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第二節 おかわりはありますか?
Ep.10 おかわりはありますか?
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「えー、えー、放送室の同じ部員がどうしても帰してくれなくて……ダメだ。これだと何かラブコメ小説でも書いてるって勘違いされちまう!」
教室で一時間目までに反省文を書くよう命令された僕は朝の時間を存分に使って、内容のことについて四苦八苦していた。僕のせいではないことをどう説明するべきか。
難しい。
うんうん考える中で後ろから嫌味なる声が響いてきた。
「ああ……折角、ワタシや先輩が注意してくれてるって言うのに、それを破って反省文書いてるー!」
「ナノカ、その説明口調って悪意ある?」
「あるに決まってるでしょ。馬鹿」
半開きの目をこちらに向けてくるナノカ。見つめられると額から汗が止まらなくなってしまう。
ここで下手な言い訳をしたら、何をされるか分からない。おとなしく従おうと原稿用紙に目を通す。四百字を何枚も書かないといけないと分かると、気が遠くなった。
「はぁ……」
理亜を恨んでいると、本人が登場。憎らしい相手の声が軽快に流れてくる。
「反省文か。安心しろ。私が丁寧に指南してやるから!」
「なぁ、これ、お前のせいなんだから少しは反省しない!?」
「ねぇ、何で情真くんはそこまで遅くなったの? 理亜ちゃんと一緒に部活動をしてたんでしょ?」
ギクッとしてしまう。ナノカにはバレてはいけない内容のことだから、理亜に口をチャックするよう頼みこむ。
何か物欲しそうな彼女の様子。そんなことにも構わず、僕は礼をする。そこでようやく彼女は無償で人を助ける気になったのか。こんな回答をした。
「情真の人生相談に乗ってたんだよ。自分の価値がないから、どうしようって話題だ。アイデンティティの問題は私にも難しいから答えがなかなか出せなくってね。気付いたら、遅くなってた。で、私は帰ったんだが、ずっと情真の方は考え続けてたんだな」
少々虚偽が混ざっている。彼女も最後まで一緒にいた。ただ理亜は今はそのことを話すと面倒になるから、との判断なのだろう。
理亜の話を聞いたナノカがキョロッとこちらの方を向く。いや、ギロッととの効果音の方が正しいのかもしれない。
「な、何でしょう……何かございましたでしょうか……」
恐る恐る尋ねてみる。ただ、彼女は血管を額に浮かび上がらせている様子はない。怒ってはいないみたいだ。
「あのねぇ、人の価値ってそこまで気にすることなの? どうでもいいと思うんだけど」
彼女の問いに一瞬固まるもすぐに話していく。僕自身の考え方をしっかりと。
「うん。だって、自分の上位互換がいたら、どうしても頑張る気にはならないでしょ。幾らやってもそいつの上には行けないんだから」
「ひねくれてるわね」
「自分でも分かってるよ」
彼女は顔を近づけてくる。彼女の息がこちらの鼻に当たって、緊張してしまう。胸の騒めきを少しでも気にしないようにと手で抑えながら、反論をする。
「でさ、ナノカは気にしないの?」
「代わりはいないからね!」
そうだ。分かり切っていたことだった。いないのは、僕だけだ。女子高生クレーマー、ナノカが二人もいたら、辺りの店は次々と潰れていくことだろう。この世の終わりだ。ああ、恐ろしい。
「でも、僕の価値を買う人はいないでしょ? 一円だったとしても、いらないって言うよ」
だからこそ、自分は他の人ができないと思えることに手を染めた。そうでもしないと、自分の居場所がないと思えてしまったから。誰も僕を買わないと考えたから。
目を瞑って、彼女のお叱りを待っている。きっと、彼女なら「気にしないで」と言うのか。内容を予想していたのだが、全く以て違う言葉が並べられていた。
「……悪いけど、自分が本当に欲しいものしか買わないわよ。人は。当たり前じゃない。特に大切な買い物に関しては……」
「ナノカ……」
やはり僕なんて。そう思った矢先、彼女は暖かい言葉を向けてくれた。
「だからよ……だから、自分に自信を持ちなさいよ。自分の価値は自分で決めなさい! 人に買ってもらいたいと思える価値は自分で付けるの! 自分で一円でも買わないって言ったら、誰も欲しくなんてなくなるからっ!」
「ああ……」
彼女らしいクレームだ。だけれど、何だろう。厳しい言葉なのではあるが、自信が少しずつ湧いてくる。彼女なりの声援はまだ続いていた。
「自信さえあれば、代わりを見つけるのは凄い難しいわ。幾ら上位互換がいても、そいつが自信ややる気を持ってるとは限らないから。本当にワタシ達が欲しいのはやる気があって、自信に満ち溢れてる人。それなら、一緒にいて楽しいから。目の前にいる奴がそういう人となら幸せとしか言いようがないわ」
「だよね」
「それによ。結局、信頼の積み重ねってものも存在するのよ。人の裏表って見ただけじゃ、やっぱり分からないし……。パッと知り合ったイケメンよりもアンタの方がまだマシよ」
「えっ、本当?」
何だか一瞬、気持ち良い風が吹いた気がした。
理亜も隣で「なるほどな……そういう考え方も面白い。ためになった」と言って、彼女を褒める。それから「おっと時間だ」と去っていった。何しに来たんだろう、彼女は……。
ナノカの方は席に座って、僕に命令する。
「い、以上! 分かったんなら、早く反省文書いて提出してきちゃいなさい!」
「あ、ああ……」
自信ね。自分で自分に価値を付けることが大事。
ナノカのクレームに貰った力を大切にしなくては。意気込んでいるところで、突如部屋に大声が響き渡った。
「助けてくれっ! あっ、情真! 情真なら何とかならないか!」
山田くんが急に僕を指名してくる。一瞬驚いたものの自信が付いている状態だったから快く言ってやった。
「いいぞ。で、何が起きたんだ?」
「トイレの蛇口から出る水が止まらないんだ!」
「ああ、でも反省文書かないといけないからな……」
「分かった! お礼の方もするから!」
「了解。何とかできるかも。もし、成功したら高くつくぞ!」
「ええ……じゃあ、失敗しろと願うしかないのか」
「おいおい……!」
「友達価格で頼むぜ……」
「よーし! じゃあ、焼肉定食でも奢ってくれよ」
そんな僕の言葉にナノカは近くで「焼肉定食と同じ値段か」と呟いて、密かに笑っている。いや、たぶん、いけない本を大量購入して金欠な彼にとってはとんでもない高額なんだよね。
教室で一時間目までに反省文を書くよう命令された僕は朝の時間を存分に使って、内容のことについて四苦八苦していた。僕のせいではないことをどう説明するべきか。
難しい。
うんうん考える中で後ろから嫌味なる声が響いてきた。
「ああ……折角、ワタシや先輩が注意してくれてるって言うのに、それを破って反省文書いてるー!」
「ナノカ、その説明口調って悪意ある?」
「あるに決まってるでしょ。馬鹿」
半開きの目をこちらに向けてくるナノカ。見つめられると額から汗が止まらなくなってしまう。
ここで下手な言い訳をしたら、何をされるか分からない。おとなしく従おうと原稿用紙に目を通す。四百字を何枚も書かないといけないと分かると、気が遠くなった。
「はぁ……」
理亜を恨んでいると、本人が登場。憎らしい相手の声が軽快に流れてくる。
「反省文か。安心しろ。私が丁寧に指南してやるから!」
「なぁ、これ、お前のせいなんだから少しは反省しない!?」
「ねぇ、何で情真くんはそこまで遅くなったの? 理亜ちゃんと一緒に部活動をしてたんでしょ?」
ギクッとしてしまう。ナノカにはバレてはいけない内容のことだから、理亜に口をチャックするよう頼みこむ。
何か物欲しそうな彼女の様子。そんなことにも構わず、僕は礼をする。そこでようやく彼女は無償で人を助ける気になったのか。こんな回答をした。
「情真の人生相談に乗ってたんだよ。自分の価値がないから、どうしようって話題だ。アイデンティティの問題は私にも難しいから答えがなかなか出せなくってね。気付いたら、遅くなってた。で、私は帰ったんだが、ずっと情真の方は考え続けてたんだな」
少々虚偽が混ざっている。彼女も最後まで一緒にいた。ただ理亜は今はそのことを話すと面倒になるから、との判断なのだろう。
理亜の話を聞いたナノカがキョロッとこちらの方を向く。いや、ギロッととの効果音の方が正しいのかもしれない。
「な、何でしょう……何かございましたでしょうか……」
恐る恐る尋ねてみる。ただ、彼女は血管を額に浮かび上がらせている様子はない。怒ってはいないみたいだ。
「あのねぇ、人の価値ってそこまで気にすることなの? どうでもいいと思うんだけど」
彼女の問いに一瞬固まるもすぐに話していく。僕自身の考え方をしっかりと。
「うん。だって、自分の上位互換がいたら、どうしても頑張る気にはならないでしょ。幾らやってもそいつの上には行けないんだから」
「ひねくれてるわね」
「自分でも分かってるよ」
彼女は顔を近づけてくる。彼女の息がこちらの鼻に当たって、緊張してしまう。胸の騒めきを少しでも気にしないようにと手で抑えながら、反論をする。
「でさ、ナノカは気にしないの?」
「代わりはいないからね!」
そうだ。分かり切っていたことだった。いないのは、僕だけだ。女子高生クレーマー、ナノカが二人もいたら、辺りの店は次々と潰れていくことだろう。この世の終わりだ。ああ、恐ろしい。
「でも、僕の価値を買う人はいないでしょ? 一円だったとしても、いらないって言うよ」
だからこそ、自分は他の人ができないと思えることに手を染めた。そうでもしないと、自分の居場所がないと思えてしまったから。誰も僕を買わないと考えたから。
目を瞑って、彼女のお叱りを待っている。きっと、彼女なら「気にしないで」と言うのか。内容を予想していたのだが、全く以て違う言葉が並べられていた。
「……悪いけど、自分が本当に欲しいものしか買わないわよ。人は。当たり前じゃない。特に大切な買い物に関しては……」
「ナノカ……」
やはり僕なんて。そう思った矢先、彼女は暖かい言葉を向けてくれた。
「だからよ……だから、自分に自信を持ちなさいよ。自分の価値は自分で決めなさい! 人に買ってもらいたいと思える価値は自分で付けるの! 自分で一円でも買わないって言ったら、誰も欲しくなんてなくなるからっ!」
「ああ……」
彼女らしいクレームだ。だけれど、何だろう。厳しい言葉なのではあるが、自信が少しずつ湧いてくる。彼女なりの声援はまだ続いていた。
「自信さえあれば、代わりを見つけるのは凄い難しいわ。幾ら上位互換がいても、そいつが自信ややる気を持ってるとは限らないから。本当にワタシ達が欲しいのはやる気があって、自信に満ち溢れてる人。それなら、一緒にいて楽しいから。目の前にいる奴がそういう人となら幸せとしか言いようがないわ」
「だよね」
「それによ。結局、信頼の積み重ねってものも存在するのよ。人の裏表って見ただけじゃ、やっぱり分からないし……。パッと知り合ったイケメンよりもアンタの方がまだマシよ」
「えっ、本当?」
何だか一瞬、気持ち良い風が吹いた気がした。
理亜も隣で「なるほどな……そういう考え方も面白い。ためになった」と言って、彼女を褒める。それから「おっと時間だ」と去っていった。何しに来たんだろう、彼女は……。
ナノカの方は席に座って、僕に命令する。
「い、以上! 分かったんなら、早く反省文書いて提出してきちゃいなさい!」
「あ、ああ……」
自信ね。自分で自分に価値を付けることが大事。
ナノカのクレームに貰った力を大切にしなくては。意気込んでいるところで、突如部屋に大声が響き渡った。
「助けてくれっ! あっ、情真! 情真なら何とかならないか!」
山田くんが急に僕を指名してくる。一瞬驚いたものの自信が付いている状態だったから快く言ってやった。
「いいぞ。で、何が起きたんだ?」
「トイレの蛇口から出る水が止まらないんだ!」
「ああ、でも反省文書かないといけないからな……」
「分かった! お礼の方もするから!」
「了解。何とかできるかも。もし、成功したら高くつくぞ!」
「ええ……じゃあ、失敗しろと願うしかないのか」
「おいおい……!」
「友達価格で頼むぜ……」
「よーし! じゃあ、焼肉定食でも奢ってくれよ」
そんな僕の言葉にナノカは近くで「焼肉定食と同じ値段か」と呟いて、密かに笑っている。いや、たぶん、いけない本を大量購入して金欠な彼にとってはとんでもない高額なんだよね。
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