけていた。ラベンダーみたいな香りと共に声が流れてくる。
「何か困ったことがあるなら、言っとけって。何だ? 何だ? ナノカと松富がランデブーしてるのを見たのか?」
彼女は何だか少し生き生きとした口調で鼻息なんかも荒くしている。きっと、ゴシップとしての興味なのだろう。
そう思って、適当な返事で受け流そうとした。
「まぁ、そういうことじゃない?」
この解答は言ってて悲しくなるが、仕方なし。僕をおちょくってくる理亜が混乱すれば、こちらの犠牲など構わない。
自分で納得していた僕に理亜が答える。
「そんなことあり得ないはずなんだがなぁ」
「あり得ないって……何で勝手に決め付けるのさ」
つい彼女が僕の嘘を嘘と見抜くから気に入らなかった。単にそれだけで喋っていたのに。
「ナノカと松富の噂してたのって芦峯だろ?」
「そうだな……? それが?」
彼女は僕の肩に手を置く。
「あれ、妄言だぞ。まさか気にしていた、とか言わないだろうな?」
話を聞き間違えたか。脳の中のいらない情報を全て捨て去ってからもう一度、聞いていた。
「へっ? 今、なんて?」
「だから、芦峯の奴が適当言ってんだよ。よくいただろ? 小学生の頃とか。男子と女子がくっついているとすぐに噂するの。特にアイツは噂好きだからな。聞いてみたら駅前の図書館と映画館が入ってるとこ、あんだろ? そこで一緒にいたって話があってな、それで噂になったんだろ」
「それって二人でデートしてたんじゃなくて……?」
「ナノカの話からすると、どうやら弟と映画館でアニメを見てきたらしい……感想も聞かせてもらった。全くと言って、デートとは関係なさそうだな」
「弟がトイレとかでいない時に偶然松富先生と出会って……芦峯さんがそれを見て……それで噂が生まれたってこと?」
「だな」
なんてことだ。つまるところ、僕はありもしない噂という名の虚言に踊らされ続け、悩み抜いてきたというのか。今は自分があまりに情けないとの感情だけで芦峯さんに対する負の感情などは抱けなかった。
しかし、少しだけ目の前にいる理亜に関しては何等かの意思を向けられた。
「何で理亜……それ教えてくれなかったの!? そういう、大事なことはちゃんと早く教えてよ……! 理亜の前で何度も相談したよね? 榎田さんとかに悲しい物語だぁなんて格好つけてたじゃん、僕!」
「ああ、それは楽しませてもらったなぁ」
「からかうために黙ってたのか!?」
僕が少々興奮していたところで彼女が首を横に振る。目を大きく開いて、口もキリッとした形になっていた。
「いや……それは……それは……」
「それは?」
一瞬の間の後、彼女は返答した。
「悪かった……大事なことを言わなくって、本当に悪かったな」
時間はあったが、素直に謝られてしまうとやりにくい。認めることにした。いや、そもそもナノカのことを知らなかった僕も悪いと言えるだろう。
ちょくちょく、松富先生と密会していたのは別の理由があったようにも思える。
「ということは、ナノカ、古典の勉強、苦手だったのかなぁ?」
「そうだろうな。情真の悪いとナノカの悪い点数の差は違うが……ナノカ自身については私に古典のことを聞きに来たこともあったな。まっ、って言っても、私が賞のために小説を書くのに忙しくなったって言ったら、気を遣って松富のところに言ったがな」
「……なるほど。だから二学期になって急に」
「後もう一つ」
「ん?」
彼女が指を立てた。
「情真が夢だかどうだか言ってるから、それを先生に相談してたんじゃないかな。進路相談。いろんな人の夢を見てきたスペシャリストだからな。相談するのはうってつけだな」
「それは本当なのか?」
「本人に聞いてみなきゃ、分からないがな。皮肉な話だな……情真のために思ってやっていたことが逆に情真を嫉妬の海に狂わせていたとは……えっ、情真?」
その言葉がドスンと胸に響いた。ナノカが僕のためにやっていたことを勝手に勘違いした。そのせいで僕は彼女に反抗的な態度を取ってしまった。これはもう紛れもなく確定した事実だ。
先程よりも強い罪悪感が襲ってきて、胸が苦しくなった。目に暖かいものが籠る。
「そ、そんな僕は……何やってたんだろ……マジで……何でこんな……馬鹿なことをしたんだろ……」
「情真……?」
理亜が見ていることが気を奮い立たせるキーとなった。彼女の前でめそめそなんてしていられない。すぐに気を取り戻す。目に溜まったものもすぐ振り払っておいた。
「ああ、ごめんごめん! 何でもないよ」
「なら良かった」
会話をしているうちに廊下を進む皆の足が速くなっていくのを感じ取った。もうすぐ次の授業が始まると察したのか、理亜の姿は消えていて。僕も戻らないとと駆け足になった。
そして授業を受ける中で思考を回転させる。
あの手紙はラブレターではなかったのか。ナノカが松富先生に古文のことを教えてもらうために書いた手紙もあり得るだろうか。いや、ハートが付いていたのだから、愛を伝えるもので間違いないとは思う。
もしかしたら松富先生がラブレターで古文を書いてみろとの課題を出したか。平安時代の恋文を書くことによって勉強になるから、と。いや、違う。古典の世界にハートマークなど使わないだろう。校則などの伝統に重きを置く彼女がハートマークなどを付けるなどのアレンジをするとは考えにくい。
ならば、一つ。
何故に佳苗先輩や山口先輩はナノカがラブレターを出したのだと嘘をついたのか。何故、そのラブレターをビリビリに破らなければならなかったのか。謎が謎を呼んでいく。
この事件、僕の知らない闇が潜んでいる。
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