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第三節 ハートマークの裏返し
Ep.3 罪悪感襲撃事件
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あまりにも容赦なくラブレターをビリビリにする様子に圧倒されていた僕は数秒、反応が遅れてしまった。
「えっ?」
山口先輩は僕よりも完璧に完全犯罪アドバイザーの仕事をしていたのだ。
「ほら。手伝うって約束なんでしょ? 最後、捨てるところ位は手伝ってよ。一か所に捨てると後で発見された時、容疑者が割れやすいけど。二か所なら、事件がややこしくなるでしょ?」
「は、はい……」
彼女の理論に納得して、手紙を受け取った。これで僕は傍観者でもなくなった。完全なる共犯者だった。
手紙を見る度、心が痛くなってくる。この赤いマーカーで書かれたようなハートマークが一番心に来てしまう。これこそ、強い想いが籠った証。ナノカが僕ではなく、違う人を愛していた証拠。嫉妬が頭の中を支配して仕方がない上に罪悪感が襲ってくる。僕はこれ以上、辛い想いをしたくないと手紙の欠片を持っていた鞄の中に放り込んだ。見なければ、自分の犯したことを思い浮かべなくて済む。
もう朝から気分は滅茶苦茶だ。
逆に山口先輩は僕の生気を吸い取ったかのように、元気になっていく。
「さてさて、ありがとうね。おかげで助かっちゃった」
「良かったです……でも、何で佳苗先輩のことを手伝っただけなのに助かったって? 助かったのは佳苗先輩じゃあ」
どうでもいい質問だったかもしれない。
ただ、今の僕には逃げる話題が欲しかった。違う話題で頭の中を満たして、罪から逃れたかった。
だから、彼女の話を静かに聞いていた。いや、聞こうとしていたの方が正しいだろう。
「そりゃあ、友達だもん。友達の恋を叶えてあげなくちゃ」
この言葉で彼女が発していたほとんどの声が聞こえなくなった。胸の騒めきだけが酷く反響する。
友達。
ナノカと僕は友達なのではなかったのか。ナノカとは大切な友達のはずなのになぁ、と。
彼女はそんな僕の悩んでいることなど露知らず。親友である佳苗先輩のことを長々と自慢していた。「自分の親友、相棒、パートナーとしてどう適しているか」から「ストーカーができる程には人気だ」とか、なんかとんでもない話まで。
山口先輩は話が終わると、「長居は無用よね! ついつい話しちゃった! 急いでここを離れないと、他の教師が来るよ。早く。後でここにいられたのを見られてると困るから」と言って、僕を外へと引っ張った。
それから、一つの視線。
ハッとして外を見て、学校の敷地外に紅い髪の男がいることに気が付いた。
「誰?」
「ん? どうかした?」
「今、そこに」
彼女が僕と同じ場所に視線を辿るも、もう怪しい男の姿はない。今は眼鏡を掛けた優男が「緑の羽、募金にご協力くださーい!」と叫んでいるだけ。
「別に何もないけど……それよりかは、そこにいる募金箱の男の人って、とってもチャーミングじゃない? 右目の下に黒子があるところがまた高得点。いや、かわかっこ系男子って奴なのかなぁ?」
「そ、そうなんですか……」
「って、まぁ、メロは佳苗一筋なんだけどね!」
彼女はそう言ってから、僕に別れを告げた。結局、不思議な視線については分からずじまい。敷地の外から、教員の玄関中まで覗き見ることはできないだろうから、僕と山口先輩のやり取りが見られてたってことはないと思うけれど。
それでも少しずつ不安を抱きながら、自分の教室へと向かう。その前に何度も身支度を整え、心が落ち着くまでの時間稼ぎをした。
ただ時間が経っても、ナノカには顔を合わせられる気はしなかった。ナノカは僕のせいで夢が叶わなくなってしまった被害者だ。後ろの席でナノカが「さてさて、どうかしら?」と僕を見つめてから「ギリギリ合格ね」と身だしなみを勝手に採点している。ちなみに彼女にしては結構甘い。
そんなナノカに一言。
「ごめん」
「はっ?」
当然、僕の突拍子もない発言に首を傾げるナノカ。彼女は意味が分からんと言うばかりの顔で「はぁ? はぁあ? はぁあああ? はぁああああああ?」と疑問の声を伸ばしていった。正直、そこまで長く発声しなくとも良いと思うのだが。
まぁ、ともかくナノカは自分が用意したラブレターが破られているなんて、夢にも思っていないのだろう。だから、上機嫌なのだ。
彼女は僕に質問をしようとしていたみたいだが、口を開いた瞬間にチャイムが鳴った。朝時間は皆が本を出して読書を始めることになっている。彼女はこれ以上、喋れないと思って口を閉じた。
僕は鞄の中から筆箱とファンタジー系のライトノベルだけを取って、読み込んでいく。
だけれども、集中なんてできなかった。
主人公がヒロインと話す度にチラチラ、ナノカの姿が僕の頭に浮かんでしまう。
敵が行動する度、僕が犯した罪が背中に過る。
「最低だ……僕は……」
ポツリと独り言。机に顔を伏せて、余計な時間を過ごしていく。今日の授業ではいつ、後ろの席の人と話をしなさいと言われるか分からず、ビクビクして。休み時間はトイレに隠れていた。
古典の時間もあり、教壇に松富教諭が立つ時には気が気ではなかった。ナノカが彼に直接ラブレターの返事を聞くことはないであろうが、それでも期待しているものはあるのかもしれない。何気ない一言でラブレターが届いていないことがバレてしまったら。
緊張している間にナノカから声が掛けられて、腰にヒヤリと冷たい感触が飛んできた。
「ほら、テスト用紙、前に渡しなさいよ」
その言葉で一旦現実に戻ってきた僕。テスト、とは。
「えっ? テストやってたの?」
「はっ?」
確かに目の前には僕が良く分からない文字で書いたテスト用紙が残っている。白紙でないことだけには感謝して前に渡していく。
「う、うん……何でもない」
「ぼーっとし過ぎよ」
それからは話はなかった。彼女とは後ろの席だから話す気がなければ、そこまで交流を取ることもない。しかし、ただただ彼女の目線が気になった。彼女がその時間、何を思っているのか。何を考えているのか。それを知ろうとするだけでも悍ましかった。
もし、松富先生との今後の関係を妄想しているのだとしたら、彼女は何処まで絶望に打ちひしがれるのだろう。分からない。彼女の闇が、深淵が何処まで深いのか分からないから、怖い。
彼女が悲しむのが嫌だ。彼女ががっかりするのは、本当に嫌だ。
…………それなら、何故、彼女のラブレターを破り捨てようとした? 目の前で破られているのを止めなかったのか?
長い溜息の後に三時間目の休み時間。またまたトイレへ急行する際に理亜と出逢ってしまった。
「えっ?」
山口先輩は僕よりも完璧に完全犯罪アドバイザーの仕事をしていたのだ。
「ほら。手伝うって約束なんでしょ? 最後、捨てるところ位は手伝ってよ。一か所に捨てると後で発見された時、容疑者が割れやすいけど。二か所なら、事件がややこしくなるでしょ?」
「は、はい……」
彼女の理論に納得して、手紙を受け取った。これで僕は傍観者でもなくなった。完全なる共犯者だった。
手紙を見る度、心が痛くなってくる。この赤いマーカーで書かれたようなハートマークが一番心に来てしまう。これこそ、強い想いが籠った証。ナノカが僕ではなく、違う人を愛していた証拠。嫉妬が頭の中を支配して仕方がない上に罪悪感が襲ってくる。僕はこれ以上、辛い想いをしたくないと手紙の欠片を持っていた鞄の中に放り込んだ。見なければ、自分の犯したことを思い浮かべなくて済む。
もう朝から気分は滅茶苦茶だ。
逆に山口先輩は僕の生気を吸い取ったかのように、元気になっていく。
「さてさて、ありがとうね。おかげで助かっちゃった」
「良かったです……でも、何で佳苗先輩のことを手伝っただけなのに助かったって? 助かったのは佳苗先輩じゃあ」
どうでもいい質問だったかもしれない。
ただ、今の僕には逃げる話題が欲しかった。違う話題で頭の中を満たして、罪から逃れたかった。
だから、彼女の話を静かに聞いていた。いや、聞こうとしていたの方が正しいだろう。
「そりゃあ、友達だもん。友達の恋を叶えてあげなくちゃ」
この言葉で彼女が発していたほとんどの声が聞こえなくなった。胸の騒めきだけが酷く反響する。
友達。
ナノカと僕は友達なのではなかったのか。ナノカとは大切な友達のはずなのになぁ、と。
彼女はそんな僕の悩んでいることなど露知らず。親友である佳苗先輩のことを長々と自慢していた。「自分の親友、相棒、パートナーとしてどう適しているか」から「ストーカーができる程には人気だ」とか、なんかとんでもない話まで。
山口先輩は話が終わると、「長居は無用よね! ついつい話しちゃった! 急いでここを離れないと、他の教師が来るよ。早く。後でここにいられたのを見られてると困るから」と言って、僕を外へと引っ張った。
それから、一つの視線。
ハッとして外を見て、学校の敷地外に紅い髪の男がいることに気が付いた。
「誰?」
「ん? どうかした?」
「今、そこに」
彼女が僕と同じ場所に視線を辿るも、もう怪しい男の姿はない。今は眼鏡を掛けた優男が「緑の羽、募金にご協力くださーい!」と叫んでいるだけ。
「別に何もないけど……それよりかは、そこにいる募金箱の男の人って、とってもチャーミングじゃない? 右目の下に黒子があるところがまた高得点。いや、かわかっこ系男子って奴なのかなぁ?」
「そ、そうなんですか……」
「って、まぁ、メロは佳苗一筋なんだけどね!」
彼女はそう言ってから、僕に別れを告げた。結局、不思議な視線については分からずじまい。敷地の外から、教員の玄関中まで覗き見ることはできないだろうから、僕と山口先輩のやり取りが見られてたってことはないと思うけれど。
それでも少しずつ不安を抱きながら、自分の教室へと向かう。その前に何度も身支度を整え、心が落ち着くまでの時間稼ぎをした。
ただ時間が経っても、ナノカには顔を合わせられる気はしなかった。ナノカは僕のせいで夢が叶わなくなってしまった被害者だ。後ろの席でナノカが「さてさて、どうかしら?」と僕を見つめてから「ギリギリ合格ね」と身だしなみを勝手に採点している。ちなみに彼女にしては結構甘い。
そんなナノカに一言。
「ごめん」
「はっ?」
当然、僕の突拍子もない発言に首を傾げるナノカ。彼女は意味が分からんと言うばかりの顔で「はぁ? はぁあ? はぁあああ? はぁああああああ?」と疑問の声を伸ばしていった。正直、そこまで長く発声しなくとも良いと思うのだが。
まぁ、ともかくナノカは自分が用意したラブレターが破られているなんて、夢にも思っていないのだろう。だから、上機嫌なのだ。
彼女は僕に質問をしようとしていたみたいだが、口を開いた瞬間にチャイムが鳴った。朝時間は皆が本を出して読書を始めることになっている。彼女はこれ以上、喋れないと思って口を閉じた。
僕は鞄の中から筆箱とファンタジー系のライトノベルだけを取って、読み込んでいく。
だけれども、集中なんてできなかった。
主人公がヒロインと話す度にチラチラ、ナノカの姿が僕の頭に浮かんでしまう。
敵が行動する度、僕が犯した罪が背中に過る。
「最低だ……僕は……」
ポツリと独り言。机に顔を伏せて、余計な時間を過ごしていく。今日の授業ではいつ、後ろの席の人と話をしなさいと言われるか分からず、ビクビクして。休み時間はトイレに隠れていた。
古典の時間もあり、教壇に松富教諭が立つ時には気が気ではなかった。ナノカが彼に直接ラブレターの返事を聞くことはないであろうが、それでも期待しているものはあるのかもしれない。何気ない一言でラブレターが届いていないことがバレてしまったら。
緊張している間にナノカから声が掛けられて、腰にヒヤリと冷たい感触が飛んできた。
「ほら、テスト用紙、前に渡しなさいよ」
その言葉で一旦現実に戻ってきた僕。テスト、とは。
「えっ? テストやってたの?」
「はっ?」
確かに目の前には僕が良く分からない文字で書いたテスト用紙が残っている。白紙でないことだけには感謝して前に渡していく。
「う、うん……何でもない」
「ぼーっとし過ぎよ」
それからは話はなかった。彼女とは後ろの席だから話す気がなければ、そこまで交流を取ることもない。しかし、ただただ彼女の目線が気になった。彼女がその時間、何を思っているのか。何を考えているのか。それを知ろうとするだけでも悍ましかった。
もし、松富先生との今後の関係を妄想しているのだとしたら、彼女は何処まで絶望に打ちひしがれるのだろう。分からない。彼女の闇が、深淵が何処まで深いのか分からないから、怖い。
彼女が悲しむのが嫌だ。彼女ががっかりするのは、本当に嫌だ。
…………それなら、何故、彼女のラブレターを破り捨てようとした? 目の前で破られているのを止めなかったのか?
長い溜息の後に三時間目の休み時間。またまたトイレへ急行する際に理亜と出逢ってしまった。
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