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第二節 おかわりはありますか?

Ep.7 一体悪いのは誰なんですか?

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 まぁ、いい。理亜の方も真面目な顔で事件のことを見抜いてしまったらしい。
 そんな彼女は僕に張り切っていることに気付き、問いを投げ掛けてくる。

「って、情真も今回の事件について、謎が解けたのか」
「まぁね」
「謎は解けているようだが、犯人のことも分かってるのか? 証拠も何もなく、適当って訳じゃないんだよな?」
「うん、理亜の方こそ大丈夫?」
「ああって言っても、前に証拠なしに推理ショーをしたからな。心配されても仕方ないか」

 僕は胸を抑える。以前にも謎は解いたことはあるのだけれども、慣れはしない。今日もまた心が壊れそうな程に揺らめいている。間違えたら、どうしようとの気持ちも、活躍したいとの気持ちも脳内で同居している。
 高鳴る心臓を静めようと懸命けんめいに意識する。
 まず、僕がしないとならないことは一つ。

「このことで僕が気になっていることの一つ。ナノカは犯人じゃないってことはまず確信しているんだ。それだけは先に明らかにしてもいい?」
「どういう理屈だ?」

 今回ばかりは間違っていないと考えている。冷静に推理を進めていこう。理亜がじっと見つめてきているから、こちらも目を見て答えてやる。

「佳苗先輩が出てく時の音で気付いたんだ。そういや、ボイスレコーダーには全く音が入ってなかったなぁって」
「音?」
「理亜も知ってるだろ? この校内では吹奏楽部が体育祭のための合奏の練習をしてる。こんな場所でボイスレコーダーなんて使ったら、吹奏楽部の音が入る。かと言って、部活を待っている人が学校の外に出られないし、防音の部屋はあるにはあるけど、そういうところは大抵、他の吹奏楽部がいるし……だから、ナノカを犯人の可能性は低いと思うんだ」
「確かに、だな」
「ナノカが恋をして、変になったってことはあり得ないよ。やっぱ、ナノカはナノカなんだ」
「あー、変に疑って悪かったな」

 納得している彼女が続けて、大きな声をぶつけてきた。

「さて、教えてくれないか。お前が睨む、この事件の犯人は誰なんだ? その犯人の名を言ってみろ!」

 ミステリー好きの彼女が挑戦を試みている。
 ただ、そう急かされて「はい、そうですか……この事件の犯人は」とは言いたくない。彼女もまた「犯人が分かった」と口にしている。もしも、僕の推理が大外れだとしたら、正解を知っていると思われる理亜は大笑いすることだろう。今世紀最大の恥辱を受けたくはない。
 しかし、このまま喋らないのも問題だ。もしも、理亜が完全に僕と同じ答えに辿り着いていたとして。理亜の後に僕が言っても、「私の真似をしたのか?」と心の中で嘲笑われかねない。折角せっかくの推理、自分が答えを見つけたことを理亜に誇示したい。褒められたいとまでは言わないが、認めてはもらいたいものだ。
 だから試行錯誤の末、見つけることができた一つの方法を理亜に提案しようと考えた。

「なぁ、理亜。一緒に犯人を指名しないか。誰がこの事件の犯人か。一発勝負。後だしやイカサマなんて卑怯な真似はダメだからな」
「何のアニメに感化されたんだ?」
「そういや、ミステリーのアニメとかにもそういう展開があったね。でもさ、二人で一気に同じ犯人の名前を言うからには結構爽快だと思うぞ」

 共に「犯人は○○だ!」と二人で看破する姿を想像してフフッとする。推理もののクライマックスとしても最高のイベントであろう。

「外れていたら、だいぶ間抜けだがな」
「だ、大丈夫だよ! たぶん!」

 僕が話し終えるとすぐ、理亜はカウントダウンを始めた。最初は五。同じテンポで心臓の音が鳴っていて、いよいよこの時が来たのだと緊張させられた。

「三、二、一、はい!」

 今だっ!

「理亜! 犯人は!」
「情真! 犯人は! えっ……」

 僕も理亜も互いの名前を出していた。一瞬、何かの間違いかと思い、心臓にバクバク言わせながら、理亜に事情を尋ねてみた。

「理亜?」
「何だ? 情真? 私のカウントダウンがおかしかったか?」
「ああ、いや……まぁ。ちょっとテンポが合わなかったかも……」
「そうか。それと指名する前に相手の名前を呼ぶのはやめよう。ややこしくなる。後、心臓に悪い」
「だ、だよね」

 僕は何だか心地が悪い。しかし、こちらが自信がないと思われたら、理亜に付け込まれてしまう。無理にでもと唇を緩ませ、笑ってみせた。
 その上で指名の仕方を変えてみるよう、告げておく。

「これじゃあ、何か勘違いが起きるかも、だな。犯人の居場所は分かってるのか?」

 彼女は間違いなく分かっているはずだ。犯人が今、どこにいるのか。だから彼女は頷いていた。

「ああ。じゃあ、いる場所に向かって人差し指をってことか。情真は大丈夫か? 分からなかったら、普段いそうな場所でいいんだぞ? 教室だとか、職員室だとか……合唱部の部室とか……風紀委員が委員会活動をやる場所、とか」
「そうだな。まっ、そんな例えはしなくてもいいのかも、だけど」

 やっと、だ。やっと。
 色々あったが、犯人を追い詰める。ボイスレコーダーの中におかしな文章を入れた犯人はもう分かっている。
 別にその人物こそはイタズラの軽い気持ちでやったのだろうが、ナノカに罪を着せようとしたことだけは許せない。いや、許せない訳でもないが、抗議はしたい所存だ。
 論理も何もかも完成している。

「僕は今回の推理、佳苗先輩の言葉で気付いたよ」
「奇遇だな、私もだ。彼女の言葉のおかげで真相が完全に読めた」
「二人共一緒のとこで気付いたのなら、犯人が違うってこともなさそうかな」
「そんなこと、ある訳ないかもな。さて、引き伸ばすのは終わりにしよう」

 「ああ!」と頷いて、真犯人の方向へと指を差してみる。人差し指の延長線上が向かう先に、いる人は決まっている。
 ただ、理亜の方は僕の方を差してきた。すぐに邪魔だと思って、体を左で避けてみる。しかし、彼女は僕を目と指で追ってきた。彼女の行為には疑問しかない。

「なぁ、理亜……。何で僕を追ってきてるんだ?」
「逆に聞きたい。ちょこまか動かして、犯人の居場所は分かってるのか? さっきから左右変な風に動かして……」

 何故不自然な状況になってしまうのか。何故、理亜が左右に体を動かしても、僕が指で追い続けているのか。その答えはもう決まっている。

「この事件の犯人は間崎理亜、君だよっ!」
「犯人は露雪情真。お前でしかあり得ない」
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