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第二節 おかわりはありますか?
Ep.4 誰が怪しいか分かりませんか?
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幾らか喋った後に満足したのか、ぴたりと声は止んでいた。僕がハッと息を飲みながら、続きが聞こえてくるのではないかと恐れていたのだが。再びペンが話し出すことはなかった。
理亜は額から汗を流し、ペン型ボイスレコーダーを拾い上げる。そして疑問を強く、重い声で呟いた。
「何なんだ……? 一体……何がレコーダーの中に……もう一度……あれ、壊れてる?」
彼女はカチャカチャ色々なところを触っているもののもう一度再生される様子はない。理亜が乱暴に扱ったから、だ。重要な言葉をもう聞くことはできないらしい。
一体、何なんだ。
「誰が……理亜に……何の目的でこんな録音をしたんだよ」
僕は腕を組み、机の上に置いて考え込んだ。ナノカと確認した時には入っていなかった文言だ。そんな僕に痛い視線を向けるのが理亜だった。間違いない。彼女は一旦、僕を疑っている。
「なぁ、情真が入れた訳じゃないんだな……?」
「そうに決まってるじゃん。ってか、どうやって僕が女性の声を出せるって言うの?」
「できないよなぁ。それに確か、確かめた後ナノカに貸したんだろ?」
「そうだよ。借りてったんだよ」
「……だよなぁ。他の人の声を撮ってスマートフォンで再生すればできるんじゃないか……? 勿論、この状況だと誰がやったかになるが……」
当然、僕はやっていない。しかし、それを証明する方法がないのだ。
「……ねぇ、理亜、僕がやってないって言えないかなぁ」
「私がお前がこんなくだらないこと、やるはずがないとでも言って庇えばいいのか?」
「いや……」
んなこと、望んではいない。彼女は言葉でそう話しても絶対に心の中では疑うはず。ここでそう言ってもらっても、僕の自己満足で終わるだけの話だ。
無実を証明する方法。
ナノカに貸すまでに何も入っていなかったことは分かっている。
それならば、僕がナノカからペンを返してもらった後のことだ。その後に何かできない理由を見つけ出そうとして頭を抱えても、何も見当たらない。緊張で体全体が痒くなって、うずうずしてしまう。止まらなくなる体のぞわぞわ感に追い詰められそうな時だった。
理亜が助け舟を出してくれたのだ。
「なぁ、情真? もし、情真が犯人だったらおかしいことはないか? こんな録音してても、もしも私に消されてしまったら……」
「……そっか! 僕はその行動について何もしていなかったよね」
「ああ。情真が違うところにいる場合は致し方ないとしても、目の前にいる状態でイタズラをして、私にペンの中身を聞かせる、または消させないようにする言動を全く取っていない。情真は今のところ、白って考えた方がいいだろうな」
彼女は元々、そんな理由で僕のことを犯人だと疑ってはいなかったらしい。ただ、安心はできない。もしも僕が犯人でなかったのだとすると、怪しい人間はただ一人。
「ナノカしかいないのか?」
「そうなるな」
ナノカが犯人。だとは思いたくなかった。彼女はこんなイタズラをやるような人間ではない。できた人間のはずだ。
恋をして、人が変わった訳じゃあるまい。
「絶対違う」
「本当か?」
「人は恋をしたら変わるって言うけど、絶対違う。ナノカは恋をしても、全く変わらない」
「そう思ってるのはお前の幻想じゃないか? 女性は変わる。恋をしたら、猶更な。女心は秋の空。天気と共に移り変わりやすい」
「で、でも……ナノカは人を思える人間だ。変なことなんて、しない……」
しないと思いたい。
ナノカは直接、人に言いたいことを告げる人間だ。変なメッセージを入れて、相談をするような性格なんかではない。彼女の性格が変わっていないことを誰よりも信じたかった。
「つくづく変な奴だ。面倒なことをわざわざ考えたがるとは」
彼女のせいだと考えてしまえば、悩まなくても済むだろう。楽になるが、それでは僕が納得いかない。ナノカに珍妙な濡れ衣を着せたくなかった僕は必死で腐りきった脳を回転させる。
「理亜……きっと、これには何か裏がある……理亜だっておかしいと思うだろ。ナノカがこうボイスレコーダーに入れるとなると……たぶん、何かの会話をスマートフォンか何かで録音して、ボイスレコーダーに入れることになる……こんなに簡単な真実にすぐに辿り付けるって言うのに……ナノカはそれが分かってて、イタズラをしたってことか? 理亜はそんな単純な真実を見つけて、面白いなんて言う奴じゃないだろ?」
まずはナノカ以外の可能性もないのかと提案してみる。彼女を挑発したのは我ながら名案だと思う。
理亜は指を顎に当て、静かに「ふぅん」との声を出す。その後で彼女が話した。
「まぁな。ナノカが変わったとは言え、何の意味もなく、変なことをするとは思えないし。このまま分からないじゃ、理亜の名に傷が付くな。ナノカに聞いても……犯人だったとしたら、知らんぷりされるに決まってる。いっちょ、私と情真、二人で謎を解いてみるか!」
「ああ!」
何とかナノカは変わっていないことを証明できるチャンスを作り出した。
ついでに胸も高鳴った。陰ながらもナノカのことを救える機会ができたのだから。
僕はナノカが犯人だとは思っていないから、疑問をぶつけに行きたい。しかし、部活中の彼女をしょうもない用事で邪魔したとしたら、彼女は「邪魔しないで!」と言って、飛び掛かって来て。別の事件の真犯人になりかねない。彼女が完全無実の状態で助けるためには自分達二人で話をするしかない。
「と言っても、何を調べればいいのか、全く分からないな……でも、あり得る話だとしたら、ナノカがペンを置いてる間に誰かがイタズラしたって可能性があるよね」
その推理を理亜はぶった切る。
「お前やナノカにはしっかり盗聴器だと教えたが、知らない人がこれを盗聴器だと気付いて、それでいて回さないと録音できないってことを知っていて……うまくやったとでも」
「う、ううん、偶然知ってたとか?」
「そうだとしても、だ。ナノカが持っていた理由は録音するため、だろう? 入れたとしても上書きされて消されてしまう可能性が高いんじゃないか?」
「上書き……全部消されるのか?」
「いや、このボールペンは何分か録音できて、だな。限界を超えると、最初の方から消されていく。ナノカが録音するとしたら、合唱部の歌。三分から五分位が妥当か。そんな時間があれば大抵の音声は消えてしまうだろうな……」
「うう……!」
動機は全く分からずとも、彼女が犯人である可能性だけが肥大していく。そんな中でトントンと放送室の扉を叩くものが現れた。
理亜は額から汗を流し、ペン型ボイスレコーダーを拾い上げる。そして疑問を強く、重い声で呟いた。
「何なんだ……? 一体……何がレコーダーの中に……もう一度……あれ、壊れてる?」
彼女はカチャカチャ色々なところを触っているもののもう一度再生される様子はない。理亜が乱暴に扱ったから、だ。重要な言葉をもう聞くことはできないらしい。
一体、何なんだ。
「誰が……理亜に……何の目的でこんな録音をしたんだよ」
僕は腕を組み、机の上に置いて考え込んだ。ナノカと確認した時には入っていなかった文言だ。そんな僕に痛い視線を向けるのが理亜だった。間違いない。彼女は一旦、僕を疑っている。
「なぁ、情真が入れた訳じゃないんだな……?」
「そうに決まってるじゃん。ってか、どうやって僕が女性の声を出せるって言うの?」
「できないよなぁ。それに確か、確かめた後ナノカに貸したんだろ?」
「そうだよ。借りてったんだよ」
「……だよなぁ。他の人の声を撮ってスマートフォンで再生すればできるんじゃないか……? 勿論、この状況だと誰がやったかになるが……」
当然、僕はやっていない。しかし、それを証明する方法がないのだ。
「……ねぇ、理亜、僕がやってないって言えないかなぁ」
「私がお前がこんなくだらないこと、やるはずがないとでも言って庇えばいいのか?」
「いや……」
んなこと、望んではいない。彼女は言葉でそう話しても絶対に心の中では疑うはず。ここでそう言ってもらっても、僕の自己満足で終わるだけの話だ。
無実を証明する方法。
ナノカに貸すまでに何も入っていなかったことは分かっている。
それならば、僕がナノカからペンを返してもらった後のことだ。その後に何かできない理由を見つけ出そうとして頭を抱えても、何も見当たらない。緊張で体全体が痒くなって、うずうずしてしまう。止まらなくなる体のぞわぞわ感に追い詰められそうな時だった。
理亜が助け舟を出してくれたのだ。
「なぁ、情真? もし、情真が犯人だったらおかしいことはないか? こんな録音してても、もしも私に消されてしまったら……」
「……そっか! 僕はその行動について何もしていなかったよね」
「ああ。情真が違うところにいる場合は致し方ないとしても、目の前にいる状態でイタズラをして、私にペンの中身を聞かせる、または消させないようにする言動を全く取っていない。情真は今のところ、白って考えた方がいいだろうな」
彼女は元々、そんな理由で僕のことを犯人だと疑ってはいなかったらしい。ただ、安心はできない。もしも僕が犯人でなかったのだとすると、怪しい人間はただ一人。
「ナノカしかいないのか?」
「そうなるな」
ナノカが犯人。だとは思いたくなかった。彼女はこんなイタズラをやるような人間ではない。できた人間のはずだ。
恋をして、人が変わった訳じゃあるまい。
「絶対違う」
「本当か?」
「人は恋をしたら変わるって言うけど、絶対違う。ナノカは恋をしても、全く変わらない」
「そう思ってるのはお前の幻想じゃないか? 女性は変わる。恋をしたら、猶更な。女心は秋の空。天気と共に移り変わりやすい」
「で、でも……ナノカは人を思える人間だ。変なことなんて、しない……」
しないと思いたい。
ナノカは直接、人に言いたいことを告げる人間だ。変なメッセージを入れて、相談をするような性格なんかではない。彼女の性格が変わっていないことを誰よりも信じたかった。
「つくづく変な奴だ。面倒なことをわざわざ考えたがるとは」
彼女のせいだと考えてしまえば、悩まなくても済むだろう。楽になるが、それでは僕が納得いかない。ナノカに珍妙な濡れ衣を着せたくなかった僕は必死で腐りきった脳を回転させる。
「理亜……きっと、これには何か裏がある……理亜だっておかしいと思うだろ。ナノカがこうボイスレコーダーに入れるとなると……たぶん、何かの会話をスマートフォンか何かで録音して、ボイスレコーダーに入れることになる……こんなに簡単な真実にすぐに辿り付けるって言うのに……ナノカはそれが分かってて、イタズラをしたってことか? 理亜はそんな単純な真実を見つけて、面白いなんて言う奴じゃないだろ?」
まずはナノカ以外の可能性もないのかと提案してみる。彼女を挑発したのは我ながら名案だと思う。
理亜は指を顎に当て、静かに「ふぅん」との声を出す。その後で彼女が話した。
「まぁな。ナノカが変わったとは言え、何の意味もなく、変なことをするとは思えないし。このまま分からないじゃ、理亜の名に傷が付くな。ナノカに聞いても……犯人だったとしたら、知らんぷりされるに決まってる。いっちょ、私と情真、二人で謎を解いてみるか!」
「ああ!」
何とかナノカは変わっていないことを証明できるチャンスを作り出した。
ついでに胸も高鳴った。陰ながらもナノカのことを救える機会ができたのだから。
僕はナノカが犯人だとは思っていないから、疑問をぶつけに行きたい。しかし、部活中の彼女をしょうもない用事で邪魔したとしたら、彼女は「邪魔しないで!」と言って、飛び掛かって来て。別の事件の真犯人になりかねない。彼女が完全無実の状態で助けるためには自分達二人で話をするしかない。
「と言っても、何を調べればいいのか、全く分からないな……でも、あり得る話だとしたら、ナノカがペンを置いてる間に誰かがイタズラしたって可能性があるよね」
その推理を理亜はぶった切る。
「お前やナノカにはしっかり盗聴器だと教えたが、知らない人がこれを盗聴器だと気付いて、それでいて回さないと録音できないってことを知っていて……うまくやったとでも」
「う、ううん、偶然知ってたとか?」
「そうだとしても、だ。ナノカが持っていた理由は録音するため、だろう? 入れたとしても上書きされて消されてしまう可能性が高いんじゃないか?」
「上書き……全部消されるのか?」
「いや、このボールペンは何分か録音できて、だな。限界を超えると、最初の方から消されていく。ナノカが録音するとしたら、合唱部の歌。三分から五分位が妥当か。そんな時間があれば大抵の音声は消えてしまうだろうな……」
「うう……!」
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